第十五話 日常の横で蠢くモノ

 暗闇があった。何も見えず、何も感じないそんな闇。気が狂ってしまうほど深く、一秒たりともいたくない。

 だが密会に持って来いのこの場所で、二人の者が対話をしていた。


「やるんだな」


 一人の男が言った。


「ああ。実行すれば全てが終わる。俺達か、奴らかどちらかが……」


 もう一人の男が返す。


「そうだな……意図してない事だが。材料は揃った。その後は、サンダル将軍しだいか」

「ああ。だが間違いなく良い事が起こる。楽しみだな」

「…………」


 二人は向かい合う。

 一人は消極的で、一人は積極的。だがその目的に相違はないのだろう。


「では、始めよう――」



 ◇



「バルト……似合う、かな?」

「ええ。とても」


 エルフの都に帰って早数日。俺達は日常に戻っていた。

 もちろん帰った当初は大騒ぎだ。エルフの英雄が何も言わずに一週間国を出たという事で、上へ下への大騒動。

 しかも出立前に揉め事を起こしたらしく、エルフにしてみればそれに怒って出ていった様に見えない。メル様と揉め事を起こしたサンダル将軍の一派は大きく非難されているらしい。


 今まで反抗すらした事なかったメル様の初めての反抗にエルフは戸惑っている様で、帰ったメル様に何か言う事もなく、地雷を踏まない様にご機嫌取りをしていた。

 メル様はそんな騒動を右から左で気にもしてなかったが。


 そんなこんなで平和な日常に戻った俺は、メル様の自室にてお洒落の感想を言っていた。


「メル様はどんな髪型も似合いますね」

「そう、かな……ふふ」


 今日のメル様はヘアアレンジをする気分らしい。いつもは美しい金髪をそのまま垂らしたストレートヘアだが、今日は縛ったり編み込んだり様々なアレンジを俺に見せてくれる。

 たとえばツインテールにすればいつもより幼さが際立ち、とても可愛い。

 ポニーテールのメル様は神秘的な美しさを持つ、とても可愛い。

 三つ編みにすれば清純な雰囲気があふれ出る、とても可愛い。


 つまりメル様は何しても可愛いわけで、さまざまな髪型を見せてくれるたびに可愛い可愛いと俺は言い続ける。

 そんな平和な、日常だった。


「ん。ハーフアップにしてみた」

「可愛いです。とても似合います」

「そう?」


 髪を編み込み、ハーフアップにしたメル様はとても可愛らしい。天使族より天使をしているかもしれない。

 いつも優し気で穏やかなメル様だが、それをさらに増幅させている。思わず見とれてしまう様なお嬢様に大変身していた。


「今日はこれにしようかな。バルト、遊びに行こっか」

「はい。お供します」


 今は平和な日常。次の戦争の準備が整うまで、仮初めの平和だ。

 帰ってきてからメル様は俺の傍から片時も離れない。会議と時であろうと、すぐ傍に置くくらいだ。


 出かける時など、絶対に手を握る。


「認識阻害、掛けた。これで安心して、遊べるね」

「ありがとうございます……」


 メル様は腕を組んでくる。魔法をかけるだけなら手をつなぐだけでも良いはずだが、幸せそうに微笑むメル様はそれ以上をしてきた。

 年頃の男女の距離としていかがなものかと、俺は苦言を呈す。


「ちょっと、近くないですか?」

「そう? 魔法かけないと、だし。攫われない様に」

「まあそうですけど」


 メル様から俺を攫うなど、サフランでもなければできまい。もしくは噂に聞く獣人の英雄か。

 しかし警戒心最大の今のメル様から攫うなど伝説の英雄にもできぬ所業だ。別に腕を組む必要もない。……まあメル様が望むなら良いか。俺も嬉しいし。


「さあ、行くよ」

「分かりました。行きましょう」


 王宮を歩く。メル様の魔法は凄いもので、廊下の真ん中を歩いているというのに誰も気に留めない。まるでそこには何もないかの様に振る舞う。

 故に、メル様には聞かれてはいけない話も平気でしてしまうわけだが。


「おい、聞いたか」

「ああ。メルティア様がドワーフと内通してるって噂だろ」


 そう話しているのは、二人の使用人だった。

 掃除を担当しているのか箒やモップを持った二人は、手を止めて話し込んでいる。むろん俺達には気づかない。


「馬鹿な話だ。そんな訳ないだろ。エルフを守り続けた英雄だぞ」

「そうだが、この前何も言わずに飛び出したと言うし」

「サンダル将軍の一派が怒らせたって話だろ。サンダル将軍の方がドワーフと内通してんじゃねえか?」

「あー。それもそうだな」


 それは噂だ。根も葉もないくだらない戯言。

 だが今まで傷一つ付かなかったメル様の偶像に見える、小さな陰でもある。


「バルト、どうしたの、立ち止まって?」

「……メル様は良いんですか?」

「何が?」

「あの会話ですよ」


 俺が聞こえたという事はメル様も聞こえただろう。しかしメル様に反応はない。

 ただの雑音だと言う様に首をかしげる。


「別に、どうでも良い。それより行こ」

「そうですか」

「うん。都にも活気が戻ってる。バルトと一緒に、見て回りたい」

「はい。じゃあ行きましょう」


 目の前でそんな会話をしているのに、使用人達は気づかずまた別の噂話へ移っていく。結局これも一つの話の種でしかなく、彼らも信じているわけではないのだろう。

 メル様はそんなのどうでも良いと、俺を急かす。だから俺も考えるのを止めて、足を速めた。




 都に出れば前回とは打って変わって多くのエルフが歩いていた。

 あの大敗からも時が経ち、自粛を止めたという事だろう。出店や露店も多く出ていて、新たな採取場所の確保もできた様だ。


「賑やかですね」

「うん。……何か、行きたい所、とか。食べたい物ある?」

「そうですね。メル様と、ブラブラ歩きたいです」

「私もっ……!」


 メル様は食い気味に同意してくる。赤く頬を染めさらに強く腕を組んできた。

 都の大通りは凄い人通りで、そうでもしてなければ迷子になりそうだ。人の流れに乗る様に俺達は歩く。


「あ。パムナム焼き」

「良いですね。食べますか」

「うん! 半分こ、しよ」

「しましょうか」


 パムナム焼きと言えば都の名物。パムナムという野菜を、ハクア草と一緒に蒸してパンに挟んだ物。野菜なのに肉の様な食べ応えがあり、エルフの主食と言っても良いだろう。


「ん、美味しい」


 メル様の好物でもあり食卓にはいつも上っていた。

 かなりボリュームがありそれを一生懸命かぶりついて食べる様子は小動物の様で微笑ましい。


「はい、バルトもどうぞ」

「……じゃあいただきます」


 メル様が差し出してくれたバムナム焼きは、右側に小さな歯型がついている。ならば俺は左側を食べるべきだろう。

 そう思い思い切りかぶりつく。肉かと錯覚するほど香ばしい旨味。メル様が大好きなのも頷ける名物だ。


「美味しいです」

「ふふ。だよね。あむっ」


 メル様は今俺が食べた方に口をつけて食べる。自分が食べたほうから食べ進めるべきではと思ったが何も言わない。良い子だからだ。


「美味しかった。次、どこ行く?」

「人込みが凄いですし、公園でも行きましょうか」

「そうする」


 もう一度メル様は腕を組み、歩き出す。

 最近はこの近さにも慣れてきた。間接キスをしたり、一緒に寝たり。恋人でもない男女としてはふしだらな行為かもしれない。だがそれがメル様の安寧につながる。俺も嬉しい。ならば何も言う事はないだろう。


「良い、風」

「気持ちいですね」


 公園のベンチに腰掛ける。心地よい風が心を穏やかにしてくれる。まさに平和。幸せな日常だ。

 俺の肩にメル様は寄りかかる。風と共にメル様の甘い香りが漂ってきた。それが俺の心を満たしてくれる。


 だが穏やかな風が運ぶのは、良い事だけじゃない。


「なあ、知ってるか。あの噂」


 風に乗って聞こえてくる、市民達の噂話。


「ああ。メルティア様のだろ」


 こんな都の一角にすら広まっている噂。メル様とドワーフが内通し、先の敗戦はメル様が引き起こした事。そんな、くだらない噂だ。

 その声はメル様にも聞こえているだろうに、どうでも良いとばかりに俺の寄りかかりはにかむ。


「バルト、好き……」


 メル様にとってはどうでも良い事。だが俺にとっては心をざわつかせるものだ。


「俺もです……」


 だがメル様が気にしないならば俺も気にしない。それがペットというものだ。

 俺達は穏やかな時を過ごした。平和で幸せな大切な日常。くだらない噂など一蹴して、幸せに浸った。

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