第二十話 最後の時

「アルティア様についてだけ、よく分からなかったんです」


 サンダルも国王も、重要なエルフは全て調べた。その中で唯一よく分からなかったのがアルティア・フルール・エルメルだ。

 基本不在で旅をしていて、帰ってきてもまたすぐにどこかへ行く。どういう人となりをしているのか、分からなかった。


「だからいろいろ考えました。しかし……考えた以上の動きをしてくれました」

「バルト……?」

「一時はどうなる事かと……しかし俺達はここにいます」

「バルト!」


 メルの声が聞こえる。今俺達は崖を下って目的地まで歩んでいるところだ。

 すぐそこまで迫る懐かしき景色につい口が軽くなる。


「なに、言ってるの……?」

「……少し、気分が高揚してたみたいです。ここは、とても懐かしいから」

「そ、そっか」


 いけないじゃないか。うっかり口を滑らした。

 いや……もうここまでくれば良いかもしれない。


「本当に懐かしい。メルも、そうじゃないですか?」

「そう、かも……」


 メルの声は震えていた。なぜだろう、こんなにも懐かしい場所なのに。俺達が出会った思い出の場所だというのに。


 入口が見えた。木が絡み合い、生まれた天然の門だ。魔獣の侵入を防ぎ続けた自慢の門をくぐる。そこから見える景色をメルに紹介する様に俺は言った。


「ようこそイグアート村へ。俺の故郷にして、人類最後の砦へ、メル……」


 三年ぶりの故郷に、俺は涙を流すほど懐かしかった。様変わりしたとて、故郷である事に変わりない。

 立ち並んでいた家は倒壊して廃墟となっていようと、魔獣の匂いがしようと、懐かしさで溢れている。


「案内したいのは山々ですが、もう“夜”になる。今日は休みましょう」

「あ、その……うん……」


 メルはガクガクと恐怖で震えていた。だが何を怯える事があるのだろう。ここは平和な楽園。この世界で唯一の戦争なき場所だ。


「今日は俺の家に泊まりましょう。多分、まだ残ってるはずです」

「…………うん」


 メル様の手を握る。冷たくて震える手を、温め癒す様に包み込んだ。

 村の中央通りを歩く。懐かしい通りだ。全て倒壊して苔むした廃墟だとしてもそれは変わらない。友達とこの通りでよく遊んだのは覚えている。


 しばらく歩けば村の外れにつく。そこにある半分崩壊した家こそが実家だ。


「ここです。……ただいま」


 扉はなくなっていたから開ける事はなかった。中に入れば居間だけがかろうじて残っている。他は全部潰れていた。


「潰れてますけど、あっちは寝室があったんです。狭くて、妹と父さんと母さんとくっついて寝てました」

「そっか。……大切な、場所なんだ」

「はい。とても、とても大切な場所です」


 もうなくなった大切な場所。全員死んで、思い出となって俺の中にしか残ってないけど大切なものだ。


「今日は居間で寝ます。ご飯は、持ってきたものを盛大に食べましょう」


 道中節約しながら食べていた食料を広げ、食べる。もうケチ臭い事しなくていい。


「メルは、食べないんですか?」

「あ、……食べる」


 俺はモリモリ食べて体力をつける。対照的にメルは少食だった。

 食欲がないようで、保存料をチビチビと食べている。だがそれに何か言うことなく、食事の最中会話はなかった。


「バルトは…………私の事……」


 食事が終わったと同時にメルは呟く。その声音には恐怖と不安が詰まっていた。


「なんですか?」

「……なんでも、ない」


 だがメルは口を閉ざす。そうすればさらに不安はますのに、なにも言う事はなかった。


「そうですか」


 その追及はしない。答え合わせは全て明日だからだ。



 ◇



 朝日が顔を照らすと同時に俺は起きだす。隣で眠るメルを起こさない様に、ゆっくりと家を出た。

 向かうのは村の広場。さまざまな人がのんびりと過ごしていた村の憩いの場だ。


「ただいま……みんな」


 憩いの広場も今は墓場。無数の墓標が立ち並ぶ広場を前に俺は手を合わせた。


「長い間留守にしてごめん。でも俺だけが生き残った意味が、今日果たされる」


 三年だ。全ては今日この日のため。俺の目的が成就する今日のために生き続けた。あの日死ぬはずだった俺が、生きている意味が果たされる。


 思い出話をたくさんした。三年間、守るべき人達を置き去りにしてメルの元へいた贖罪を込めて、俺は話し続ける。

 日が完全に上り、メルが俺の元へ来るときまで。


「ここには、誰も埋まってないんですよ」

「…………」

「死体は消滅して、何も残ってないから。みんなの思い出の品を埋めて、木に名前をかいて刺してあるだけ。俺の、自己満足の墓です」

「そっか……」


 いつの間にか俺の背後に立っていたメルに説明する。顔は見えないが声の震えが全てを物語っている。


「覚えていますか。三年前の事を」

「…………っ」

「忘れたとは言わせない――!」


 誰がこの光景を生み出したのか。誰が俺の家族を、仲間たちを殺したのか。誰が俺の全てを奪ったのか。一度たりとも忘れた事はない。


「ごめんなさいっ。ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい。……ごめん、なさい」

「あなたが思い出さない様にしていたのは知っています。だけど、罪が消える事はない。俺が生きる目的、もう察しがついてるんでしょう?」

「わ、私が――全部」

「そう! 全てお前が起こした事だ! 覚えているかっ!! 母さんを焼き払った時の感触を。父さんをバラバラにして、ミルアの首を刎ねたあの日の事を!!」

「あ、いや――。ごめんなさいごめんなさい。……私は、私が……やった。バルトのかぞ、くを」


 ああ。覚えていてくれて良かった。もし忘れたなんて抜かしたら、どうなっていたか分からない。

 だが冷静にならないといけない。激高しては計画に響く。そう、冷静に。冷静に追い詰めていかないといけない。


「俺の目的は“復讐”。エルフと、メルティアを殺す。それが全てです」

「……………………」

「実はここに来る前に、都の結界石に細工をしてきました。掘り返して、砕いてきたんです。徐々に結界の力が弱まり、今はどうなっているやら」

「私の、せい?」

「ええ。そうですよ」


 隙を見つけてはコソコソ抜け出して細工を繰り返してきた。帰る途中の繁華街で見つかった時はどうなるかと思ったが、全ては上手く行った。


「……だけどそれはエルフに対しての復讐。あなたに対しては、殺す事すら生温い。どうすれば良いか考えました。そして思いつきました。全て奪おうと」


 俺が全てを奪われた様に、俺も全てを奪おう。

 英雄という地位を剥奪しよう。その名声を地に落とそう。守るべき者を全て殺そう。そして大切な者を全て奪おう。


「サンダルはとても分かりやすかった。あなたを恨みながら高い位にいるエルフ。正体を隠して、写真を渡すだけで想定通りに動いてくれました」


 俺の目的にサフランは必要ないと思っていたが、違った。サフランこそが鍵だった。

 サフランの作った写真機を盗み、メルとサフランが抱き合う写真を撮る。それをサンダルに流すだけで後は全て彼がやってくれた。咄嗟にやった事といえ、こうも上手くいくとは。


「地位を剥奪し、名声を地に落とす。守るべき者も死者アンデットが殺してくれたでしょう……しかし、大切な者を奪う事だけができなかった」


 メルに、大切な人などいなかった。唯一信頼している姉も、殺したところで少し悲しんで、また歩き出す程度の存在。

 奪われるだけで絶望の底に突き落とされる、そんな存在がいなかった。これでは俺が受けた絶望が半分も伝わらない。


「だから、俺がなる事にしたんです。あなたの大切な人に。とても愛してくれましたね。俺も愛しました。だけど全部、嘘なんですよ」

「ち、ちがっ。そんな、嘘!」

「いいえ。あなたに抱くのは、復讐。あなたを抱きしめながらどうやって殺すか想像していました」

「え、……あ、なん、で。ぜんぶ、うそ?」

「そう。全てに裏切られたあなたを、最後は最愛の者が裏切る。こうして俺の目的は果たされたのです」


 長い道のりだった。三年だ。あまりにみんなを待たせすぎた。すぐに復讐を果たしてみんなの元へ行くつもりだったのに、これではもう呆れられて誰もいないかもしれない。


「バルト、……バルトっ! 私の、愛は。ほんとだったよ。大好き、ずっと好き」

「俺は大っ嫌いです」

「あっ…………」


 その顔が見たかった。そのためだけに、生きてきたのだから。俺の生きる意味が果たされた。


「俺にとって、あなたが全てです。あなたをどう殺すか。それで全て満たされていました」

「……いや。やめて。そんな事、言わないで」


 涙は枯れたと思ったが、まだ泣くらしい。

 だが存分に泣けば良い。その涙流すための復讐なのだから。


「最後に昔話をしましょう。イグアートという村の話を。そうして、全てが終わりです」


 あの日の事を語りつくそう。みんなの事をこの世に刻もう。全ての始まりと、俺が愛した平和な日々を。

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