第六十四話 待ちわびたコソ泥
その洞窟には大量の木箱が保存されていた。元は巨大な洞窟だったろうに、今では荷物に埋め尽くされた倉庫とかしている。
その中身は全て食料。何千、何万という人々の腹を満たすために生み出された食料が貯蔵されていた。
「ああ……これだけあれば、しばらく持つかな」
一人で作った故、これだけあっても何日持つかといったところ。だがその達成感こそが生きる原動力だ。
「腐らないと良いけど……ダメになったらやり直しだな」
最初の方に作ったものなどはどうだろう。年単位で保存がきく作物を栽培したが、もしかしたらダメになっているかもしれない。
そうなればやり直しだろう。だが大丈夫。俺は大丈夫だ。みんなが来るその日まで、大丈夫でなくてはならない。
「今日も、一日が終わるな」
日が沈む。今日も誰も来なかった。だが明日こそ誰かが来るかもしれない。
そう願って俺は眠りにつくのだ。
「今晩はシチューだ。楽しみだな」
その声音は平淡で感情がないが、俺は精一杯の笑顔を見せる。
シチューが楽しみで、俺は生きていける。そうやって誤魔化すのはここ数年で得意になった。そうじゃなきゃやってられない。
そうやる事でしか生きられないのだ。
「……ん?」
しかしその日は、いつもと違った。家に帰りつきすぐに気づいた違和感。
家の周りには無数の畑が広がり、その中心にあるのが俺の家だ。その前にある足跡。
二人分の足跡がそこにはあった。そして家の中から感じる何かの気配。
「っ……」
先走りそうになった己を慌てて自制する。誰かの気配に今すぐ駆け出したくなったが、少し待て。
それが人である保証はない。魔獣である可能性もあるし、悪意をもった人かもしれない。下手な希望は絶望へと滑走路だ。
「…………」
息をひそめて家に近づく。最悪戦闘すら覚悟するネガティブさに嫌気がさすが、ここ数年で芽生えたそれはそう簡単に消えるものではない。
「――ひさ……良い……っ」
「お……じ……メ――」
聞こえてくるのは小さな声で会話をする音。誰かが俺の家に入り込み、何かをしていた。
コソ泥であるなら良い。ぶん殴って更生させて村の住人だ。そう考えれば途端に希望は湧いてくる。もう一人じゃないという希望。
しかし油断はしてはいけない。こちらが先制する必要がある。
出入口はここ一つ。故に息を殺して静かに扉に手をかける。そしてゆっくりドアノブを回した。
「「っ――!」」
音は立てなかったはずだ。しかし中の二人はすぐに気づく。俺は慌てて手を止めて、扉を背にして中を伺った。
「誰……。家の人?」
「わらわたちの方が悪人であるが、出てくるのじゃ」
「えっ……?」
それは愛してやまない二人の声だった。ずっと探し求めて諦めて、誤魔化してみないふりをしていた二人の声。
もう俺は止まれない。
「メル、ツキヨ……」
「「……あああああっ!!!!」」
二人は俺の顔をみるやいなや同時に駆け出し飛びついてくる。
「バルトっ! やっと、見つけた」
「出会えたのじゃ。諦めなくて良かったぁ」
「二人とも……なんでっ」
疑問はつきない。だが今はただただ嬉しい。
二人の温もりは変わらず、その愛も目減りすることなくさらに大きい。俺に抱き着いて泣き出す二人に、俺も涙がとまらない。
「たくさん話したいけど……生きてて良かったっ!」
三人でずっと泣き続けた。涙が止まるまで、ただずっと――。
◇
「美味しいっ……バルト、凄い」
「うぅ。こんな美味しいもの久しぶりなのじゃ」
一端落ち着いたところで聞こえてきたのは二人の腹の虫だった。二人の恰好はボロボロで、多くの苦労を重ねてきたのが見て取れる。その上空腹となればまともに話もできないだろうと、食事をする事にした。
今朝作ったシチューを振る舞えば二人は無我夢中で食べる。
全てここの植物で作ったものだが、二人は涙を流して喜んだ。
「ふぅ……ごちそう、さま」
「お腹いっぱいじゃ」
色々振る舞い、それをペロっと平らげた二人はようやく落ち着く。
「バルト、ありがとう」
「ああ。このために頑張って来た。それで良かった」
ずっと作り続けていたのは今日この日のため。みんなの腹を満たして、未来に進むための努力だ。
「…………」
そこで一端会話が途切れる。一杯話したい事もあるし、もっと触れ合いたい。だが数年という月日が俺達に沈黙を与えた。
所謂気まずいという状態。何を話せば良いのだろうか。どう切り出せば良いのだろうか。待ちわびていた日だと言うのに、俺の口は開かない。
「えーと。風呂でも入るか?」
「お風呂?」
「お風呂があるのか?」
「ああ。壊れかけだったけど整備して、良い風呂になったぞ」
二人ともボロボロだ。その汚れは二人が歩んだ歴戦の日々だが、さっぱりもしたいだろう。
俺の言葉に二人は急に目を輝かせる。その様子を見てようやく場が動くと俺はほっとした。
「準備は出来てる。入ってくると良い」
二人はぶんぶんと頷く。よほど入りたかったのか嬉しそうに笑っていた。
風呂場に案内すれば二人の目はさらに輝く。何年もかけて整備した自慢の風呂である。
「わっ、凄い」
「うぅ。久しぶりに汚れを落とせるのじゃ」
二人はさっそくとばかりに服を脱ぎだした。
「うおっ。俺がいるの忘れるなよ」
「ん? バルトなら良いよ。一緒に入る?」
「わらわ達はかまわぬぞ」
「いやっ。そんな三人入れるほど広くないから。じゃあ俺はこれで!」
突然の二人の言葉に俺は大慌てで風呂場を出る。何年たっても俺を受け入れてくれるのは嬉しい事だが、ドキドキしてしまう。
動悸が激しくなるが、同時に俺達の距離が離れていない事が分かってどこかにあった気まずい思いも消えた。
「……ふぅ。穏やかな夜だな」
こんな夜、世界崩壊以来初めてだ。
風呂場から聞こえる少女達の楽しそうな声。一人じゃない。愛した二人がいる事に死んでいた心が蘇る。
食事の後片付けをしながら、二人が風呂から上がるのを待った。
「ん。バルト、お風呂ありがと」
「生き返るのじゃぁ」
風呂から上がった二人は嬉しそうに目を細める。その身にあった疲れがそれで消えたのなら良かった。
「それは良かった。ジュースでも飲むか?」
「良いの?」
「ああ。ジュースを飲みながら、いろいろ話したい事がある」
久しぶりに二人と話したい。俺の勧めのままに席について美味しそうにジュースを飲む。森の果実を絞ったものだが、二人とも再度涙を流して喜んだ。
「美味しいね」
「うむ。ここは天国のようじゃな」
そうやって落ち着いたところで、俺は口火を切った。
「……二人は世界崩壊後どうしてたんだ?」
いきなり聞くのはどうかと思ったが、俺はそう口を開く。
二人の事を知りたかった。分かれる前まで犬猿の仲と言うしかなかったのに、今はとても仲が良さそうだ。
かなりの修羅場を潜り抜けてきたのだろう、ここまでの道のりを俺は知りたい。
「えと……サバイバル?」
「苦労の連続じゃったな」
「私達は……汚染領域が重なった様な場所にいた」
「汚染領域が……?」
「うむ。空間が捻じれ、毒が充満し、光が降り注ぎ、全てが停滞し、睡魔が襲ってくる。他にもいろいろじゃ」
それはどんな地獄だろう。たった一つでも最悪と呼ばれる汚染領域。それが重なり猛威を振るってくるとは。
世界が崩壊してグチャグチャにつなぎ合わされた世界。俺がいる平和だけを凝縮した場所もあれば、二人の汚染領域を凝縮したような場所もあるのだろう。
「私達はそこを旅していたの。バルトやサフランを探して」
「じゃあサフランは……?」
「分からない。他の人にも会ってない。出会ったのは全部死体だから」
「っ……」
どんな地獄だろうと、メルとツキヨの二人ならば生きれるだろう。だがサフランはどうだろう。規格外の怪物だが、メル達ほどじゃない。
あの幼い少女の身にいったい何が起きているのだろう。
「まずはメル達の話を聞きたい」
俺の言葉に二人は頷く。それは壮絶な道筋の始まりだった。
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