第二十七話 巨人の領域

 誰が悪いのだろう。メルか、あるいは教育を施したエルフか。そのエルフを育てた国か。この世界を作った時代か。

 考えれば切りがない。いや、結局俺はメルを許したいのだろう。恋は盲目などと言うが、恋をしたせいで俺も変わってしまった。


「バルト……私が、全部悪いの。だから、罰をください」


 だがメルは罰を求めた。

 彼女の本質は善であるが故、その抱える罪悪感は罰を貰わねば消化できないのだ。


「……なら、その罪悪感を抱えて一生生きろ」

「っ――」


 何より辛い罰だろう。殺す事の方が慈悲かもしれない。

 だが俺はメルを殺したくない。メルが好きだったと自覚してしまったらもう終わりだ。俺はもう復讐できない。


 だから逃げる様に、メルにそう言った。


「はい……分かりました」


 メルもそれを受け止める。その返答を持って、人間とエルフの戦争は終わった。


「メルはさー。殺す事に罪悪感を持つのか?」

「……当たり前でしょ。命を奪うんだよ」

「そっか。メルはまじめだな。でもしかたないじゃん、そういう物だしさ」

「っ――」


 サフランの言葉は真理でもある。この世界、殺し殺される事がもはや法則。一々罪悪感など覚えてないし、殺す事は正義だ。


「私にはっ、それは分かんない」


 だがメルは特別だ。どれほどの悪人でも殺したくないし、傷つけたくない。そういうものだ。


「そっかー」


 サフランもそれ以上何も言わなかった。自分とは違うものを感じ取ったのだろう。

 場はしばらく沈黙が支配する。だが俺はすぐ立ち上がる。


「もう行く」

「あっ――」


 メルはか細い声と共に手を伸ばす。俺はそんなメルを強引に無視した。

 気持ちにけりをつける様に、背を向けて家を出る。

 今から歩むのは死に場所を見つける旅。一人寂しく死にゆく終わりだ。


「…………」

「…………」


 一人旅のはずだった。だが背後からついてくる二つの足音が俺の気を削いだ。

 これから歩むのは死への旅。そこに二人を連れていくつもりはなかった。


「ついてくる気か?」

「あっ……その」


 拒否する事は簡単だ。罵詈雑言を浴びせて命令でもすればメルがついてくる事はないだろう。

 だが今のメルの心情は理解している。グチャグチャで頼る物が俺しかない、そんな状況だ。今拒否すればどうなるかなど想像に難くない。

 だから俺はそれ以上何も言わなかった。いや、言えなかった。


 ただ進路を逸らして村の外れ。崖の麓へと歩む。

 崖の一部にあいた穴は入口だ。崖の下に広がる広大な地下洞窟こそが、倉庫兼食料生産所。イグアート村の要とも言って良い重要な場所だった。


「ここは……?」

「わー。ひろーい」


 ちゃっかり付いてきたサフランが、ぴょんと飛び出してきて目を輝かせる。そういうところは子供だ。


 洞窟の中は淡い光を放つ苔が壁に張り付いており明るい。

 かつて村民全員の食料を生産していたこの洞窟は、今や完全に荒れ果てていた。それに一抹の感傷を覚えるが、俺の目当ては畑ではなくその奥。


 ボロボロになった木の扉を開ければ、木箱が大量に積みあがった倉庫がある。

 これこそが長年積み上げてきた故郷の全財産。保存食、道具、異物。建設初期から積み上げた大切な物だ。


「保存食が残ってる。持っていこう」

「へー。これって悪魔族の缶詰だよね?」

「ああ。千年前のらしい今も食える」


 千年前、人間の王国が滅びた時に持ち出したものらしい。千年経っても食えるという凄い技術力だ。飢餓が来た時用に保存していたやつだが、もう全て持って行っても良いだろう。


「旅の道具もある。まあ重いからあまり持っていけないか」

「んー。ボクが全部持ってくよ」

「大量にあるぞ」

「ふっふっふ。『影倉庫』っていう機械がボクにはあるのさ」


 サフランはそう言って、自分の影から大きな剣を取り出す。何度か見たが、機械がやっていた事らしい。


「もう失伝した技術だけど、唯一残ってるのをパパがくれたんだ。良いでしょー」

「凄いな。ドワーフってのは」


 何千年前は今よりももっと凄い技術があったらしい。人間も国を築いていた時代は、全種族が今よりも優れた技術を持っていた。

 大きな戦争で全てが消える前の話だ。


「メル……手伝ってくれ」

「は、はい」


 後ろの方で遠慮がちに立っていたメルを呼ぶ。

 そこに生まれた距離は俺のせいだろう。復讐をした結果故しかたのない事だ。

 だがもう死に場所を求める身。あの頃の距離に戻る必要はない。また仲良くなれば、死ぬ事を躊躇してしまうかもしれない。だから俺は近づきすぎない。


「メルは……本当に俺に付いてくるのか?」

「っ……バルトが迷惑なら。やめる」

「まあ……好きにすればいい」


 しかし拒絶もしない。そうすればメルは今度こそ壊れてしまうだろう。

 そんな中途半端な関係だが、俺はそれで良いと思った。


「ボクはメルについてくだけだから。邪魔とか言うなよ」

「安心しろ。言わない」


 サフランは相変わらずメルティアラブだ。ただ狂気的な愛がなくなり、今は普通に純粋な愛を放っている。これならメルも受け入れてくれるだろう。


「行く先は北……巨人の領域だ」


 そこに行けば、俺は死に場所と巡り合えるだろうか。



 ◇



 ここに来るのは久しぶりだ。汚染領域『断空絶域』は故郷のすぐ側にある最も恐ろしい場所。

 かつて巨人族が生み出したここは、常に空間が歪んでいるため入れば体が捻じ切れる。常人であれば一歩踏み入れただけで死ぬ様な場所だ。


 ただ英雄である俺はここでも生存できるため、たまに来ていた。

 ここは英雄だけが生きられる領域。未知が溢れている場所だ。


「おー。『断空絶域』は初めてだな。ボクは『腐毒沼地』しか入ったことない」

「まあそれがメジャーだよな」


 悪魔族の生み出した『腐毒沼地』が汚染領域の大半をしめると言われている。対して巨人族の汚染領域はとても珍しい。


「メルはさー。入った事ある?」

「えっ……『腐毒沼地』、だけ……」

「だよねー。同じだ!」


 そうやってサフランは笑っているが、ここは入るだけで体が捻じれて死ぬ場所だ。今も木々が有りえない方向へ捻じれていたり、空間にヒビが入っていたり。

 少し油断すれば英雄でも容赦なく殺されるだろう。


 だが談笑しながらも俺達は油断してなかった。わずかな雰囲気の変化。それと同時に、一斉に足を止める。


「…………空間が、うごめいてる」

「気持ちわる~」


 周囲の空間が波打ち始める。それに対して良い予感を覚える者はいない。


「離れたほうが良さそうだ」

「さんせー。行こ」


 まあここで空間の歪みに巻き込まれて死ぬのも乙な事かもしれないが、二人を危険な目に合わせるのはなんか嫌だった。


 俺達はすぐにその場を離れる。そして次の瞬間、今までいた場所が捻じ切れた。景色が捻じれてヒビが入る。そして空間ごと、消滅した。

 もし巻き込まれていたら全員揃ってお陀仏だろう。


「あはは。おもしろー」

「笑いごと、じゃ。ないでしょ」

「面白いじゃん!」


 死を目の前にしてもサフランは笑っていた。こいつも大概おかしいやつだ。

 汚染領域。あるいは英雄の領域などと言うが、英雄だろうと容易く死ぬ恐ろしい場所。そんな場所で笑える奴こそ、本当の英雄だろう。


「バルトはさ、こんな所きてなにすんの?」

「……死ぬ」

「え、だめ!」


 俺がそういうと同時に、メルが飛びついてきた。


「バルト、死ぬのだめ! なんでそんな事、言うの? 何かあるなら私が解決するから」

「……もう俺には何も残ってない。それが答えだ」

「っ……でも、死んで、ほしくない。バルトの大切なの奪ったの私だけど、言い訳もできないけど。死なないで」

「なんでっ……」


 何も残ってないなど嘘だ。俺の中にはただ一つ、メルだけが残っている。

 自覚してしまった恋心が確かにあるのだ。しかしそれはダメだ。みんなへの裏切りに他ならない。だから俺は見ないふりをする。


「死に場所を、探しに行く」

「なら私も一緒だから。一緒に死んで」

「それはダメ! メルは死んじゃダメ!」


 俺たちの言い合いに、サフランも口を挟む。メルが死ぬと言い出した事が我慢ならないとばかりに、叫んだ。


「でもバルト生きてない世界で、生きる意味なんてない!」

「っうぅぅ!! メルにこんな想われて……ズルい! こんな言われて、死ぬなんて言うな!」

「勝手な事言うなお前ら! 俺の気も知らないでっ」

「知るかー! ボクがお前の大切な人になってやるから死ぬな!」

「それはダメ! バルトの大切な人になるのは、私だから!」


 場は混沌を極めた。互いに譲れないものと言い分があり、汚染領域だと言うのに言葉が止まらない。


「私、バルトのために何でもできるよ? 死ねって言われたら死ねる。バルトの大切な人達生き返らせるのはできないけど、バルトの子供、たくさん産むから! これから大切な存在作るから……死ぬなんて、言わないで」

「なっ。ズルいズルい! メルの子供ボクも欲しい」

「変な事言わないで! バルトと話してるの!」

「やだ! メル好き」

「ちょっと!」


 我慢できなくなったのかサフランはメルに抱き着く。メルも引きはがそうとするが、馬鹿力のサフランはそう簡単に剥がれない。

 二人の少女がもみくちゃになっている絵面に、俺はなぜか笑いたくなった。


 俺が死んでも悲しむ人はいないはずだった。しかし二人も死ぬなと言ってくれる。

 それになぜか、嬉しいという感情が湧いてきた。そして同時に死が怖くなる。


「バルト、死なないで!」

「そうだー。死ぬな―」


 もみ合いながらもそう言ってくれる二人に、俺の心はグチャグチャだ。

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