第十三話 楽しい戦い、くだらない戦い
俺が普通の人間であればこの鎖は脱出できないだろう。機械人形から逃れるというのも夢物語だ。
だが俺は先天的にも後天的にも普通ではない。
「逃げるか……」
関節を外しながら、体中に巻き付いた鎖から解放していく。
この肉体は先天的な物。生まれつき身体能力が人一倍あるため、曲芸じみた芸当もできる。
機械人形は時間が来たら殺すという命令しか受けていないからか、俺が抜け出そうとしても何もしてこない。
「お前は命令に忠実だよな。想定外の事が起きたら、何もできない」
「ギ……ガギ……」
完全に鎖から解放されても、機械人形は俺の傍で佇んでノコギリを向けてくるだけ。拘束しようなどとは考えていない。
「目的に対して一途なのは、一緒だよ」
機械人形からノコギリを奪いとり、そのまま首と胴を切り離す。
もちろん機械だから死ぬわけではないがこれで動く事はできないだろう。
俺は使い終わったノコギリを適当に捨てると、サフランが去った方向へと足を向ける。
「さて、俺は……この後どうするかね」
大きな岩陰に潜む。そのすぐそばではメル様とサフランが対峙していた。
「バルトはどこ……」
「どこか遠く。まあ、あと数十分もすれば死ぬようにしてきたけど」
「っ、そんな事、許さない!」
「ボクと戦おう。ボクを殺せば止まる用にもなってる」
「そう……」
メル様は本気だ。あんなメル様は初めて見たがあまりに恐ろしい。
すでに剣を抜き、強烈な魔力を周囲に放っていた。覚悟を決めたメル様はもう止まらないだろう。
だがこの争いを止める事は簡単だ。俺が出ていけば良い。
そうすればメル様は戦い理由をなくし、俺を守りながら撤退するだろう。だがそれはサフランの悲願を無碍にする事となる。それに……。
「俺の目的のためなら……このまま傍観か」
それが最善だろう。俺はこの
今これはチャンスだ。やりようによって、長年の俺の悲願を達成する事ができよう。
だから俺は岩陰に潜んで動かなかった。
「バルトを、返してもらう――」
「させないよーだ」
剣と大槌はぶつかり合う――。
その一合で大地が震えた。それはまるで、伝説の種族巨人の殺し合いに等しい。英雄と英雄の殺し合いに世界が怯えている様だった。
「あははっ。本気でヤろうよ。ボク達の愛を世界に見せつけよう」
「くだらない。バルトはどこ」
サフランは頬を上気させて笑っていた。メル様はどこまでも冷めた非情で冷徹に殺しにいく。
その場は一見拮抗している様だった。
「『魔弾よ無限に生み出て世界を覆え』」
「うわっ――」
「『火炎よ大地を燃えつくせ』『大嵐よ全てを薙ぎ払う神風であれ』」
剣と大槌だけならば永遠に勝負はつかなかったかもしれない。
だがここで魔法というエルフ独自の能力が差をつける。
「っここまで火がくるか」
かなり遠くにいる俺の元にすら火が届く。火炎が大地を覆いつくしていた。空を見れば無数の魔弾がサフランに飛び交い、大嵐がそれらを増強する。
俺は火から逃れる様に岩に張り付く。ここまでの範囲の魔法があれば、ドワーフ軍は全滅であろう。
「まったく。メル様はえげつない」
こんな環境で生きていられるのは、まさに英雄と呼ばれるにふさわしいものしかいない。
今だこの環境で生きているサフランは、やはり英雄なのだろう。
「最高だよメル! とんでもない怪物だ」
「さっさと死ね」
「まだ楽しまないと。ボクもやろう『機装展開』――」
エルフの魔法に対抗するには、ドワーフの機械技術しかない。
サフランの影から飛び出した機械の鎧は、瞬時にサフランに装着される。無骨なデザインだった大槌は、機械が張り付いた不思議なデザインに替わっていた。
これがサフランの切り札だろう。確かに恐ろしい威圧感だし、エルフを何人も殺す事ができるだろう……だが。
「さあ、燃やし尽くすよ」
「くだらない……」
サフランの身体能力は何倍にもなっている。その力は大地を割るだろう。その速度は風を置いてけぼりにするかもしれない。その装甲はエルフ全軍を持っても破れない。
だがメル様の前では、くだらない玩具でしかない。
「えっ……。嘘でしょ」
「死ね」
サフランの一撃を剣一本で軽々と掃う。当たれば大陸を破壊し、新たな汚染領域を作り出すほどの一撃だ。それでもメル様は物ともしない。
サフランを上回る速度で迫ると、剣を振るうだけで吹き飛ばす。
「うぐっ――」
地面に激突するサフラン。声にならない声を上げるが、メル様はそれで許してはくれない。
「バルトは、どこ?」
「っ――」
「どこにいるっ」
「ぐふっ……ごほっ、ごほっ」
殴る。何度も何度も、メル様はサフランを殴り続けた。拳を振るう事すら躊躇するメル様が無感情で殴り続ける。居場所を吐くまで殴り、吐けば殺すつもりだろう。
だがおかしい。メル様はそんな事しないし、できない人だ。あきらかにおかしすぎる。
「言うつもりに、なった?」
「メ……ル――」
「バルト、死んじゃう、でしょっ!!」
サフランは言葉を紡ぐ暇すら与えられなかった。違う言葉を発した途端、殴られる。普通ではないメル様に躊躇はない。
「早く、言えっ!」
「――…………」
「早くっ!!」
そんな殴っていれば喋る事もできないだろう。それに気づかぬほどメル様はおかしくなっている。
それでも今は俺の目的にとって大きなチャンス。このまま傍観していれば目的の一つが完全に叶うだろう。
なのに俺は、もう見てられなかった。
「メル様っ!!!」
岩陰から飛び出し、俺は叫んだ。
「バルトっ――!!」
俺の姿を見るやいなや、メル様はサフランなど目もくれず走ってくる。迷うことなく俺の胸に飛び込み、強く抱きしめてきた。
「無事、だった……?」
「はい。何もされてないですよ」
「良かった……」
全ての憂いがなくなったかのように、ほっとした様子を見せるメル様。力が抜ける様に俺に枝垂れかかった。
俺もそっと抱きしめ、すぐにメル様がおかしくなった原因を理解した。
「俺なんかより、メル様ですよ……約束、破りましたね?」
「っ……!」
「メル様からは、とても落ち着く香りがします」
俺の言葉で、途端震えだすメル様。
メル様からはいつも甘い花の様な香りがする。しかし今は、とても落ち着く花の香り。
ハクア草の香りがする。
「ハクア草の薬は、もう二度と使わない。そういう約束じゃなかったですか」
「あ、うぁ……ご、ごめん。なさい」
ハクア草から抽出される精神安定剤は強力だが常用すれば危険だ。依存し、最終的に廃人になってしまうほど。
それに気づいた俺はすぐに使用をやめる様に約束をしたはずだ。
「バルトが……いないって、分かると。怖くて、わけわかんなくなって、その。ごめんなさい。もう、使わないから」
「…………。離れてしまった俺も悪いです。もう二度と使わせません」
「うん。ずっと、私の傍にいて」
この世界はメル様にとって過酷だ。何かに依存しないとやっていけないメル様から離れてしまえばこうなる。それを分かっていながら、油断していた俺も悪い。
「バルト、帰ろう。もう大丈夫だから。私が、全部守る」
「はい。ですがその前に」
俺はメル様から離れて、大地に倒れ伏すサフランの元へ行く。
「あ、そっか。そいつ、殺さないといけないか」
サフランは死んでいない。普通の人間が千人は死んでる攻撃を受けても、今だ生きて意識を保っていた。
「ちがいます。……サフラン、大丈夫か?」
「えっ……? バルト?」
俺はサフランを抱き起す。生きてはいるが、重傷だった。何度も殴られた事で顔はあざだらけ。火に包まれ、魔弾を受けた傷も見過ごせない。これで生きているサフランの頑丈さが不思議なくらいだ。
「バル、ト……? へへ。負け、た」
「楽しかったか?」
「……分かん、ない。全部、バルトの、せい。だから」
「なんだよそれ」
「ボクに、迷いが――」
サフランは最後まで言葉を紡げなかった。
眠る様に意識を手放し、目を閉じる。死んではない、しかしそれも時間の問題かもしれない。
「な、なんで。バルト? そいつは、バルトを攫った悪い奴、で。敵。バルトを、殺そうとした」
「はい。そうです。でも根は悪い奴じゃないんです。この世界のせいで狂ってしまった、まだ幼い少女です」
サフランは悪い奴じゃないと、数日一緒にいれば分かる。ただおかしいだけだ。なぜそうなったかは分からない。だがそれがとても哀れだった。
「っその女が、す、好きなの!? さらった、悪い、奴なのに」
「ちがいます。ただ……家族を思い出してしまって。助けたいって思ってしまったんです」
「それ、好きって。こと? わたしより、も。だいじ、なの?」
「そんな訳ないです! メル様が一番だ」
それが変わる事はない。俺の中の全てはメル様で一杯。それ以外が入り込む余地はない。
「分かんない。じゃあ、なんで、そんなっ――」
メル様は、まるで糸が切れたかのように倒れた。
「……俺も、何してるかなんて。わかんないです」
目的だけに生きるなら、サフランは不要だ。メル様だけを大事にしていれば良い。
だが俺の心はそれを許してくれないようだ。助けたいと思ってしまうのは、間違いなのだろうか。
メル様を背中に背負い、サフランを横抱きにする。
「嫌な予感は、当たるな」
良い事にはならない。そう思ったあの感覚は、間違いじゃなかったと俺は思った。
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