第十七話 エルフの英雄、あるいは生贄

「バルトの手、気持ちい……」


 メル様の髪は美しい。黄金の髪は背中を覆うほど長く、サラサラとした美しさを持つ。一度撫でれば止まらず、その撫で心地に俺は夢中だ。

 そしてメル様も気持ちよさそうに目をつむる。俺の胸板に頭を預けながら全てをゆだねてきた。


「メル様は……綺麗です」

「ほんと?」

「はい。とても、美しい」


 出会ったころから変わらない。メル様はいつも可愛らしく、美しい。


 メル様の噂は止まる事がなかった。否、より加速する。根も葉もなくとも噂は広まっていた。

 それに対してメル様が何かアクションを起こす事はない。


「バルトも、かっこいい」

「ありがとうございます」


 ただ、より俺とのスキンシップが激しくなる。それは無くなっていく居場所を俺に求める様だった。

 メル様はこんな噂すぐ消えると思っている。メル様が積み上げてきたのは、そういうものだ。


 だがメル様は、エルフという種族を理解していない。


「メル様、例の噂……消えないですね」

「ん? そう……別にいいや。バルト、いるから」


 メル様はエルフの英雄だ。だがそれだけ。英雄として戦う事を使命としつつ、それ以上はエルフと関わろうとしない。いつも俺といる。

 だからメル様は、エルフを理解しきれていない。


「そうですか。ならば、良いです」


 エルフとは傲慢だ。プライドと自尊心の塊と言い換えても良い。

 エルフは負けを許さない。つねに輝いた歴史のみがあり、それ以外は全て闇に葬ってきた。エルフの歴史を調べれば、耳障りの良いものしかないほどだ。

 故に先の大敗は許されない。プライドが許さない。相手が何か卑怯な事をしたという理由が欲しい。


 メル様は生贄だ。英雄として最前線に立っていた故に、全ての責任と理由を負った生贄。

 メル様がドワーフと繋がっていたから、先の大敗は起きた。それがなければエルフの圧勝だった。そう思い込まねならないプライドを持つ種族こそがエルフだ。


「バルト……?」

「いえ。なんでもないです」


 だがメル様だけが違う。エルフらしき傲慢もプライドも持たない稀有な存在だ。

 だからエルフすらもメル様を本当の仲間と思ってはいない。英雄と思っている。

 メル様も深く関わらないため、エルフを理解しきれない。


 そこにある溝は、思ったよりも深いかもしれない。



 ◇



「兵站の確保は順調です。南に二日ほどの場所に食用に適した根菜が見つかりました。採取し、加工すれば十分兵站として用いれます」


 食料確保を担当していたエルフの言葉が会議の場に響く。

 この世界、食料の確保は大変だ。なのに戦争などしようと言うのだから、それを確保する者の苦労は想像に難くない。


「戦死した結界師の補充が完了しました。呪文の効率化も進めていますので、次の戦争ではより素早く結界を張る事が可能です」


 次の報告は結界を担当する者。戦争において武器より大事なのが結界だ。夜になれば死者アンデットが動き出す世界で、素早く結界を張る技術はつねに研究されている。

 結界こそが戦争の要と言っても良いだろう。素早く移動し、夜になるギリギリで結界を張る。これができねば勝ちはない。


 会議は続く。次々と報告が飛び交い、戦争への準備を着々と進めていた。

 ドワーフに先を越されない様に、最速で準備を行い、攻め入らねばならない。そうしなければ攻めてくるとなれば皆必死だ。


 ただメル様だけが、無感情にボーっと眺めている。さっさと終わらないかなと思ってるのだろう。戦争とはメル様にとっての地獄そのものだ。

 だから報告が終わり、会議が終わろうともなれば笑みを浮かべだす。だがそれは許してくれなかった。


「以上です――」

「ああ、すまない……会議が終わる前に皆に伝えねばならない事がある」


 突如そう発言したのは、サンダル将軍だった。

 メル様を怒らせたと、ずいぶん肩身の狭い思いをしていたサンダルとその一派が、ニヤニヤとしながら口を開く。


「皆はもちろん、例の噂を知っているだろう?」

「噂とは、メルティア様がドワーフと繋がっているという、くだらない噂ですかな」

「無論そうだ。我らが英雄にはありえぬくだらぬ噂だとも」


 サンダルの言葉に言い返すのは、メルティア派と言うべきか。その一派の一番偉い者。メル様は認知してないのでメルティア派というのもあれだが、味方である事は確かだ。


「だが……先日、思わぬ告発があった」


 サンダルの言葉に、場がざわめく。

 告発と言えど、くだらない事を言えば今度こそサンダルは終わりだ。メル様を不当に陥れようとしていると、総攻撃を食らうだろう。

 それを知ってなお、サンダルは笑みを絶やさない。


「これは、写真というものだ。ドワーフ共の機械が生み出した、現実を切り取ったものだ」

「なっ!!」

「それは……」

「メルティア様と、ドワーフの英雄ではないかっ!!」


 サンダルが出したのは一枚の写真。

 メル様とサフランが抱き合う写真に、場は騒然とした。現実を切り取るドワーフの写真機は有名だ。エルフも魔法で再現しようとして失敗しているぐらいには。


「し、しかし! あくまで害虫ドワーフの作った物。捏造だ!」

「そうだそうだ!」

「我らを乱す為の偽物だろう」


 確信となる証拠、とはいえあくまでドワーフの物だ。どれだけ優れていてもエルフには一蹴される物でしかない。


「ええもちろん。だからこそメルティア様、この件に関して納得できる説明をしていただけますか?」


 サンダルが言葉をかけたのはメル様。今までの無表情が嘘の様に、目を見開くメル様に笑みを浮かべながら問いかけたのだ。


「そ、それは……」


 だがその写真に写っているのは真実だ。メル様は確かにサフランと抱き合った。それはサフランが一方的にしたもので、メル様から好意的な感情はないとはいえそれだけは真実なのだ。

 だから言いよどむ。


「サフランが、勝手にしてきたことで……す」

「ほおっ! 抱き合ったのは真実という事ですかな?」

「っ……」


 メル様は嘘をつける人じゃない。だからこうして、どんどん相手のペースに飲み込まれる。たった一つの真実を肯定すればそこから足を掬われた。


「宿敵と! 害虫の英雄と、我ら尊きエルフの英雄がっ。ここまで強い抱擁を交わす! それが真実あらば、大問題でしょう」

「そ、その……私はサフランは、嫌いです! 勝手に抱き着かれた!」

「ふむ……しかし、この写真を見るにメルティア様からも抱き返しているようですが?」

「……それは」


 純度100%の好意を、メル様が拒絶できるはずがない。

 とても優しい人だ。たとえ宿敵であろうと殺す事に涙を流すメル様が、幼い少女の抱擁を拒否できるはずがないのだ。


「メル……? これはどういう事かしら?」

「お姉さま……っ」

「ドワーフとつながっている事実はないと、言ったわよね?」


 同じ会議の場で席についていたアルティア様からも厳しい視線が飛ぶ。メル様に次ぐ実力者の言葉は、場を反メルティアへ動かす。


「先の戦の大敗も、メルティア様が起こした事だと言うのか……」

「まさかっ。我らの英雄だぞ」

「しかしっ、事実この写真。それに元からエルフらしかぬところがあった」


 ここでメル様の特異性が仇となる。普通ではない特徴をたくさん持ち、恐るべき力を持ったメル様への火種はあった。それが今、燃え上がる。


「メル……?」

「メルティア様っ! 納得のいく、説明をお願いします!」

「…………」


 メル様は答えられない。口下手なメル様は必至に全員が納得する説明を考えようとして、固まった。会話も、策謀も、全てが苦手なメル様はこうなってはどうにもならない。


「メルティア様っ!」

「なぜ黙っているのですか!?」

「答えてくださいっ!」


 メルティア・フルール・エルメルは英雄だ。そしてエルフという種族の生贄だ。

 メル様は都合が良かった。プライドが高く、敗北を許さぬエルフにとって大敗の理由となるメル様は都合が良い。だから今この場で味方をする者が出てこない。

 メル様のせいで負けた。その事実が欲しいのだ。


 故に、悪意が充満する。視線がメル様を貫き、一歩引き下がった。

 敵だらけの部屋の中、追い詰められたメル様は俺を見る。


「バル、ト……」

「メル様、大丈夫ですよ」


 この中で俺だけは味方だ。肉親が敵対しようと、俺だけは味方だ。何があろうとメル様の味方であり続ける。

 それが俺の誓った事だ。


「っ助けて」

「メル様」


 だからメル様が逃げ出しても俺は受け止める。


「それが答えですか。残念です、メルティア様……」


 この世の全てが敵だとしても、俺はメル様の味方だ――。

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