第七話 メルティアを愛する子
全エルフが暮らす巨大な都。“エルマブルク”――
四方を高い城壁が守り、中央の巨大樹と王城を中心に放射状に広がるエルフ最後の砦だ。
エルフ族の全盛期に建設され、今もなおエルフを守り続ける堅牢な都はあまりに静かだった。
「活気がないですね」
「うん。あんな行列、見せられたらね」
戻って来た兵士はわずか半分。死者も動く死体となり、戦場を彷徨っているため埋葬する事もできない。
死の行列と形容するのが良いか。あれが城門から王城まで歩み続けたのだ、エルフの士気はだだ下がりだろう。その結果がこの静かな都だった。
「市場も静かですね」
「それは、“汚染領域”がひろがったせい。だと思う」
「……住める世界はどんどん少なくなってきますね」
いつもさまざまな物が売られている市場も、今日は露店が少ない。売っているものも少ない。
だがそれもしかたないだろう。汚染領域に人は立ち入れない。今まで物を採取していた場所も汚染領域になれば、市場が静かになるのも頷ける。
「戦争で世界を殺して、どんどん住める場所がなくなって……でも止まらない」
「おかしな話ですよ」
「うん。とても」
戦争が汚染領域を作り出した。もう争っている場合でもないのに、どうにかして争おうとする。手を取り合うべきなのに、敵を憎む。仲間が死んでもその復讐として争いは連鎖してゆく。
「だけど戦争に疑問を持っているのが俺達だけってのが……」
「うん。私達のほうが、……おかしいのかな」
「そうかもしれません」
誰もかれも戦争に疑問を持たない。異種族を殺す事を正義だと思い、仲間が死のうと世界が汚染されようと決して戦争が止まる事はない。
これが何千年も続いた戦争の終末だというなら、おかしいのは俺達のほうかもしれない。
「ごはん、食べよっか。お腹すくから、暗くなる」
「…………」
メル様は戦争を疑問に思う自分を振り払う様に、俺の手を引く。だが俺は立ち止まった。
「メル様は、また戦争に行きますか?」
「……うん。守らないと、エルフを。それが、私の使命だから」
「そうですか」
メル様はどこまでも英雄で居続けるつもりだった。それは使命だという。
それがメル様の望みならば……俺は――
◇
エルフは自然を愛する種族。そんな事を昔聞いた気がする。
まあそれゆえ、野菜や果実などをよく食べるらしい。都でも有名な食堂の看板メニューは野菜炒め。
メル様も大好きなものだ。
「美味しい、ね」
「はい。野菜の旨味を完全に引き出してます」
食堂の片隅で俺達はテーブルを囲んで飯を食っていた。食べているのは名物の野菜炒め。ただ野菜を炒めただけというのに不思議と美味い。
他の料理も美味いのだろうか。そう思うが、メニューの大半が黒く塗りつぶされているため確かめようがない。これも汚染領域が広がって影響という事か。
「バルト、フードとれかかってる」
「おっと。すいません」
感覚が鈍いとこういう事が起こりうる。人間だとバレない様にかぶっているフードを深く被りなおした。
メル様と触れ合っていれば認識阻害の魔法をかけてくれるが、さすがに食事中も手を握っているわけにはいかない。
「バルトの顔、隠れるのやだけど。気を付けて」
「はい。もちろんです」
異種族殺すべしのエルフに見つかればどうなる事か。メル様は守ってくれるだろうが、避けられるトラブルは避けるに限る。
「それで、ご飯食べて。どこか行きたい?」
「どこかですか? ……うーん、そもそもどこも閉まってますよね」
「うん……」
ご飯食べた後は遊びに行く。それはとても良いが、問題は娯楽を提供する店が閉まっている事。敗戦の直後だし都は自粛ムード。飲食店もここ以外やっている所は少ない。
「じゃあ、静かで良い景色の場所。いこ」
「おお良いですね。そうしましょう」
この広大な都、店にわざわざ行かぬとも楽しい事はある。
丁度食事を終えた俺達は、会計をすませて目的の場所へ歩き出した。
都エルマブルクの最南端には大きな時計台がある。その屋上は広く、景色もよく、人もいないというメル様のお気に入りスポットだ。
「となり、座って」
「はいはい。待ってくださいね」
屋上につき、先に駆け出したメル様は設置されたベンチに腰かける。そこから見える景色がお気に入りなのだと前に言っていたか。
ここなら嫌な事を忘れられると、俺と出会う前はよく来ていたらしい。
「ハクア草が綺麗な季節」
「誰か手入れしてるんですかね」
「多分、野生。ハクア草は強いから」
「なるほど。心を落ち着かせてくれますしね」
「うん……」
ハクア草はどんな場所でも生える上に、綺麗な花だ。そして心を落ち着かせる効果があるから、医療にも用いられる。
俺の故郷にも生えてて、さまざまな不安を和らげてくれた。
「ここは好き。むかしは、ここしか。居場所なかった」
「そうなんですね」
「うん。英雄でいなくても良い場所。でも今は、バルトがいる。バルトだけが私の事を許してくれる。優しいし、期待しないし、癒してくれる。バルト、好き」
メル様は俺の肩に寄りかかる。こうやって弱音を吐くことで、メル様は英雄で居続けられるのだろう。
俺がメル様を英雄たらしめる原動力ということか。ならば俺がいなくなればどうなってしまうのだろう。メル様はいったい。
「俺も、メル様の事が好きですよ」
メル様だけが俺の心に灯をともしてくれる。メル様が感情をくれるのだ。
もう故郷と共に消えてしまった俺が、こうして生きて笑っていられるのも全てはメル様あっての事。
「ん……好き。バルト、好き」
「メル様……」
メル様は強く俺を抱きしめてきた。首筋に顔を埋めて、くんくんと嗅いでくるのがくすぐったい。俺もメル様を抱きしめた。
この合瀬は誰にも知られてはいけない。禁断の恋だ。誰もいない時計塔の上で、俺達は抱き合っていた。これがこの世界を生きていくために必要なものだった。俺達が生きていくために必要なものだった……。
「そろそろ、帰ろっか」
「ですね。メル様を、探しているかもしれません」
「うん」
名残惜しくも、俺達はそっと離れた。
メル様はこれでも英雄。そう長く留守にしていられる立場でもないのだ。
「いこ……バルト」
メル様は立ち上がる。俺も立ち上がろうとして――立ち上がる事はできなかった。
「ほんと、嫉妬しちゃうよメル――」
気づけば俺の体に大量の鎖が絡みついていた。それと同時に俺は空へと引っ張られる。
「この人間がそんなに大事なら、ボクが貰っちゃうから」
空飛ぶ機械の影が見える。それに跨る少女は俺を捕まえると一気に浮上した。
「バ、バルト!! なに、なにが起こって」
「あはははっ。メルの大事なもの、全部壊すから! そして、怒り狂ったメルとボクは愛し合うのさ!」
突然の出来事にメル様は動けない。状況を整理して動き出す時間を少女が与えるはずがなかった。
「ばいばい。また会おうねメル」
「あ、待って――」
手を伸ばすメル様が見える。何がおきたか理解できずとも俺がさらわれたと理解したのか、ありったけの魔法を放つ。だが空を飛べぬメル様に、俺を救う手段はない。
「サフラン……」
「人間には興味はない。気安く話しかけないでくれる?」
ドワーフの英雄サフランがメル様から俺をさらった。それが今起きた、事の顛末だ。
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