第三十一話 神殿の中で笑う者
天使族の最終兵器“
ただ光が降り注ぐ大地。草木一本、生命が生きる事を許さない死の大地は英雄でも死を覚悟する。
「わー。きれーだね」
「外観はな」
天空より光が降り注ぐ大地。傍から見れば綺麗ではある。だが中に入ればその瞬間、無数の光に貫かれて死ぬ。そして
英雄とて問答無用で殺す最悪の汚染領域だ。
「ここ、すすむの? 危険だよ」
「だけどここ以外、道がない」
おそらくここで巨人族と天使族が戦争をしていたのだろう。永遠『断空絶域』と『極光聖夜』がぶつかっている。
もう引き返すか、光の中に進むかだ。
「メルがいれば大丈夫だよね」
「まあ……全力で守るけど」
俺一人なら引き返すしかなかったが、メルがいる。メルがいればどんな汚染領域でも問題なしだ。
食料はある。道具もサフランが保管している。そしてメルが光から身を守るバリアを張れば完璧だ。
「バルトが望むなら、私は叶える。『全てを守る盾であれ』」
メルが詠唱をし、次の瞬間俺達を守る様に光の膜が展開された。
歩くスピードに合わせて守ってくれる移動式のバリアだ。
「行くよー。楽しみ」
「サフランは幸せそうだな」
「もちろん。メルとバルトが一緒にいる。ボクはとても幸せだよ」
サフランはそう言って笑う。その心の有り様に俺は眩しさを感じた。
一方メルは眉をひそめて不安そうにし、俺から目を離さない。
俺は未知を前に少しだけ心が躍った。
メルのバリアは一級品で、全てを貫く光の雨すら問答無用で弾いてくれる。
最初こそ戦々恐々としていたが、だんだん周囲の景色を楽しむ余裕すら生まれた。
「ふぁー。なんもない」
「一面穴だらけ……とても危険だと思う」
「んー。ボクなら光に打たれても大丈夫かな?」
「ためしてみる? とても良いと思う」
「いやダメだろ」
いくらサフランでもあの降り注ぐ光の中で生きるなど……不可能だよな。
サフランの不死身と見紛う肉体を見ていると、生きていけるのではと思ってしまう。
「まあ止めとく。メルと~一緒にいる方が大事だから」
「ん。動きづらい」
「へへへへ~」
サフランはメルと強引に腕を組むと蕩けた様な顔をする。メルも俺が絡まなければ邪険にする事はなく、されるがままだった。
ここが汚染領域とは思えぬ平和なやり取り。だが降り注ぐ光以外に脅威がない以上、気が緩むのもしかたないか。
「どこまで、続いてるんだろ……」
「どこまでだろうな」
光に遮られ、遠くを見るのは難しい。
これほどまで広範囲に永遠降り注ぐ光の雨を生み出すとは、天使族の凄さがよくわかる。こんなのがいては人間も隠れ住むしかなかっただろう。
「まあ、終わりはあるだろう」
ここが巨人と天使の戦場跡ならば、そこを抜ければ良い。一日も歩けば抜けられると思いたいが、数日掛かるとなるとメルに負担をかける事になる。
ただでさえ『断空絶域』でもバリアを張りっぱなしだし、なるべく急いで安全そうな場所に行くべきだろう。
「汚染領域、いつまで続くんだ」
俺はそう呟いた。
◇
歩き続ける。時間の感覚はなかった。
空を見ても、ずっと夜。ここには昼と夜の概念がない。ずっと夜で、ずっと光が降り注ぐ。故に『極光聖夜』だが、さすがに精神的に参ってくる。
「バルト、大丈夫?」
「問題ない。メルこそ、疲れてないか?」
「大丈夫。絶対、バルトを守るから」
そう言うメルは元気そうだ。やはりその内に秘める力は相当の物らしい。
一方俺は貧相な人間なので、肉体的には問題ないが精神的な疲労がでかい。
「あー。退屈ー」
サフランも変わり映えのない景色にそう喚いている。
いつ終わるか分からない世界に、心の疲労が積み重なった。
「退屈ー……たいく……つ?」
「どうしたサフラン」
「なんか、見えるぞ」
突如サフランが足を止める。その言葉は俺達がもっとも求めていたものだ。
「ほんとだ。なんだろ、建物だ」
「行こ! ゴーゴー!」
メルとサフランには見えるらしい。俺には分からない。
だがサフランの先導の元歩めば、徐々に全貌が見えてきた。
そこだけ光が降っていなかった。『極光聖夜』の中でポッカリと空いた空白地帯。そこには大きく神秘的な建物が悠然と立っていた。
「……白い」
「天使族の建物かな」
見た感じ危険はない。この汚染領域で唯一光が降らない場所ともなれば調べてみたいものだ。
サフランが先行しながら、俺達は慎重に進む。
中に入れば何もない。真っ白な壁に真っ白な床とただただ白い空間が広がっている。
「んー。これ聖水だ。こんなたくさん」
「うおっ。こんだけあれば大量の
そんな空間の端に流れる水路には、大量の聖水が巡っていた。
死んだ人を埋葬するために必須の代物だが、何分高価で貴重品。それがこんなに流れてるとなれば故郷の仲間全員を
「でもこれだけ。殺風景だね」
「……そうだな。何か特別な場所かと思ったが」
『極光聖夜』の中で唯一光が降らない場所にある建物。
天使族の重要な異物でもあるかと思ったが、それらしいものは……。
「あの、杯か」
「ん……なんだろー」
水路が交わる場所に建てられた台座。そしてその上に乗っている大きな杯。
近づいてみてみるが、中身はなく普通の杯の様だ。
「これは……」
俺はそっと手を伸ばす。
「待って、バルト!」
「えっ?」
「それお姉さまのっ――」
メルの声は一歩遅かった。俺と杯が触れ合った途端、光があふれる。
そして世界が一変した。
塗り替わる様に全てが消え失せ、気づけばそこには真っ白な空間が生まれた。
白、白、白。果てまで白く何もない空間。そこに俺一人がたたずんでいた。
「ここは……」
メルもサフランもいない。俺一人がこの空間にいる。それを理解した途端溢れ出る恐怖を無理やり押さえつけ、俺は冷静に当たりを観察した。
「あれ、なんでいるの?」
「っ誰だ!」
急に背後から聞こえた声。振り向けば、そこにはナニカがいた。
人かもしれない。だがいたるところが消え失せ、顔も分からない。残った物体から辛うじて人かもしれないと推測できるだけだ。
「……死の淵にきた事あるんだ。なのに生きてる。君はやはり希望だ」
「何を、言っている」
「分からなくていいよ、バルト」
「っ。……なんで俺の名前を」
「君と、あの子。それにツキヨ。君達が希望だからだ」
何を言っているのかまったく分からない。
ただ得体のしれないものが俺の事を知っているという事実だけで十分だ。
俺の警戒度は最大まであがる。だがあれを相手になにかできる気はしない。
得体がしれなすぎる。
「お前は、なんなんだ」
「んー……ビビメルフィアナ。そう呼ばれていたよ。今はただの残滓だけどね」
「そうか」
まったく分からない。
聞いたことない名前だし、残滓というのは消えかかっている体だからだろうか。
「まったく。何も分からないな」
「ふふ。残念ながら私も分からないよ」
「そういう、煙に巻くようなしゃべり方やめないか?」
「……なるほど。そう思うか。私はこれで十分だと思ったがね」
そのしゃべり方を止めてはくれない様だ。もっとハッキリ物を言って欲しいのに、重要な事を言わずに適当にぼかす。
中々にイライラするしゃべり方だ。
「まあ続けようよ。神と人との五千年ぶりの対話をさ」
それは神を名乗り、楽し気な声で笑った。
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