第七十話 果ての向こう側へ
帝都の一画。そこにある大きな屋敷は、現在会議に使われている建物だ。
そんな屋敷の会議室。そこでは重苦しい空気が漂っていた。
「……えっと。どういう事だ?」
この空気の元凶、サフランに対して獣人のリーダーアカツキはそう切り出す。
アカツキだけではない。ミストレイも、他の者達も。ドルトンですら唖然としていた。
「もう一度言おう。ボクは果てを超える。来たい奴だけ着いて来な」
そうしてサフランはもう一度、全員に向かって言い放った――。
全員集めろ。そう言ってサフランがした話は、果てを超えるという無茶苦茶な事だった。
この世界をぐるりと囲む果て。それが危険な物だとは誰しもが本能から理解していた。それでもどうにか突破できないか研究したし、出たのは不可能という結論だ。
それをサフランは超えると言う。
「このままこんな生活を続けて、どうなるの? ゆっくりと死んでいくだけだよ」
「……それはっ! そうだが」
「ご飯を食べるたびに人が死ぬ。あと何年続くかな。強引にでもボクは変えないといけないと思う」
サフランとして、取りたくなかった手段だ。それは皆を見捨てるという結果にもなりかねない、一か八かの賭け。
果ての向こうにここよりマシな場所がある事を望む、勝算最低の最悪な賭けだ。
「あれは危険だぞ。巻き込まれれば、どこへたどり着くか分からない」
「知ってる。『断空絶域』は昔行ったことがあるからね」
「じゃあ分かってるだろ」
「分かってる。だけど行く」
もうサフランは止まらない。抱える事を止めたなら、我儘に生きるだけだ。
それが自分の幸せに。そして皆の幸せにつながると信じて。
「ボクはあの向こうへ希望を探しに行く。もちろん希望が見つかれば迎えにくるよ」
「あれを行き来できると?」
「さあね。でもやる。ボクがそれを望むから」
あるいは直感。サフランの動物的感はあの向こうに行くことを望んでいた。
あの向こうに希望があると信じていた。
「零式を使う。それであれに突っ込む」
「ぜ、零式だと!?」
「何だそれは?」
サフランの言葉に驚くのはドルトンと、他のドワーフ族だ。
それに置いてけぼりにされるのはミストレイをはじめとした異種族達。
「ドワーフの最強の戦艦だ。あれも燃料がほぼ残っていない。俺達の至宝だ」
「そうそれ。ボクが貰うから」
「何勝手な事を言ってるんだ! あれはだな、皇帝陛下の許可に大臣過半数の賛成を持って動かせる――」
「はいはい。ボクが王様だから。ボクが法律だから。あれはボクが使いまーす」
「か、勝手な事を!」
吹っ切れたサフランは完全な独裁者だ。自分こそが法律だと言い、皇帝陛下を足蹴りにする。
それに対してぶちぎれるのはドルトンだが、聞く耳もたない。
「お前がボクを吹っ切れさせたんだ。文句言うなよ」
「ぐぐぐぐぐう!!!」
顔を真っ赤にするが、反論できない。やはりあのままのサフランにしておくべきだったかと脳裏をよぎるほど、サフランに対して怒り心頭。
それはかつて繰り返されてきた光景だ。
「まあ、話は分かった。サフラン、決意は固いのか?」
「うん。ずっと考えていた事だからね」
「……なら、分かった」
「ミストレイ!? 何言ってんだ?」
「ずっとサフランに甘えてきたんだ。望みぐらい、叶えてやろうではないか」
ミストレイの言葉に、ドルトンもアカツキも。全員沈黙した。
それは全員が抱えている後悔と罪悪感。それがサフランに対する贖罪になるならと口を噤む。
「そうだな。その通りだ。だけど、危険だろ? 死にに行くようなもんだ」
サフランの望みを叶えたい。しかしサフランが死ぬ可能性のある望みは論外だ。
友から託された大切な娘。今まで酷い事をしてきた分、過保護な思いが湧いてくる。
「んー。違うよドルトン。ボクは希望を見つけに行くんだ」
そんな中でサフランは、真っすぐな気持ちで言い放った。
その目に映るのは大きな自信と覇気。英雄と呼ばれるにふさわしい、その威に思わず膝をついてしまいそうだった。
「大丈夫。心配だったら一緒に来なよ。もう一度言う。来たい奴は着いて来な。どんな旅になるかは分からないけどね」
全てを引き付けるものをサフランは持っている。そんなサフランに何かを言える者は、もういない。
「っ……分かった。俺も行く! 最後まで行ってやらあ!」
「私もだ! ここまで来たのはサフランのおかげだ。最後まで行こう」
「俺もだな。サフランがいなけりゃ生きてけない。一緒に行くよ」
リーダー各の三人が賛同すれば、他の者も次々と追随した。それはここ数年で獲得したサフランの信頼であろう。
異種族であろうともサフランに惚れこみ、付いていく事を選ぶ。そのカリスマはまさに王。
「それで、いつ行くんだ?」
「今。出来るだけ早く。そうしないと、間に合わなくなる」
そう言ったサフランは、すぐさま行動を開始した。
◇
サフランはずっと果てを見ていた。毎日毎日、飽きることなくだ。そこに希望を見つけたかった。この現状を打破する切っ掛けが欲しかった。
それが一番あるのが果てだと思っていた。だからずっと見ていたのだ。
「ここ数日、様子が変なんだよ」
「変……?」
船の上でサフランは言った。
「いつもは空間のねじれが縦横無尽に流れている。なのに最近は流れが一定なんだ」
「ふむ……つまり?」
「どこかにつながっている可能性が高い」
それに確証はない。あくまでサフランの勘だ。しかしその勘は当たるだろうと、信じていた。
「さあ、行こうか!」
サフランが先頭に立ち、果てを指さして言い放つ。
「「「うおおおおおおおっ!!!」」」
そしてサフランについていく事を選択した住人全員が声を上げて拳を振り上げる。
もう帝都には誰もいない。最大の戦艦、零式に全員を乗せて果てに突っ込もうとしていた。
残り少ない燃料を燃やして、零式は走る。
「さあ来たよ。恐れるな! ボクがいる、突っ込め!!」
操縦者も船員も全員サフランを信じた。積み上げてきた絶対の信頼と畏怖。
それ故恐れはない。じわじわと死ぬぐらいならば、サフランと共にここで死ぬ覚悟すら決めていた。
トップスピードまで上げた零式は、空間の流れの中に突っ込む。
その強烈な流れは、船首がわずかに触れただけで一気に零式を引きずり込んだ。
「うわーっ。凄い、景色だ」
何もない。ただ破壊された流れだけがある。その強烈な流れにはもう逆らえない。
だが流れはたしかにどこかへ向かっていた。その終着点に向かって零式は進む。
その流れは、今しかないものだ。奇しくもメルティアとツキヨが空間に穴を開けた影響はここにも表れる。
むちゃくちゃな流れを整え、全ての空間の流れをそこへつなげる。今しかないメルティア達が作った道に、サフランも乗った。
その神がかりの勘と幸運はサフランが持ち合わせた、最高の宝物だろう。
「光だ……」
「あの向こう側に、希望がある事を望もうか」
光が見えた。あの向こうには
「でも大丈夫だよ。ボクには聞こえる。メルの声。バルトの声。ツキヨの声。あの向こうにあるのは、希望だよ」
サフランは最後まで自信たっぷりに笑い、それに全員が希望を持つ。
光の向こう側は、すぐそこだ――。
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