第四十六話 少女達の思い

「母がわらわを抱きしめてくれた事はない。誰かに頭を撫でられた事もない。親、兄弟、家臣、民。誰もわらわを愛してくれない。わらわは産まれてはいけなかった忌み子じゃ」


 混血はこの世界で幸せであるはずがなかった。産まれるはずがなく、産まれたら殺される存在。

 そんな世界で産まれ育ったツキヨが抱える闇の深さは底知れない。


「しかし。異種族を滅ぼせば、誰かが愛してくれると思った。……結果は散々じゃったがな」

「……ツキヨ」

「でも良いのじゃ。バルトがいる。バルトがわらわを、愛してくれる。そうじゃろう?」


 ツキヨはそう言って微笑む。その笑顔は幸せに生きる愛らしき少女のものだ。


「バルトがおれば、良いのじゃ」


 縋る様で、求める様な。俺だけを見て、それ以外を見ないツキヨの瞳に強烈な引力を感じた。

 ツキヨは答えてくれた。なら俺が出す答えは。


「忌み子なんて、くだらない。この世に生まれてきたなら、愛されるべきだ」

「誰も、愛してくれなかった。わらわを殺そうとする者だけじゃ」

「俺がいる。俺は、見捨てない」


 愛されないなんて悲しい事だ。俺はみんなに愛されて生きていて、その苦しみは想像する事しかできない。だがもし愛されなかったのなら、俺は生きていなかっただろう。

 愛されてはいけない人なんて、いない。


「バルトっ。わらわを、愛してくれるのじゃな」

「もちろんだ」


 拒絶などできるはずがない。俺が見捨てたらツキヨの心は壊れてしまう。そんな悲劇を起こすなんて、俺はできない。

 メルへの裏切りだとしても、ツキヨを見捨てるなんて選択肢はなかった。


 感極まる様に、ツキヨは俺の胸に飛び込んできた。恐る恐る、だが強い渇望を持って。


「この温もりが欲しかったのじゃ」

「そうか。……なら良かった」


 俺はツキヨの華奢な体を抱きしめながら、そのの背中を撫でた。

 ツキヨから伝わる喜びと震え。さまざまな感情でグチャグチャになったツキヨを慈しむ様に、強く抱きしめる。


「ツキヨは、可愛いな」

「……本当か? わらわ、可愛い?」

「ああ。愛されるぐらいな」

「そうかっ! んぅ、好きじゃ……バルト」


 くんくんと俺の臭いを嗅ぎながら、ぐりぐりと頭をこすりつけてくる。そのたびにふわふわとした狐耳が俺の首筋をくすぐった。


 今度は俺の番だと思う。みんなが俺を愛して生かしてくれた命。それで人を幸せにしたい。メルもサフランも。ツキヨだって幸せにして、その笑顔を守る事が生きる意味だと俺は思った。


「バルト、もう離さぬぞ」

「うわっ……いてて」

「ふふふふ~」


 感情が爆発したツキヨに、俺は一気に押し倒される。砂浜に勢いは吸収され、砂だらけになりながら俺の腹にツキヨは圧し掛かった。


「心が温かい。こんな気分、初めてじゃ。わらわはこの為に生きていたのじゃ」


 これはしばらく離してくれそうにない。ツキヨは一生分の愛を取り戻す様に、俺に抱き着いて甘えた。



 ◇



「……まあ、こんな事だろうとは思ったけどさ」


 獣人の国のお城にて、サフランはため息とともに呟いた。今いるのはサフランとメルティアに用意された部屋だ。

 メルティアと二人きりとサフランにとっての天国でもあるこの場所で、サフランはこの後起こる事思ってげんなりする。


「メル~! ……ぐっすり眠ってる」


 メルティアが布団ですやすやと寝ている。それだけなら何も問題はないが、枕元に転がる空き瓶と今の状況が問題しかない。


「睡眠薬……強力そうだなあ」


 空き瓶をくんくんと嗅ぐ。恐らく睡眠薬だろう。

 ドワーフの物じゃないと詳しくないサフランだが、強力な睡眠薬だろうとは察する事はできる。

 でなければバルトがツキヨとデートしているのに寝こけるわけがない。


「おーい。バルトが取られちゃうよ~」

「………………」

「はぁ。まあ、ボクはツキヨも応援してるしな」


 中々起きないメルティアにもう一度ため息をつくが、サフランにとってはバルトがメルとツキヨ、どっちとくっついても良い。何ならハーレムが良い。

 ツキヨの事も理解しているし、バルトが幸せならば良いと思う質だ。


「……ボクも寝ちゃおっかな」


 起こしても起きないメルティア。今は絶好のチャンスである。

 メルティアは同室なのに中々一緒に寝てくれない。今は気づかないのならば、サフランにとっての契機。


「ん……メルは柔らかくて気持ちいなぁ」


 幼い少女でなければ気持ち悪くてしょうがない言葉を吐きながら、メルティアの胸に入り込む。

 メルティアに抱き着いて、その柔らかさを存分に堪能した。


「ここが、天国っ……」

「ん、……ぅ」

「あっ、やば」


 あまりに気持ち悪いからか、メルティアが身じろぎをして目を覚ます気配を醸し出す。

 それに冷や汗をかくサフランだが、一歩遅かった。


「………」

「………えへへ」

「なに、してるの?」


 寝ぼけまなこのメルティアと目が合い、愛想笑いをうかべるサフラン。しかしメルティアのジト目が消える事はない。


「……なんで、寝てたんだろ。たしか、獣の姫が部屋に来て……」


 放り投げられる事を覚悟したサフランだが、メルティアはそれ以上に眠った原因を探っている様だ。

 過去を思い返す様に目をつぶる。


「飲み物をくれて……そして」

「メル……?」

「バルトはどこ?」

「あー……ツキヨとデート」


 サフランがそう言うと同時に、メルティアは勢いよく起き上がる。


「あいつっ……! 今、いかないと」

「あ、ちょっとぉ」

「離して、サフラン」


 今何が起きているのか察したメルティアはすぐさまバルトの元へ行こうとするが、サフランが抱き着いているせいで進めない。


「……少しさ、そっとしてあげてよ」

「なに、言ってるの?」


 驚く事にサフランはメルティアに抱き着いてこの場に止まらせた。


「少しだけ、バルトを貸してあげたら?」

「やだ」

「いや、そう言わずさ」


 取り付く島もないメルティアに、サフランは食い下がる。


「ツキヨにも、バルトは必要なんだよ」

「…………」

「ツキヨはボクに似てるんだ。でも、ボクよりもっと酷い」


 サフランが感じるツキヨとの相違点。それが今回の行動につながるのだろう。サフランも過去に色々あったが、ツキヨのそれはサフランが及びつかないほど暗い。


「ボクには、パパがいた。メルも、バルトも愛してくれる人がいた」

「サフラン……」

「でもツキヨは、多分いない。ボクと同じものを抱えてるみたいで、ボクの何倍も深くて暗いんだ」


 愛されたい。その思いはサフランも同じだ。

 力の制御ができず母親を殺し、全ドワーフから恐れられたサフラン。

 混血故、死だけを望まれ続けたツキヨ。

 だが両者の違いは一人でも愛してくれる人がいたか否か。サフランにはいて、ツキヨにはいない。


「ツキヨは悲しすぎる。救えるのは、バルトしかいないよ」

「…………なんで、そんな事言うの」

「メルごめんね。でも、もしものボクを見てるみたいで辛いんだ」

「そんな事言われたら、……今回だけ。許したくなる」


 メルティアは本質的には善だ。ツキヨの事は嫌いだが、抱える物を知れば情も出る。

 強烈な葛藤の元、しぶしぶ今回だけ立ち止まった。


「ツキヨは嫌い。大嫌い。けど、あの子の闇は、何となく分かる」

「うん……暗くて悲しい」


 この国はツキヨの心を象徴する様に暗い。どんな人生を歩んだのか、どうすればあそこまで愛に執着できるのか。それは分からないが、心の闇だけが分かった。


「でもバルトは光。私の、大切な人。渡さない。たとえツキヨがどれだけ悲しい存在でも」

「バルトは、優しいよね。パパ以外で、初めて見た」

「うん……優しいけど、優しすぎるから。ツキヨを放っておけないんだろうな」

「そうなったらメルはどうするの?」

「言ったでしょ。渡さない」


 たとえ何があろうとメルティアの心がぶれる事はない。

 一番大切なのはバルトで、それを譲ることなど生涯ありえない。たとえツキヨと戦争をしたとしてもだ。


「メルは強いね。ボクは、二人が仲良くしてくれると嬉しいかな」

「それはありえない」

「そっかー。……バルトの事も少しは考えようよ」


 何があろうとメルティアはぶれない。一番大切なバルトを盗る様な奴と仲良くする選択肢はなかった。

 それにバルトの心労を慮り、サフランはため息をつくしかない。


「前途多難だなー」


 この中で一番大人なのは、多分サフランだろう。

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