第78話 五百年前――セレスト王国にて

 五百年ほど前、竜であるヴィラは、王都近くの森に住処を持っていた。


 夜は洞窟で眠り、森になっている木の実や果物を食べ、動物を狩り、お気に入りの場所で日向ぼっこをして、のんびりと暮らしていた。


 そして何より、ヴィラは飛ぶことが好きだった。翼を大きく広げ、風と一体になり、青空を好きなように飛ぶことが、何よりも。




 その日も、ヴィラはのんびりと空を飛んでいた。すると、何やら地上から悲鳴が聞こえた。見てみると人間の一団が魔物に襲われている。

 ヴィラは気まぐれにその者たちを助けた。人間の子供が蜘蛛の巣に引っかかっている蝶を助ける時のような、気まぐれな憐憫さで。


 最初、人間達は竜であるヴィラを恐れたが、人語を介すると分かると落ち着きを取り戻し、ヴィラに感謝した。

 そして言った。助けてもらったお礼がしたい、と。断る理由もなかったので、ヴィラは彼らについていった。


 そうしてついたのは、セレスト王国の王都であった。

 助けた男は、この国の王でだった。

 そしてヴィラは彼らにより歓待を受けた。歌や踊り、美味しい食べ物。今まで知らなかったそれらに、ヴィラの心は踊った。

 以降、ヴィラはこの国の者達と仲良くなった。


 街道に魔物が出たら退治してやり、重いものを代わりに運んだりした。

 そしてお礼として、食べ物を貰ったり、歌や踊りを教えてもらった。中には楽器や占いなんかも得意な者もいて、ヴィラは新しいことを知るたびに楽しく、嬉しかった。


 この頃から、ヴィラは人間に変化する術を練習するようになった。人間になれば、もっと彼らと色々なことができる、親しくなれると思ったのだ。

 驚かせたくて、こっそりと練習した。




 そして、変化の術も堂に入ってきたある日。ヴィラは王に頼みがあると言われた。それは新しく作る街の建設に協力してほしいという頼みだった。

 いつもなら頷くところだが、その場所は既に他の魔物の生息地であった。王はヴィラにその魔物達を殲滅してほしいと言った。


 ヴィラは断った。そこは彼らの生息域であると、今のままでも充分街があるんだからいいではないかと。

 王は納得がいっていない様子であったが、とにかくヴィラは断り、辞めたほうがいいと話した。


 けれど、数日後、王は隊を編成してその生息域に攻め入った。

 そこに生息している魔物は下級の、人間にも害を及ぼさないような弱い生き物だった。当然武装した兵たちに敵うはずもなく、一方的に魔物達は蹂躙されていった。

 跡には、土地と魔物の死骸だけが残った。


 王のあまりの慈悲のなさに、ヴィラは憤った。当然王にも抗議した。けれど、王は言った。

 相手は魔物なのだから問題はない。歌や踊りのために他の魔物を殺す君と何が違うのか、と。


 ヴィラは恐ろしくなった。王が、人が、自分自身が。生きるために命を貰うこと以外で命を奪っていることに、ヴィラは気付いた。


 それから、ヴィラは王や国の者の頼みを断るようになった。そうなってくると、何故頼みを聞いてくれないのかと人間達は憤り始めた。


 前はやってくれたのに。もしかして、人間が嫌いになったのか。時期に人間を襲い始めるんじゃないか。

 噂は尾ひれをつけ、ついには竜に襲われたなんて話が出始めた。出処など、誰も突き止めようとはしなかった。

 ヴィラはすっかり、森から出ることをやめた。




 そんな時だった。他国から来た商人が、王にこんな話をした。

 竜の生き肝を食べると不老不死になるそうで。まあ竜など、珍しいですし、捕まえられるものではありませんが。

 王は丁度いいと思った。使い物にならぬ上、今や脅威である竜の、いい使用方法だと。


 早速人を見繕い、食べ物を持たせてヴィラの元へ行かせた。詫びと、仲直りの印だと言って、ヴィラにそれを贈った。

 多量の眠り薬の入った食べ物を、ヴィラはそれと知らず食べた。


 起きたときには、自慢の翼が二つ、無くなっていた。


 翼を先に切り落とすことで、逃げられなくさせて肉を余すところなく食べようとしたのだと、先の商人の話とともに、命の灯火が消える前に兵士は語った。

 そうするように、王からの命令だったと。


 翼ではなく、最初に首を切り落とすべきであったとヴィラは言ったが、怒り狂ったヴィラがほとんどの兵士を殺したあとであったために、誰も聞いているものはいなかった。


 それでも、命からがら生き延びた者がいて、城に帰るなり顛末を語った。

 王は早速国の守りを強固にした。手負いのヴィラではその守りを突破出来ず、翼もない今では飛んで城まで行くことも叶わなかった。


 だが怒りが収まらないヴィラは、魔骸を作り出した。それは漂う負の念の集合体であった。傷を癒やす間、魔骸で少しでも戦力を削ろうとしたのだ。

 だがいよいよ追い詰められた王は、異世界から巫女を召喚した。


 あとはもう、現在までエイルズ家や王族に語られている話の通りである。

 召喚された異世界の巫女は、白竜を封印して国に平和が戻った、と。


 そうして封印されている間、ヴィラはひたすらに呪った。王を、国民を、この国を。

 ヴィラから翼を奪うだけに飽き足らず、自由を奪い、暗い水晶の中に閉じ込め続けている奴らを。ここから出たら必ず殺してやると。

 ヴィラは力を少しずつ取り戻しながら、そんなことばかりを考えた。




 そうしてついに、その時がやってきた。

 中から封印を破り、バレぬようにと人間に姿を変えたヴィラは、復讐を果たすときだと外に出た。

 

 だが、様変わりした街の様子に、ヴィラは早々に悟った。

 自分が封印されてから、長い年月が経ってしまっていることに。殺したいほど憎かった王も国民も、もう誰も、生きていないことを。

 いるのは、真実が隠された歴史が事実であると思い生きてきた国民と、自分を封印し続けた王族とエイルズ家だけだった。


 だがそのどちらも、本当のことは知らないようだった。何故か魔物が大量発生し、異世界の巫女がそれを鎮めた。それだけしか歴史として残されていなかった。

 当時の者たちは後ろめたい真実を隠したのだった。


 それを知った時、ヴィラは憤った。嘘の歴史を真実だと思い込み、自分を封印し続けた者たちにも罪はあると。

 そうして、この国に復讐を誓った。


 だが封印を破ることに力を使ってしまったヴィラには、復讐するだけの力は残されていなかった。そのためたまたま街にいた将校を操ることにした。

 ヴィラの手足として情報を仕入れたり、中から国を壊すために言動を乱暴にしたりさせた。

 

 それからまた魔骸を作りだし、国を疲弊させることにした。力が戻ったら、すぐにでもこの国を潰せるように準備から始めたのだ。


 そうして時が過ぎたある日、異世界の巫女が、この国にやってきた。

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