第13話 アリスとその右腕

 そうして今、一緒にいればいるほどに、アリスの空への気持ちは膨れ上がっているのだった。


「……胸が苦しい」

「それはいけません。医者をお呼びしましょうか?」


 アリスが胸を押さえて深いため息をついたその時、突然後ろから声をかけられた。アリスはうんざりと振り返る。そこにはやはり涼しい顔をしたローレンが立っていた。


 彼女はファンラブで言うところの、アレックスの右腕、ロレンスである。この世界でもその立ち位置は変わらず、アリスのことを支える良き友人であり良き部下だ。

 だがアリスはその頼れる相棒の顔をみて、眉間にしわを寄せた。


「ローレン……部屋にカミュ殿を呼んできたのはお前だな」


 アリスは空の部屋を訪ねる前、食堂で夕食を摂っているカミュを目撃し、その時にメイドから空がまだ起きてこないことを聞いた。

 心配になって部屋を訪ねたところにあれやそれやなことが起こったのだが――カミュが部屋に戻ってきたタイミングが、夕食を摂り終えて戻ったにしては早すぎたのだ。


 ならば考えられるのは、誰かが部屋に戻るようにカミュに伝えた可能性である。その誰かとは、と考えたとき、アリスの頭に浮かんだのはローレンの顔だった。

 ローレンはアリスに問われ、ええ、とほほ笑んだ。


「アリス様が巫女様の部屋へ入られるのを見かけましたので、これは昏睡していた巫女様が起きられたのだろうと思いまして。カミュ様へそのように伝えましたよ」

「やはりそうか……」

「おや、いけませんでした?」

「お前な……いや、もういい」


 首を振って深いため息をつく主を見て、ローレンは心の中で苦笑いした。


 ローレンは、この若くて美しい主が、異世界の巫女に好意を持っていることを既に気づいている。

 従者として、友として、その気持ちは勿論尊重したい。今まで誰にも恋心を持ったことがないことも知っているので、その気持ちはなおさらあった。


 しかし、巫女の素性、性格、全てが良く知れぬままに手放しで応援など、出来ようはずもなかった。だから二人きりの場を邪魔するようなことをしたのだ。


「あの時カミュ殿が来なければ……いやしかし、やはりあれでよかったのだ……」


 ぶつぶつと呟く主を見て、ローレンは今度こそ心の中ではなく苦笑いした。

 今のところ、応援は出来ない。だがしかし、変わりに、肩を落とすアリスの背中をぽんと叩いた。


「背中が曲がっておいでですよ。背筋を伸ばして下さい」

「はあ……そうだな、うん。ごめん」


 アリスは一つため息をついたが、すぐに背筋をすっと伸ばして前を見据えた。そして綺麗な姿勢で歩き出す。ローレンはその背中の後に続く。

 恋を初めて知った主がどうなるのか、ローレンは少し不安だったが、これなら心配はいらないだろうと安堵した。


「よろしい。特に今からは威厳を保たねばなりませんからね」


 ローレンの言にアリスはそうだな、と頷く。

 今二人が向かっているのは会議室である。そこで貴族や軍、政府のお偉方が集まって今後についての話し合いがもたれることになっている。

 議題は異世界の巫女について、だ。


「貴族たちの反応はどうだ?」


 歩きながらローレンに問えば、彼女はこの短時間で調査した内容を報告した


「とても良好ですよ。これで国は救われると皆様喜んでおられます。何しろ伝説の巫女召喚の義を行おうと言い出したのは、信心深い貴族の方たちですから」

「軍の方は?」

「マグワイヤー将軍を筆頭に――というより、将軍が扇動して、ですね。皆様懐疑的です。あんな小娘が魔物と戦えるのか、そもそも魔物が化けているんじゃないのか、等々……不安になっていらっしゃるようですね」


 ローレンの調査結果に、アリスは腕を組んでふむと考える。


「魔物ね……上級の魔物は人の姿をしているものもいるというし、軍の言い分も間違っているわけではないな」

「おや、アリス様は巫女様を信じてらっしゃらない?」

「いや、私個人としては、彼女は紛れもない巫女なのだと思っている。だがこの国の次期王としては、彼女は信用に足る人物なのだと、皆に証拠を見せなければいけないとも思ってる」

「そのためには、巫女様に力を示して頂かねばなりませんね」


 ローレンの言葉にアリスは頷く。

 だが力を示すということは、戦場に彼女を出すということだ。先程掴んだ手首は細く、非力だった。戦ってもらうために喚んだというのに、その戦場に出すのが心配に思った。

 アリスは己の矛盾に自嘲する。気持ちを切り替えるように話をかえた。


「……それにしても、最近のマグワイヤー将軍は何かおかしくはないか?」

「と、いいますと?」

「怒りっぽいというか……ああいや、元々口の悪い短慮な人ではあったが……弱気を助け強気を挫くようなお方だったはずだ。それが今朝の空への態度といい、今の将軍は別人のように感じる」

「確かに、女性に手をあげる人ではなかったはずです。私の方で少し調べてみましょう」

「ああ、頼む」

「ですが、まずは会議が先です」


 目の前には扉。部屋の中からマグワイヤー将軍の怒声が聞こえてくる。既にもう誰かと将軍がやりあっているらしい。


「そうだな……」


 ――上手く話がまとまればいいが。


 アリスはため息をつくと、扉を大きく開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る