第五十二話 決裂
ツキヨとメルティアは対立した。互いに敵意と殺意むき出しで、今すぐ殺し合いが始まるだろう。一人の男を求めて少女達の心は燃え上がる。
その中で、サフランは真っ先に動いた。
「ねえちょっと! 二人とも待ってよ」
ここで動かねば大変な事が起こる。みんなが悲しむ結末になる。そう強烈な警鐘を感じ、考えるより先に走り出した。
二人の間に立ち、争いを止めるべく叫ぶ。
「ツキヨも今なら冗談ですむから! バルトを放して落ち着こうよ」
「冗談……? わらわは冗談など吐いた事は一度もない」
「サフラン下がって。もうこいつは無理」
サフランの言葉など意に介さない。すでに言葉で止まる段階は過ぎていた。
この場を唯一収められそうなバルトは眠りにつき、ツキヨの腕の中。それを巡ってツキヨとメルティアは争い合う。
サフランの言葉は届かない。
「で、でもさ。楽しかったじゃん。仲良くできるよボク達は」
「わらわが一番になる事が何より大切な事。それ以外は無価値じゃ」
「……くだらない。こいつは敵。ずっとそう。ちょっと気を許したけど、やっぱり間違いだった」
「…………そんな」
やはり止まらないのだろう。ならば後に始まるのは争いのみだ。
メルティアの一歩目に、躊躇はなかった。
「バルトを、返して!」
「もうわらわの物じゃ」
メルティアの剣はツキヨを両断する様に振り下ろされる。しかし斬撃は光の壁に阻まれた。
魔力を纏い、全てを断ち切るメルティアの剣。それすらツキヨは笑って受け止める。
「『妖精結界』」
ツキヨの周囲に展開された光り輝く膜。かつての妖精族が生み出した結界が、メルティアの剣を受け止めた。
「お主が規格外である事は良く知っておる。だが、異種族達の英知に勝てるか!」
汚染領域を渡り歩き、回収してきた異物。妖精族の『妖精結界』。悪魔族の『破壊砲』。ドワーフ族の『機装』。猛威を振るった兵器を身にまとったツキヨは、規格外の怪物。メルティアすら凌ぐ。
「……機装。なんで、持ってるの」
サフランが持つ奥の手でもある機装。ツキヨはそれを身にまとい、身体能力を何倍にも引き上げる。
その上悪魔族の武器に、妖精族の盾。すでにサフランでは立ち入る事のできない領域だ。
「バルトと二人だけの世界。そのために、いらぬものは全て消そう。メルティアは、もっともいらぬものじゃ」
「……そう。じゃあお前が消えろ」
まるで神話の戦だ。神の力を持つメルティアと、異種族達の英知で武装したツキヨ。それはまさに神と人の頂上決戦。
たった一合のぶつかり合いで、食堂の家具は吹き飛び城が揺れる。
「やめてっ! やめてよぉ……。壊れちゃう前に、やめて。ボク達はまだ……やりなおせるんだ!」
サフランの声は届かない。
「ああ……本当にしぶとい。早くくたばれば良いものを」
「……燃えろ」
ツキヨの言葉に構うことなくメルティアは猛攻する。火は燃え上がり、辺り一面を焼き尽くしながらツキヨへと放たれた。
しかしそれでもツキヨの防壁を破れない。ツキヨは結界の中で微笑みながら、何かを待った。
「わらわの城を壊すつもりか? まあそれでも良い」
「…………」
火、水、風、土。エルフの魔法の神髄をこれでもかと見せつけながら、メルティアはツキヨを襲う。
すでに城は壊滅状態。食堂は原型をとどめる事なく、外へと風穴があいている。今にも倒壊しそうな城の中で、ツキヨはふと空を見た。
「準備完了……」
不気味なほど冷たい声音と共に、ツキヨは一気にその場から離れた。
「ではさらばじゃ。もう二度と会う事もあるまい」
「待てっ!!!」
空を飛んで離れるツキヨ。それを追いかけるメルティア。しかし全て時遅し。
光が空を埋め尽くした。
「『
世界は一気に暗くなる。そして降り注ぐ無数の光。範囲を狭め、ただメルティアのみを標的にした故その威力は計り知れない。
「『極光聖夜』の中で、消え去れ」
半径数千キロを光の雨で埋め尽くす最強の兵器を、城の一点のみ標的に発動した。それは神すら打ち砕く光の柱となり、城を飲み込む。
何千年と獣人族を支えた王城が光の中に消え、そしてメルティアも消えた……。
◇
「はぁ……はぁ。やった、か」
ツキヨは空から光に飲まれた城を見た。光が収まり、瓦礫の山となった城の跡。そこに生命の気配はない。
いくら化け物じみたメルティアとて、生きてはいないだろう。
機装の力で飛翔し、その跡地に立つ。長く暮らした城も完全に消え去っていた。しかしツキヨにとっては嫌な思いでしかない場所。消えたところでどうという事はない。それにこれから全て消すのだから。
「バルト……」
腕に抱えたバルトを見る。妖精族の異物により深い眠りについたバルトは、もうツキヨ以外には起こせない。
そしてツキヨは、二人だけの世界になるまで起こすつもりはない。
「全てを消す。わらわとバルトだけの幸せな世界。……それを作るのじゃ」
ツキヨの描く理想郷。バルトの愛を一身に受け、幸せだけがある世界。バルトの愛はすべてツキヨに向き、ツキヨの愛も全てバルトへ向かう。
愛し愛されるその世界になれば、ツキヨの心は潤ってくれるだろう。この渇望も消えてくれるだろう。
「兵器はまだある。負ける事はない。二人だけの世界は、すぐそこじゃ」
異種族達の残した兵器を並べ、エルフもドワーフも全て滅ぼす。最後は獣人も消して終わりだ。
「わらわは……間違って居らぬ。バルト、そうじゃな?」
答えるはずがないのに、ツキヨは問いかけた。
自分が進んできた道に生まれた迷い故だろう。これしか知らないし、これ以外できない。だがバルト達と暮らして間違っていたのではと芽生えたのは確かだ。
「この道が正しいとバルトは言って……くれるのか?」
多分言わない。それはツキヨは理解していた。
だがもう正してくれる事はない。眠ってしまってはもう無理だ。
「……バルト」
救いを求める様に、ツキヨはそっとバルトの顔を見つめる。そしてゆっくりとその唇に、己の唇を重ねた。
「ん……これが、キスか」
初めてのキスは甘くて切ない味がした。
これも求めていた事だ。愛し愛され、愛に溢れた口づけ。ずっと夢見ていた事なのに、なぜか味気ない。
「ふふ。愛している。バルト……」
ツキヨの愛は深い。だがバルトの愛はどうだ。今のツキヨを、バルトは愛してくれるのか? いや、多分愛してくれない。
つまりこれは一方的な愛。一方通行のキスだからツキヨの心は乾くばかりだ。
「迷わぬ……もう迷わぬよ。新たな世界を作るのじゃ」
他の道があるのかもしれない。だがそれを知る事はもうできない。ここまで来たなら引き返す事などできないのだから。
「幸せな世界で、わらわは王ではない。妻となって愛される。果ては子供もできるじゃろう……幸せな家族があるはずじゃ」
家族とは愛に満ちた幸せなものらしい。ツキヨは記述でしか知らないが、そうあるべきだと今は思う。だから自分が作るのだ。
「幸せな家族を知りたい。バルトならわらわとそれを作れるはずじゃ」
幸せな未来を確信して、ツキヨは歩き出す。立ち止まる暇はない。最高速度で、その未来を作るためにツキヨは心を燃やした。
「ただ愛されたいだけなのに……なぜこうも道は険しいのじゃ」
それは多分間違っているからだろう。そう理解してもツキヨは険しき道を歩む事を誓った。
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