第二十八話 幸せに生きるため
汚染領域の“夜”は、ある意味安全だ。
この世界で唯一、
そう、ある意味安全だ。常人は入っただけで死ぬという点に目をつぶればだが。
「機械人形配備かんりょー」
汚染領域は英雄の領域。だが油断して眠りに落ちれば、それは二度と起きられない永眠となるだろう。
故にメルが全力のバリアを三枚張り、サフランの機械人形に周囲を警戒してもらう。探査魔法も全力で使い、汚染領域ながらメルとサフランは安全地帯を作り出した。
「バルト料理できるんだな」
「簡単なやつだけな。汚染領域と言いながら良い野草が生えてるし、多少下手でも美味くなる」
「へー」
真っ暗闇の中、焚火に乗せた鍋を混ぜる。パチパチと明るい火を囲みながら俺とサフランは話をしていた。
汚染領域は生物が入れないだけで、生命は確かにある。そこにはかつて生息していた植物達が生えており、生で食べても美味いという代物だ。
「ほらできた」
「わー。美味しそう」
俺はサフランと自分の分を器に注ぐ。素人のごちゃ混ぜスープだが、サフランは目を輝かせてくれた。
「メルは……ぐっすりか」
「寝かせてあげて、先に食べよー」
肝心のメルは、俺の肩に寄りかかりながら深い眠りに落ちていた。
俺が死ぬことを泣きながら引き留め続け、夜になっても止めてきた。最終的にバリアを張って寝落ちしたが、俺を離してくれる気配はない。
「うらやましーな。メルにそんなに思われてさ」
「……全部、嘘だよ」
「ふんっ、バルトの顔見てれば嘘ばかりじゃないって分かるからな」
サフランは意外と観察力があるのか、言って欲しくない言葉を放ってくる。
嘘だ演技だなんて、それこそ全部嘘だ。あの日々を楽しんでいたのは俺も同じ、敵を好きになるなんて罪深い事をした日々は嘘ではない。
「それに……嘘でもメルは幸せだったんだろ。なら嘘じゃない」
「……サフランは、言って欲しくない事を言う」
「こんな事ならいくらでも言ってやるから」
せっかく考えない様にしていたのに、メルへの恋心が溢れてくる。それを強引に蓋をして俺はスープをがっついた。
「それにさ……ボクも仲間だから」
「どういう事だ?」
「英雄なんだろ、バルトも」
「……よく分かったな」
「分かるだろ」
当たり前か。汚染領域で死んでないのはその証拠。たとえ逃げ出した英雄失格者でも、その肉体は英雄の力を持っていた。
「へへ。だから、仲間だ」
「同じ、英雄だからか?」
「うん! メルしかいないと思ってた。でも、バルトもそうなら仲間がもう一人いた」
サフランは笑う。その笑顔は太陽の様に明るく、どこか闇を持っていた。
「他のドワーフはどうした」
「…………あれは、違うよ」
サフランは急に冷めた声でそう言う。
サフランはドワーフだ。仲間というなら、異種族の俺達じゃなくてドワーフを言うべきだろう。
「英雄はドワーフじゃない。まったく別の、怪物だよ」
「……そうか? 俺は、仲間だと言ってもらえたんだけどな」
「そんなのありえない。メルも裏切られた様に、同じじゃないんだ。ボク達は特別なんだよ」
「そうか……そうかもな」
なぜ英雄として産まれたのか、たまに疑問に思う。人と違う強靭な肉体。特別な力。人間を超越した力に、みんなとは明確に違うものを感じていたのは確かだ。
しかしみんな受け入れてくれた。たとえ違うものでも、俺にとっては仲間だ。ただサフランにとっては違った。それだけだろう。
「ボクがいる。だから死ぬな」
「そんなに、俺に死んでほしくないのか?」
「うん。メルに好かれて憎いな~ってのと同じくらい、バルトの事も好きだし」
「っ……好きとか軽々しく言わない方が良いぞ」
「軽くないよ、バルトがボクを気づかせてくれた。優しくしてくれた。だから好き」
その目にあるのは純度百の好意だ。嘘なんてついてない、サフランの真の気持ち。
だがそれは恋ではなく、親愛だろう。それに気づいたから俺はすっと受け入れられた。
「俺もサフランを……」
だが俺はサフランを見殺しにしようとした。
復讐のためとはいえ、メルに殺されようとしているサフランをどうでも良いと思ってしまった。そんな俺にその好意を受け取る資格などあるのだろうか。
「あー。また変な事考えてるな。考えるな、ボクがいる。馬鹿なバルトにはよしよししてやろー」
「あ、ちょっ」
「よーしよし。良い子だなー」
立ち上がったサフランは、俺を胸に抱きしめて小さな手のひらで頭を撫でてきた。
ポカポカとした暖かな体温。その手はとても優しく、俺の凍った心を解かしてくれる様だった。
「パパは泣いてるボクを優しく慰めてくれた。くだらない事言ってるバルトも、慰めてやる」
「……もう俺は子供じゃない」
「ふんだ。誰だって、泣きたい時は泣けば良いの。大人でも、英雄でも」
サフランの本質は優しさなのだろうか。狂気に隠されていたその暖かさが、俺を癒してくれる。
その暖かさ故か、サフランには本音をぶちまけたくなった。
「俺、これからどうすれば良いんだよ……」
言うつもりのなかった事を言ってしまった。
自分にすら隠していた本音が、ポロっと零れ落ちてくる。
「幸せになるんだ。パパはそう言ってくれた。だからバルトも、幸せになれ」
「……そんな資格、ねえよ」
みんなを見捨てて逃げた俺。復讐も完遂できず敵に恋した俺。どこをどうみても、死が相応しい馬鹿野郎だ。
みんな死んだのに、俺だけ幸せになるなんて許されるわけがない。
「幸せに、資格なんているの?」
「っ当たり前だろ。みんな、死んだんだ。見殺しにした。俺は罪人だ」
「……ボクはね、見殺しどころじゃないよ。母親を殺したんだ」
「っ……」
「胎児の時から馬鹿力でさ。産まれる時に母親の腹を裂いたんだ。殺して、産まれたんだよ。……でもパパはボクを愛してくれた。幸せになれって言ってくれたんだ」
「だがそれはっ……」
赤子の頃の話だろう。自分の意思でもない。
俺は違う。自分の意思で、逃げたんだ。
「バルトが馬鹿な事考えてるのは分かるぞー。母親だけじゃない。ボクは力の制御ができるまで、たくさんドワーフを傷つけた。敵はもっと殺した。凄い罪人だけど、幸せになりたいし、死にたくない」
「……強いな、サフランは」
「しかたないじゃん。そういう世界なんだから。殺るか殺られるか。馬鹿な事で悩むなよ」
馬鹿だ馬鹿だと言われりゃ腹が立つ。だがサフランの言葉は俺の心に深く刺さった。
俺は馬鹿な事で悩んでいるのだろうか。みんなを見捨てた逃げた事は、死を持って償う事だと思ってた。だが……。
「家族や仲間って、死ねって言うものなのか? パパはそんな事、一言も言わなかったぞ」
「っ…………はは。それは」
サフランは鋭い事を言う。
そうだ。そうだった。村長さんは、生きろといった。父さんは逃げろと言った。みんなそうだ。俺に英雄でいる事を求めなかった。
「生きろって……言われたな」
「じゃあそれが正解だ」
死にたくない。
みんなの分も生きたい。
幸せになりたい。
こんな我儘な思いが、正解なのか。本当に分相応な願いを持って良いのか。
「死ぬの、やめて良いのかな」
もう一人の俺は生きて幸せになれと言ってくれた。こういう、事だったのか。
誰も俺に死なんて求めてない。生きろと、言ってくれていた。
「バルト……やめて、くれるの?」
「メル……」
「死なないで」
眠っていたメルは突然起きると、俺に言う。こんなに酷い事をした俺に死なないでと、メルは言ってくれた。
だから俺もメルと向き合って宣言した。
「死なない。決めた」
「うんっ。それが、良い」
メルは久しぶりに笑顔を見せると、嬉しさ故か泣き出す。その間にサフランが俺に飛びついてきた。
「バルトは、生きてボクと幸せになろー」
「だめ。バルトは、私と幸せになる」
「あ、ボクはメルと幸せになりたーい」
「むぐっ」
サフランはメルに飛びつく。グリグリと子供の様に甘えるサフラン。そんな好意に満ちたサフランをメルは拒否できない。
はずだが、今回はすぐに突き放した。
「サフラン、汚れてる」
「むっ……しばらく旅で綺麗にしてないな」
「お風呂作るから、入って」
「お風呂……?」
メルの魔法は万能だ。
穴を掘って硬化させ、そこにお湯を張る。あっという間に風呂が完成。しかも数十秒の事だ。
故郷までの旅路は、この風呂に大変お世話になった。
「お風呂かー。よし、バルト背中流して!」
「えっ……?」
サフランが急に、恐ろしい爆弾を投下する。
「前みたいに、一緒に入ろー!」
「まえみたいに? いっしょにはいる? ばると?」
メルの声が震える。光の消えた瞳が、俺を射抜いた。俺は逃げた。
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