第48話 剣を使ってみよう

「まだかな……」


 城の庭の一角。アリス達王族専用らしいその庭で、私は一人、講師をしてくれる人物を待っていた。

 他に誰もいないから集中出来るだろうとこの場所を使わせて貰うことになったけれど、すぐそこには噴水や薔薇の生垣とかアーチなんかがあって、どうも私が場違いなような……。


 落ち着かないのと手持ち無沙汰でうろうろとしていると、ふと後ろに人の気配。振り返ったのとその人の腕の中に閉じこめられたのは同時だった。


「うぐっ」

「会いたかったあ! そらぁ!」


 ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、豊満な胸に顔が埋まる。相変わらず柔らか……じゃ、ないっ!

 悪戦苦闘してなんとか胸の呪縛から解き放たれることに成功すると、その胸の持ち主を見上げた。


「レオナっ急に抱きつかないで!」


 両腕を突っぱねてレオナと距離をとりながら抗議する。レオナは、だって、と涙目で私を見た。


「だってだって! すっごくすっごく会いたかったんだもんっ! だからつい気持ちが出ちゃって……」

「そういえば、レオナこの数日姿すら見かけなかったけど……どうしてたの? 忙しかった?」


 この数日、レオナの部下だという人達が代わる代わる私を護衛してくれたけど、レオナは護衛どころか顔を見ることもなかった。不思議に思いつつも、忙しいのかと思っていたけど……。

 すると、レオナは途端に顔を曇らせて声のトーンを落とした。


「アリス様が……」

「うん?」

「空に淫らな行為をした罰で、良いというまで近づくなって……」


 それで罰として書類仕事ばっかりさせられて……。

 よよよ、と泣くレオナ。私は淫ら、という言葉が耳に入った瞬間、もう頭の中はあの馬車の中でのことでいっぱいになった。


「みだら……」


 確かに、レオナには色々触られた。あんなことがあったにしてはレオナの態度が普通だったから、つい私も普通に接したけど……。

 その話題に触れられてしまえば、どうしても思い出してしまうわけで。そして恥ずかしくなってしまうわけで。

 かあーっと顔が赤くなるのがわかる。するとそれに気づいたレオナがふふ、と笑って私の顔を覗き込んだ。


「……思い出しちゃった? こっちのお勉強する?」


 レオナはまるで子供を相手にしているように優しく言うが、覗く赤い下もその瞳も、どれをとってもR18だ。私はぶんぶんと大袈裟に首を振った。


「しないっ!!!!」

「ふぅん?」

「とにかく! 聞いたと思うけど、今日は戦い方を教えてほしくてっ」

「ふふっはあい。あんまりいじめちゃまたアリス様に怒られちゃうものね」


 いじめている自覚はあるらしい。なら本当に私で遊ぶのはやめてほしい。こちとら恋人いない歴イコール年齢なんだから……慣れてないんだから……。


「じゃあ早速だけど、はい」


 と、突然レオナによって手に剣が握らされた。ずしりと重いそれは、真剣だ。魔骸に突き刺した物に似ているから、もしかしたらこれが一般的な兵士が持つ剣なのかもしれない。

 両手で剣を持ってレオナに視線を移すと、レオナはにこりと笑った。


「これで私に斬りかかってみて」

「……え?」


 斬りかかる? 言われた言葉が信じられずに聞き返す。

 もしや今持っているのは偽物とか稽古用の剣だったりするのだろうか? そう思い鞘から少し剣を出してみるけれど、光るそれは本物のように見える。

 すると私の心を見透かすように、レオナは、ちゃんと本物よ、と言った。


「型から教えると思った? 空に必要なのはそういう基本的な事よりも、咄嗟に使える身のこなしや剣の扱い方だと思うの。基本からだと時間もかかっちゃうしねえ……それを教えるには、あまり時間もないから」


 この国は。という言葉まではレオナは言わなかったけれど、十分に伝わった。

 そうだ。みんなが明るくて忘れそうになるけれど、この国は今絶対絶命のピンチなのだ。私が戦えるようになるのが早ければ、それに越したことはない。


「それに、空にはそっちの方が相性いいと思うし! 魔骸と戦ってるときの身のこなし、中々だったもの」

「……わかった。やってみる」


 覚悟を決めてこくりと頷く。レオナも軽く頷くと、腰に差していた剣を抜いた。どうやら今日は大剣ではなくそっちで私の相手をしてくれるらしい。


「じゃあ、私から一本とれたら、空の勝ちね。よーい、ドン!」

「お願いしますっ」


 鞘から剣を抜き、レオナに向かって構える。その構えも正しいのかどうかわからないけれど、とりあえずやってみるしかない。


 ていうか、正直怖いっ! 刃物を人に向けたことなんてないし、持ってるだけでも怖い。刃物なんて包丁ぐらいしか使わないし……!

 とはいえ、このまま立っているわけにもいかない。私は強くならなきゃいけないんだから。ええい、ままよ!


「やあ!」


 走り出し、ぶんっとレオナに向かって剣を振り下ろす。けれど反射的に目を瞑ってしまったため、当たり前だが剣でいなされることもなく簡単に避けられてしまった。


「こおら、目を瞑っちゃだめよ。しっかり相手を見て」

「うう……」


 ぐうの音も出ない。わかってはいても中々恐怖心を拭うことは出来ず、何回かやってみたけれどどうしても目を瞑ってしまう。

 すると、レオナがそうねえ、と顎に手を当てた。


「ここにいるのは私じゃなくて敵だと思って。魔骸でも白竜でもいいし、何なら嫌いな人でもいいから」

「嫌いな人……」


 ぼんやりと頭の中に浮かんで来たのはマグワイヤー将軍だった。ローレンに向かって犬、と吐き捨てる顔を思い出して、むかむかと腹が立ってくる。

 ぎゅっと力強く剣を握りしめ、マグワイヤー将軍改めレオナに斬りかかった。


「どらぁ!」

「おっいいじゃない! その意気その意気っ」


 今度はしっかり目を開けていることが出来たけれど、相変わらずレオナにはひらりと避けられてしまった。

 それでも諦めずやり続けた結果。


「はあ、はあ、はあ」


 ――体力の限界が来てしまった。


「あらら。今日はここまでにしましょうか」

「あ、ありがとうございました……」


 結局、レオナには一本取るどころか、避けられっぱなしで剣を使わせることも出来なかった。


「ふふ、よく頑張りました」

「凄いね、レオナ。全然息乱れてない……」


 息も絶え絶えの私とは違い、レオナは涼しい顔で笑っている。


「んふふ。伊達に国一番の騎士やってないもの」

「私ももっと体力つけなきゃ……」

「そうねえ。そのためにはトレーニングも大事だけど……いっぱいご飯を食べることも大事ね」

「そっか。例えばどんな? お肉とか?」

「そうねえ、お肉もいいけど……そうだっ」


 レオナはぽん、と手を叩くと、にっこり笑った。


「私のお気に入りのご飯屋さん連れて行ってあげる!」

「えっ! それって街の……?」


 美味しいご飯を食べられるというのは魅力的だけれど、街に行くってことはそれなりのリスクがある。またこの間みたいになるのは嫌だ。

 けれどレオナは私の気持ちを分かっているだろうその上で、ひょいと私を抱き上げた。


「大丈夫大丈夫! 空のことは私が守るから! それじゃ行きましょ〜!」

「わっ! ちょっ、分かったから! 行くから降ろしてぇ!」


 私をお姫様抱っこしてるんるんで歩き出すレオナ。城の中を暫くその格好で歩くことになるのだった。

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