第三十二話 愛してあげて

「神、だと……?」


 神と言えばアルティア様が言っていた奴だったか。力をくれたとか言うなんとも胡散臭い奴だったはずだ。


「そう。神様。私は神様なのであーる」

「……そうかよ」


 そもそも神ってなんだ。偉そうな奴だとしか思わないが、目の前のはあんま偉くは見えない。


「まあそれはどうでも良い事だよ。神なんて大した存在でもない」

「……じゃあ、神ってなんだ?」

「ふむ。なんだろね。私も記憶がほぼない。使命だけを持つただの残滓だからね」

「記憶がない?」

「ああ。だから私自身何を言っているのかよく分からない」


 先ほどの本質をつかないモヤモヤとした会話は、記憶がない故だろうか。

 まあ消えかかっている体を見るに記憶がないと言うのも納得だ。


「じゃあ、何を話すんだ」

「そうだね。何を話そうか」


 そこで沈黙が生まれる。記憶がない以上聞きたくても答えは返ってこないだろう。


「あー。俺はここから出られるのか?」

「もちろん。神域は人が長くいられる場所じゃないからね。あと数十分ぐらいかな」

「なるほど。出られるなら、良い」


 神域か。たしかアルティア様もそこへ繋がったとか言っていたか。

 そして神と対話をした。そしてなんて言っていたか。


「この世界を作った……」

「ん?」

「とある人が言っていた。神とは、この世界を作った存在だと」

「へー。そうなんだ」

「まあ記憶がないならそうなるか」


 神は心当たりがないように驚きの声を上げる。

 だがこの様子なら世界を作ったというのも眉唾だ。アルティア様もこれと話をして力を授かったのだろうか。とてもそんな大層なものには見えないが。


「ふふ。世界を作ったか。私も凄い存在だったんだね」

「俺は疑ってるけど」

「なんだって!?」


 こんな愉快な存在が、こんな残酷な世界を作ったとは思えない。

 この世界を作った奴は、もっと碌な物じゃないはずだ。


「バルト。君は私を馬鹿にしているね」

「まあな」


 少し会話をすれば分かる。これは敬う様な奴ではないと。

 サフランと同じ物を感じて俺も余計な緊張を捨てた。


「それよりだ。なぜ俺の名前を知っている? さっきも聞いたが、明確な答えを教えてくれ」

「……何度聞かれても変わらないよ。バルト・イグアート。メルティア・フルール・エルメル。ツキヨ・カグラザカ。君達が希望なんだよ」

「わけ、分かんねえよ」

「あはは。だよね。だけど、これが私の使命だったから」


 故郷の仲間以外、サフランしかしらない俺の姓を知っているとは。なんだこいつは。だが聞いてもこれ以上の答えが返ってくる気がしない。

 そしてどうにか出来る気もしない。つまり諦めるのが最善か。


「君達には大きなものを背負わせる事になる。それは謝るよ」

「……背負うつもりはないが」

「ううん。そういう運命だよ。君とメルティアが出会った日に、全ては始まったんだ」


 のらりくらりと。そしてなんと厚かましい神だろう。

 運命などと大層な言葉で俺達の行く末を決めつけるとは。もし全てが運命ならば。故郷を滅ぼした発端の原因とはこいつにあるのではないか。

 そう思うと黒い感情が湧き出てくる。


「まあ……なるようになるから。自由に旅をしていればいいよ」

「指図は受けない。運命と言ったが、俺の故郷を滅ぼした運命はお前が作ったのか?」

「そうかもしれない。私がいなければ、メルティアではなく別の者が君の故郷を滅ぼしていた。そして君も死んでいた。それが正史だ」

「……そうか。まあ良い」


 どうあがいても結果は変わらないなんて、少し考えれば分かる。

 いつまでも隠れ続けられる訳がなく、いつか見つかるのは当たり前だった。そして死者アンデットが闊歩する世界で逃げ回る事はできない。

 滅びは決まっていて、たまたま俺の時に滅んだというそれだけの事だ。


「そろそろ目覚めそうだね」

「そうかい。もう二度と来ることもないだろう」

「だと良いね。ああ、最後にお願いがあるんだ」

「お願い? ……聞くだけ聞こう」


 叶えるとは言わない。ただ聞くだけならばタダだろう。


「メルティアを、サフランを、ツキヨを。みんなを愛してあげて欲しい。私の創った英雄の力のせいでみんな苦しんでいるんだ」

「どういう事だ?」

「愛してあげて欲しい。それが願いさ」


 神のその言葉と同時に光が満ちる。全ての景色が崩れ落ちる様に崩落し、俺の意識も消え去っていった。



 ◇



「バルト、バルトっ! バルト!!」


 最初は声が聞こえた。そして徐々に光が見える。

 一番最初に見えたのは泣き腫らしたメルの顔だった。


「メ……ル?」

「バルトっ。起きた?」

「ああ。どうなったんだ?」

「えとバルトが杯に触れた瞬間、倒れて。意識ないし起きないし怖かった」

「そうか」


 メルはそうやって心配しているが、サフランはそれを見て『起きたんだー』と軽い感じ。おそらく大した事はなかったのだろう。

 だがメルは泣いている。俺はそれを慰める様に抱きしめた。


「心配かけた。ごめんな」

「ううん。死ななくて、良かった」


 メルも強く抱き返してくる。そこに強い愛を感じながら、俺達はしばらく抱き合っていた。


「そろそろいいでしょー。バルトも大丈夫そうだし」

「ん。やだ」

「えー。ボクとぎゅーってしてた方が良いよ。バルトより抱き心地良いし」


 自分で言う事か。まあサフランの小さくて柔らかな体は確かに抱き心地は良いだろう。俺の体と比べればそれはそうだ。


「なに馬鹿なこと言ってるの?」

「えーっ!?」


 だがメルにとっては俺の方が良いらしい。ふふん。


「まあ、俺は大丈夫だ」

「ほんと、なんともない」

「あー……変な奴と話した」

「変な奴?」

「神、とか言ってた。たいした話じゃない」


 使命とか願いとか。メル達に言うほどの事じゃないだろう。


「ホントに大丈夫? そいつ悪い奴かも。変な事されてない?」

「大丈夫だ。問題ない」


 大きな使命なんて背負うつもりはない。言われずともメルを愛する。サフランもそう。

 だが一つ引っ掛かりがあるとすれば、ツキヨという少女の名。頻繁に名が出ていたが心当たりがない。


「……なら、良いけど」

「まあ、そろそろ行くか。ここにはこれ以上なにもなさそうだし」

「うん。こんなとこ、早く出よう」


 メルにとっては俺が倒れたという事で良い印象はないらしい。早く出発したがり、サフランも何もないと分かったからか興味を無くした。

 小瓶に聖水だけ汲んで、俺達はここを後にする。荷物は纏めまた降り注ぐ光の中を進んだ。


 目指すは北。『極光聖夜』を抜け出す事を目指してただ、進み続けた。




 何時間も歩いた。あるいは何日か。時間の感覚は曖昧で、そのたびに心が疲弊する。メルとサフランがいなければ精神が耐えきれなかったかもしれない。

 だからこそ光の果てを見た時の感動は大きかった。


「あれはっ!」


 サフランが声を上げる。見えるのは光が降らない境界線。その向こうに見える景色に、俺達の心は一気に踊りだした。


「行くぞ。出口だ」

「やったー。やっと終わるっ」


 俺とサフランは走りだす。その後をついてくるメルと共に、一気に『極光聖夜』を抜け出した。

 そしたら飛び込んでくる、緑。緑、緑。


「うわあ。木が生えてる」

「凄げえ。はじめてみた」

「自然が、凄い」


 青々とした木々が生い茂っていた。生まれて初めて見る大量の緑を前に、俺達は目を見開いて立ち止まった。

 太陽が照らす木々の力強さに圧倒され、しばらく動けない。


「ここには誰も住んでないのかな」

「そんな感じだな」


 生き物の気配はしない。地面を見ても虫一匹いやしないし、魔獣の鳴き声が聞こえる事もなかった。


「だけど、あれは崩れた建物だよな」

「あ、草木が、絡まってる」


 生物はいないが、倒壊した建物とそれに纏わりつく木々はある。昔は誰かが住んでいたのだろう。だが今は滅び去り消えた廃墟だ。

 俺達は気を取り直して、歩き出す。いまだ見た事のない美しき景色を前にわずかに気が抜けていた。


 汚染領域を抜け出したという事もある。

 今が昼だという事もある。

 自然を前に気が抜けたという事もある。


「ようやく見つけた――」


 その声に誰も反応できなかった。


「人間っ」


 気づけば俺は何者かに担がれていた。

 目を見開くメル達が遠くに見えた。

 そして気づく。何者かに攫われたと。


「はっ? な、なんだよお前」

「しゃべると舌を噛むぞ。それに安心してくれ、わらわは同じじゃ」


 少女の声だ。俺と同い年ぐらいだろうか。フードで顔は見えないが、体つきからして同年代だろう。

 そして少女は驚くべき事をいった。


「お主と同じ、人間じゃ!」

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