第十四話 植え付けられた欲
医療の知識は村のもの全員に教えられる事だった。長年積み上げてきた知識を、この世界を生き抜くために一早く教えられる。故に俺にもある程度の心得はあった。
「メル様は……疲労かな。サフランは……薬草を貼ってと」
近くにあった小さな洞窟。そこに二人を寝かせて状態を見る。
メル様の方は、精神と肉体両方の疲労が出て気絶したというところだろう。重傷なのはサフランの方だ。
俺にできる事と言えば近場に生えていた薬草を貼る事ぐらい。だが効力が高いわけじゃなく、ないよりまし程度。気休めでしかない。
「ふぅ……これからどーしよ」
治療を終えて一息つけば、この後をどう収拾付けるかという問題に直面する。
「そもそも俺はどうしたいんだろ」
それすら分からない。メル様も、サフランも。二人とも傷ついて欲しくなくて、助けたかった。だが俺はなぜそう思ったのだろう。俺の目的のためにはメル様だけを見ていればよかったのに。
「ん……ぅう……」
そう悶々と悩んでいれば、サフランの苦しむ様な声がした。
「気づいたか?」
「バ、ルト? ボクは、生きてる……」
「ああ。とんでもない肉体だ」
「へへっ……ボクは、凄いん、だぞ」
普通なら死んでるし、普通じゃなくても死んでる。それなのに生きているのは英雄という奴なのだろう。
だが喋るだけで辛そうで、死にはしないが死ぬほど苦しそうだ。
「あまり、喋らず寝てろ」
「ボクは、……分かんない。バルトに、言われてっ――」
「おいサフランっ」
「ずっと、考えてた。ボクが、なぜっ。戦い、好きか」
サフランは止まらない。喋れば苦しいだろうに、どんな苦しみよりも伝える事が一番大事だと痛みに耐えて口を開く。
「ボクの中の、何か……が。殺せと、言う。戦えと、言う。これはなに――?」
「何を、言って……」
「気づかなければっ。幸せでいられたのに――!」
そう叫ぶと同時に、サフランはまた気絶した。
最後の言葉は悲鳴というには生ぬるい、アイデンティティの崩壊とでもいえば良いか。サフランの中の大切なものが崩れ落ちたかの様だった。
「戦いへの欲求は、サフランの物じゃない?」
サフランは戦いと殺し合いが好きだ。だがそれがサフランが本来望むものじゃないのならば……いったい。
思えばそう。世界を壊し、全てが滅ぶであろうことが明確なのに戦いが終わらない。それもサフランと同じなのではないか。
一度その考えに至れば、疑問が次々と沸いてくる。
この戦争はなんだろう。何千年と続き、七つの種族が滅びたこれはなんだ。誰が起こして、なぜまだ続いているのか。
「分からないな」
「……なにが?」
「っメル様!? 気づきましたか?」
「うん……」
ゆっくりとメル様は起きる。まだ疲労は全て抜けていないだろうが、俺を見て安心した様に微笑む。
そしてすぐに、近くで眠るサフランを見た。
「サフラン、助けたんだ」
「はい……」
「敵だよ。バルトさらった、悪い奴」
「分かってます。サフランを見てると家族を思い出します。救えなかった妹を、思い出すんです」
「っ……!」
メル様は息を飲み、口を閉じる。
沈黙が続くなかで、ゆっくりとサフランの元へ歩いた。
「バルトが、救いたいなら。私も、協力する」
「ありがとうございます」
薬が抜けたからか、一度眠ったからか。いつものメル様に戻れば理性的な会話ができる様になる。
メル様はそっとサフランに手をかざすと、魔法を発動させた。
「『癒しを彼女の身に』」
回復魔法は苦手だというけど、メル様の魔法はやはり凄い。
俺の拙い応急処置など目じゃなく、光に包まれれば全ての傷が消えていく。あっという間にサフランの傷は塞がり、元の健康体に戻った。
「ん……。メル?」
「起きたんだ」
体が癒えた事で、ゆっくりと目を開けるサフラン。それに対してメル様は冷めた瞳を送った。否、怒りのこもった瞳だ。
そしてすぐに立ち上がり、俺の傍まで戻ってくる。
「メルが、治してくれたの? ありがと」
「バルトが頼まなければ、やらなかった。バルトに言って」
「うん。……ありがとう、バルト」
「いや。礼を言われる事でもない」
そこで沈黙。
気まずい空気が流れ、全員口を閉ざした。メル様は不機嫌だ。俺を守る様に前に出てサフランを睨む。サフランはそれに気づいて、目を伏せる。
俺はそんな二人を見て何を言えばいいかと考え込んでしまう。
結果、その沈黙は長らく続く事となった。
「ごめんね。帰る……」
口火を切ったのはサフランだ。治ったとはいえ病み上がり、しかしそれ以上にここに居たくないのか立ち上がる。
「サフラン……大丈夫なのか?」
「うん。ありがとう、もう大丈夫」
「そうか」
サフランは自分の影から天空二輪車を取り出して跨る。だが帰る途中で“夜”になる。病み上がりのサフラン一人というのは不安だ。
しかしサフランを引き留める事はできない。
「ボクはもう一度、考える。自分の事とかいろいろ」
「……サフラン」
サフランの狂気はどこからきた。誰がサフランを狂わした。誰がこの世界に戦を起こし、狂わせ続けたのか。
分からない事だらけだ。
「何言ってるか、わかんない、けど。……次は、ないから」
「メル……」
「バルトを傷つける者は許さない」
「うん。分かった」
サフランは目を伏せる。いつもの元気いっぱいで天真爛漫な様子はなく、悩み続けるサフランはとても素直に頷いた。
「どこまでがボクの本心で、どこからが違うのか分からない。けど、メルが好きだって気持ちは本物だと思う」
「……何言ってる」
「出会った時に、一目惚れしちゃったのは本心さ」
次の瞬間サフランは走り、メル様の胸に飛び込んだ。
「あ、何して」
「メルって暖かくて、良い匂いする」
「うぅ。……バルト」
力いっぱい抱きしめるサフランと、突然の事に困惑するメル様。だが敵意も悪意もなく純粋な好意に溢れたサフランを拒否しきれず、困ったように俺を見る。
俺はそんな二人に苦笑するしかなかった。
「……もう、変な事。しないでね」
「うん。ボクはずっとこうしたかったんだと思う。なのに、なんで殺し合いなんて望んだんだろう」
サフランはそう言って、メル様の全てを感じる様に抱きしめる。メル様もそんなサフランに毒気を抜かれたのか、戸惑いながらもそっと抱きしめた。
メル様とサフランの抱擁に俺の心も温かくなる。それは数分ほど続いた。
「メル……ん。なんかスッキリした気分」
サフランは少し晴れ晴れとした顔で天空二輪車に跨る。
あれならば心配はいらない、俺はそう思った。
「じゃあね。またいずれ」
サフランは長々と会話をする気がないのか、それだけ言って返事も聞かずに飛び立っていった。
「サフランって……あんな、子なんだ」
「あれが本当のサフランなんでしょうね」
サフランを見送り、俺達も出立の準備を始める。
とはいえ俺の私物は少なく、メル様のリュックに物を整理していれるぐらい。それを俺が背負う、と言ったのだがメル様は許可してくれなかった。
まあメル様にとっては羽の様に軽く、俺にとっては鉄の様に重いならばメル様が背負うのが効率が良いだろう。
「準備できた?」
「はい。いつでも」
太陽が昇る。準備も終えた。ならばメル様と帰ろう、都エルマブルクへ。
「多分、何日もかかる。“夜”にもなる」
「ですね」
「だから、“夜”寝るときは、私をしっかり抱きしめる事」
「えっ!?」
「そうしないと、
メル様は特別だ。
まあ俺も
「分かった?」
「分かりました……」
ただ問題は、俺が正気を保っていられるかという事。メル様相手には俺の感覚が全て万全な状態になる。性欲を抑えられるか、というのが問題だ。まあ抑えるしかないのだが。
俺は決意を固め、メル様と共に歩き出した。
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