最終話 終末世界の再生物語

 突っ込んできた巨大な船はメルのバリアに阻まれて止まる。鬼が出るか蛇が出るか。どんな怪物が出てきても対応できる様に構えるが、本心ではそこまで警戒していなかった。


 だってこれはドワーフの戦艦だから。そしてそれに乗っているのは多分……。


「メルー!!! 見つけた!」


 船首から飛び降りてくる小さな影。それはメル目掛けて降ってきて……。


「むぎゃっ!?」


 展開されていたバリアに阻まれて地面に転がった。


「あ、ごめん。大丈夫?」

「サフラン!?」


 慌ててバリアを解除してサフランに駆け寄る。あの高さから落ちてきて無事で済むはずがない。というのは一般人の感想だ。


「うぅ~。だい、じょーぶ」


 目を回しただけで傷一つないサフランにほっとすると共に相変わらず化け物だと認識する。

 視界がクルクルしているだろうに、サフランは立ち上がるとよたよたと歩いてきた。


「メル~。やっと、会えた」


 そして正確にメルの胸に飛び込むと、ほっと一息ついたのだ。


「あいかわらず、だね」

「ボクの愛は不変なんだよー」


 メルもやれやれとばかりに抱き返して、サフランはさらに顔をとろけさせる。いつまでも変わらぬ関係だ。

 しかしサフランは切りの良いところで抱擁をやめて、俺の方をむく。


「バルトもぎゅーっ」

「うわっ……突然だな」

「ボクの愛は不変なのだー」


 メルの次は俺だと、一気に飛びついて抱き着くサフラン。なにも変わらぬその体を俺も抱きしめて、再開を喜ぶ。


「二年経っても背丈は変わらないな」

「むっ。ドワーフだからね。他の種族にとってみれば成長してないかもだけど、ボクだって成長してるから」


 サフランに言わせれば成長しているらしいが、そこまで変わっている様に見えない。ドワーフは小さな背丈の変化に敏感だと聞くが、その通りなのだろう。

 かつては小人族と表記されていた頃もあるし、種族がら仕方がない事だが。


「それにツキヨ……」

「サフラン……」

「良い顔してるじゃん。ツキヨもぎゅーだ」

「むぐっ」


 今のツキヨの顔を見てサフランは笑顔になると、ツキヨにも抱き着く。それに対してツキヨも一旦驚くが、まんざらではなさそうでよしよしとその頭を撫でていた。


 二年ぶりの再会。どれほど関係が変わるかと不安だったが、実際はたいして変わらない。いや、逆に良くなった。そんな気がする。

 そんな再開に湧いていると、船からぞくぞくと人が降りてくる。その先頭にいるのは三人の男だ。男達は俺達を見て、一斉に足を止めた。


「「「ああっ!!」」」


 船から降りた三人の男は声を上げる。一人は歓喜。二人は悲鳴だ。


「せ、戦姫っ……」

「メルティア様!! 我ら一同、生きていると信じておりました!」

「ツキヨ……様」


 ドワーフの男はメルに畏怖し、エルフの男は泣いて喜ぶ。獣人の男はツキヨを見て真っ青な顔をした。


「あ……確か、ミストレイ」

「おおっ。私の名を覚えて頂けていたとは。感無量でございます!」


 どうやらメルの信奉者のようで、王のごとくひれ伏す。一応メルは王なのだろうか。そこらへんは分からない。


「ふむ……アカツキか」

「は、はい。ツキヨ、様」

「……お主は、何をする者だったかな」

「えっと……軍をまとめていた、者です」

「そうか。そうであったな」


 と、獣人族二人の再会は淡泊だ。というかツキヨがあまり興味をしめしてない。そしてアカツキも恐れおののいている。

 こちらは感動の再会とはいかないのだろう。


「もうわらわは王ではない。後は好きにせい」

「……えっ?」


 などとツキヨは良い、アカツキという獣人は目を見開いて驚く。


「私も……もう王じゃないよ」

「なななっ。なんですとー!?」


 メルの方でもそう言って、エルフ達は一斉に悲鳴を上げだす。

 全てがうまく行くわけではないらしい。


「とりあえず、話し合いだな」


 再開に喜んだら、あとはこの後どうするかだ。話し合って、未来を模索して。

 でもここには全員いる。みんなで未来を切り開けば、どうにでもなるだろう。


 俺とメルとツキヨとサフラン。そしてそれぞれの種族の有識者たち。全員で話し合って今後を決める。

 そうしてこの平和な楽園で共同生活は始まるのだ。明るい未来の話をしよう。



 ◇



 ――数か月後。



 メルとツキヨが来て。そしてサフランとたくさんの異種族達が来て数か月が経過した。

 その間はいろいろあったとしか言いようがない。とはいえ平和に決着がつき、今は平和な日常が訪れている。


 そんなある日、俺は町の通りを歩いていた。


「凄いな。もう家を建てて……」

「みんな頑張ってるからねー。新たな生活を安定させるために必死だよ」


 ここは町。三つの種族が共存して暮らす、希望の町だ。

 ここ数か月で建てられた家々が立ち並び、人々は走り回って新たな生活を始めていた。

 物作りに優れたドワーフが家など生活に必要なものを作り、エルフが魔法を駆使して食物を作る。獣人はその優れた身体能力で様々活動していた。


「みんなー。無理しちゃだめだよー」

「はいっ! サフランさんも!」

「ボクはもうしないから大丈夫!」


 道行く人に話しかけては談笑するサフラン。この小さな少女にみな絶大な信頼を置いており、少し歩けば誰かが寄ってくるありさまだ。


「王様として、頑張ってるな」

「んー。王様ってがらでもないけどね」

「だけどサフラン以外適任いないしな。俺はそれが一番だと思う」

「バルトがそう言うなら、まー頑張るよ」


 みんなサフランを慕うから、気づけばサフランがこの町のまとめ役だ。いうなれば王。他の候補であったメルはエルフからしか信頼を得てないし、本人が拒否したためなしに。ツキヨは本人が嫌がったし、全員が怯えているので不可能。


 他にドルトンやミストレイといった者もいたが、こぞってサフランを推したためなし崩し的にサフランが王様だ。

 本人は納得していないが、板についてるし全員が納得している以上このままで良いだろう。


「バルトはこれからどこ行くの?」

「森だ。泉にな」

「ああ。あそこか。メル達頑張ってるもんね」

「だよな。俺も昼食を持っていこうかとな」


 俺が町を通っているのは、聖水が湧き出る泉へのルートで一番近いからだ。そこにいるメルとツキヨの様子を見に行くために、昼食を届ける為にここを歩いている。


「俺ももっと活躍できれば良いんだけどな」

「適材適所だよ。バルトはたくさん畑してるし、それで十分だよ」

「だと良いけど」


 メル達が頑張っている傍らで、俺がやる事と言えば農業だ。俺にとっては二年間続けてきた事だし楽しくやっているが、メル達に比べればどうなのかとも思う。


「それよりさ。メル達を構うのも良いけど、ボクの事も忘れないでよ?」

「えっ……?」

「言ったでしょ。ボク結構バルトの事好きなんだけど」


 突然ぶち込まれた衝撃的な告白。世界崩壊前に何度かされてはいるけど、久しぶりに食らうと慌てるものがある。

 頬を染めて微笑むサフランを直視できない。なんと眩しい少女だろう。


「まあ返事はいつでも良いけどさ、忘れないでよ」

「それは、間違いない。サフランには世話になりっぱなしだからな」

「えへへ。それならよし!」


 大輪の様に笑うサフランに、鼓動が跳ねる音がする。本当に魅力的な子だし、そんな子が俺を好いてくれるという事実に喜びが止まらない。

 だからこそ向き合わねばと決意を固めた。


「じゃあね。ボクは仕事があるから」

「ああ。頑張れよ」

「うん!」


 そう言って去っていくサフランの背を見ながら、俺もまた歩き出した。



 ◇



 聖水が湧き出る泉。四方が木々に囲まれた聖域にいるのは、メルとツキヨだけだ。二人の邪魔をしない様にここは立ち入り禁止区域にしていされている。


「ん。バルト」

「バルト! 寂しかったのじゃ」

「あ、ツキヨ。ずるい」


 そんな泉に顔を見せれば、ぴょんっとツキヨが飛びついてくる。それに続いてメルまで抱き着いてくる。

 左右を二人に占拠された形だが、昔と違うのは喧嘩をしないところ。争いがないのであればそれで良い。


「二人とも頑張ってるな」

「うむ。成果は出てきたのじゃ」

「ほんとか?」

「うん。バルトの話を聞いて、ずっと考えていた。世界の権限。とか、そういうの」


 俺がしたのはドラさんから聞いた話しをそのまま伝えただけだ。世界が崩壊した理由。そしてなぜ崩壊しきらなかったのか。

 それを聞いたメルは何か思いついた様で、最近はずっとツキヨとここにいる。


「私の中に、世界の権限は多分あると、思う。まだよくわからないけど、世界を再生できるかも」

「っできるのか?」

「うん。多分」


 仮説として聞かされた世界の再生。この崩壊した世界を元に戻す事も、メルならできるらしい。

 メルの内に眠る世界の権限。それは世界の仕組みを作る神の力であり、神子であるメルに移ったこの世界を維持している力だ。

 それを意図的に使い、世界を再生させる。それが今メルがしようとしている事だ。


「空間を正して、バラバラになった世界をくっつける。汚染領域もなくせると思う。世界を浄化して、本来あるべき姿にする」

「メルは凄いな」

「ふふ。そうかな」


 やはりメルは凄い。その力があれば世界を平和にする事だってできるだろう。

 そんな力がメルの元にあって良かった。他の者であればいかようにも悪用できる危険な力だ。


「まあ無理せずな」

「うん。そうする」

「わらわが監視しておるから無問題じゃ」

「頼りにしてるぞ」


 そのためにツキヨが傍にいると言って良い。メルのサポート兼お守だ。

 過去を考えると良くここまで関係が良くなったと思う。やはり未来は良い方向へ進んでいる。


「じゃあ俺は行く。昼食は置いていくから。夜は美味しいもの作っとく」

「ありがとう。早く帰るね」

「うむ。感謝しておるぞ」


 そうやって俺は持っていたバスケットをメル達に渡して、また別の場所へ行く。

 帰ってまた農作業するつもりであるが、それより前に行くところがあった。

 それはこの楽園の一番北だ。



 ◇



「みんな……俺はここまで来たよ」


 最北端にある小さな森。鬱蒼とした木々がそこを隠している、天然の秘密基地。

 故郷のみんなの墓がある場所だ。


「最初に誓った事とは違う道。復讐を果たす相手を愛してしまった道。みんなはどう思うかな」


 大きな石に、村人全員の名前を刻んだ墓に俺は話しかけた。

 別になにかが埋っているわけでもなく、俺の自己満足の墓だ。みんなが生きていた証はエルフの手で消えたし、残った私物も世界崩壊によって消えた。


 ここには何もない。あるのは俺の思いだけだ。


「……後悔はない。俺がみんなの分まで生きる。それだけが今できる事だ」


 俺の身勝手な思いを吐き出した。だが後悔しないと決めたし、この道を引き返すつもりもない。

 全員につないでもらった命で、精一杯生きる。それだけが贖罪だ。


「本当に、遠くまで来たなー。凄い遠くまで。あの日誓ったのと真逆の、一番遠い場所まできた」


 メルとサフランとツキヨ。三人と出会い、俺の人生は大きく変えられた。

 復讐だけが目的の屍から、生き汚いほど生きる人間になった。そして愛されて愛するそんな関係を構築した。

 本当にこんな事になろうとは、思いもしなかった事だ。


「あの日から一番遠いところだけど、俺は幸せだよ。幸せになった、今はあの日々と変わらないぐらい幸せだ」


 それは間違いない事だ。


「……うん、また来るよ。今度は酒でも持ってね」


 俺も酒が飲めるようになったと言えばみんな驚くだろうか。そんな顔を見る事はもうないけれど。


「よし。今日も、もうちょい頑張るか!」


 大きな声で気合をいれる。零れ落ちそうになる涙はそれで引っ込めて、俺は立ち上がった。

 この美しい世界で最後までみんなの分まで生きる。

 それを誓って、俺はまた歩き出した――。



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終末世界の戦争遊戯 天野雪人 @amanoyukito

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