第77話 記憶の濁流

 ファンラブのゲームにおいて、白竜は最後に出てくるラスボスである。


 倒せば国が平和になる重要な立ち位置ではあるけど、ゲームにおいてはその立ち位置であるだけのモブキャラと言っていい。

 最初に名前だけ出てきて、最後に倒されて終わる。


 それは誰のルートにおいてもそうで、この世界でも、白竜という魔物がいて、倒せばこの国が平和になる。それだけの存在だと思っていた。

 けれど。


「ヴィラが……白竜だった、なんて……」


 そんなこと、知らなかった。

 でも確かに、ゲームでヴィラと同じ立場であるヴォラは、白竜が倒されて以降出てくることはなかった。

 でもそれは白竜を倒して国が平和になればストーリーが終わるからで、サポートキャラのヴォラが出てくる必要がないからだと思っていた。


 でも実は、ヴォラの正体が白竜であったというなら。白竜が倒されて以降出てこなかった理由が分かる。

 出てこられるはずがないのだ。死んでしまっているのだから。


「隠していてごめんね、空。知ってしまったら、君は私と一緒に来てくれないと思ったから……まあ、それでも、私の元に来てはくれなかったけど」

「……どうして、ヴィラが白竜というなら、どうして私をそんなに連れて行こうとしたの? 白竜にとって巫女は脅威ではないの……?」


 肩を竦めるヴィラに問う。

 ヴィラは初めて出会った時以降、会うたびに私をこの国から出そうと誘ってきていた。私が巫女であると知っていたなら、どうしてそんなことをするのかがわからない。


 白竜にとって巫女は邪魔な存在のはず。邪魔だから、この国から追い出そうとしたのか? まさか国の外で殺そうと? 

 でもそんなことしなくても、ヴィラと二人きりになったときなんて何度もあったのだ。私を殺すチャンスなんていくらでもあったはず。


 それなのに、ヴィラは迷子の私を案内してくれたり、人攫いから助けてくれたりした。

 今回だって、攫われたものの私はこうして無事に生きている。その理由が、全くわからないのだ。


「そりゃあ、巫女は私にとって邪魔だよ。でも空は巫女じゃないでしょう? だって力が使えないもの」

「それは……」

「空は巫女だ。今は力が使えなくとも、間違いない」

「アリス……」


 ヴィラの言葉に言い淀んでしまったけれど、アリスがきっぱりとヴィラに反論する。それが有り難く、嬉しい。私のことをアリスが信じてくれているのはとても力になることだった。

 けれどヴィラはため息を吐いて手を振った。


「王女殿下の言い分なんてどうでもいいよ」


 そして私を見る。その瞳はやっぱり敵に向けるものではなく、むしろ、優しく、慈しむような、そんな風に感じる。


「――空はどちらかというと、私と同じだ。この国のやつらに良いように使われて、傷付いてる。そんな空を助けたいと思ったんだ。似た者同士の私達なら、一緒に生きていけるって」

「似た者同士……? どういうこと……?」

「そうだなあ……」


 ヴィラの言葉に疑問符を浮かべる私を見て、アリスを見て。ヴィラはやがて頷いた。


「……いいよ。空、君には真実を見せてあげよう。そうすれば、そこの王女なぞ置いて、私のところに来てくれるはずだよ」


 言うなり、ヴィラは私の腰に手を回すと体を引き寄せた。ぐっと距離が近くなり、ヴィラが顔を近づけてくる。


「いやっ……!」

「貴様っ!」


 その近さに顔を逸らす。アリスは火魔法をヴィラに放ったけれど、ヴィラの風魔法によってなんなく打ち消されてしまう。


「おっと、危ないなあ、焼きトカゲになるところだったよ」

「空を離せ!」

「そう言われて離す訳がないだろう。ほら、少しの間だから、王女殿下はそいつと遊んでいるといい」

「なっ!」


 どうやって現れたのか、いつの間にかアリスの背後に魔骸が立っていた。突然の攻撃をアリスはなんとか躱す。

 すぐに体勢を立て直したアリスだけれど、普通の魔骸より強いのか、それともヴィラから受けた魔法による怪我のためか、少し手こずっているように見えた。


「アリス!」


 アリスが心配で、そちらに顔が向く。けれどヴィラは私の顎を掴むと無理矢理に正面を向かせた。そこには至近距離にヴィラの顔。端正なその顔をキッと睨むと、ヴィラはくすりと笑った。


「しぃー……大丈夫、私を見て。委ねるんだ。そうすれば、見えるはずだよ。私がこの国の奴らに受けた仕打ちが」


 唇が合わさりそうな程に近づいたその顔と瞳。目の前がヴィラの金色の瞳でいっぱいになる。逸らすことも出来ないその瞳から、すぐに何かがやってきた。


「………っ!」


 それはまるで、濁流のように私の頭に流れ込んできた。

 それはきっと、ヴィラが見たもの、聞いたもの、そして、感じたものの記憶。


 五百年分のあまりの量に頭がガンガンする。目眩と吐き気が気持ち悪い。意識が遠のきそうなのをなんとか踏ん張る。

 ここで気を失う訳にはいかない。私はヴィラに向き合わなければならない。私を自分と同じだという彼女――白竜である、ヴィラと。

 そのためには、理解しなければ。この記憶の全てを。


 そうして私はヴィラの記憶にダイブする。

 それは五百年分のヴィラの怒りと、悲しみだった。

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