第87話 その後のみんな
「空ぁ! 聞いてよお、アリス様がひどいのよ!」
バタンと大きな音がして、部屋の扉が開かれる。驚く間もなくレオナが飛び込んできた。私に飛びつこうとして、けれど後ろから伸びてきた手に止められる。
「酷いことがあるか。空にしたことを考えれば当然だ」
ため息混じりにレオナの頭を掴むのはアリスだ。暴れるレオナを落ち着けつつ、私は尋ねる。
「なに、どうしたの? レオナ」
「空を時計塔からぶん投げた罰で、暫く書類仕事だって……」
「それはまた……」
二の句が継げない。
私がヴィラに連れ去られて、意識を取り戻した時。何故落下中だったのか謎だったが、後にレオナのせいであると知った。
せい、というと語弊があるけれど、レオナは崩れる時計塔から私を助けるために、アリスに向かって私を投げた、ということだった。
有り難いけど、少々ぞっとする。アリスが受け止めてくれなかったら大変なことになってたな……。
「ひどいよお! 横暴だよ、パワハラだよお!」
レオナは私の背に隠れるようにしながらアリスに文句を言う。アリスは腕を組んでそのさまを見ている。レオナが言うような横暴だとかはまるで思っていないらしい。
けれど、一見厳しくも見えるそれは、実はレオナのためだと知っている。
「でも、レオナ。アリスはレオナに休んで欲しいんじゃないの? まだその足、本調子じゃないでしょ」
「……これぐらい、もう大丈夫なのにぃ」
レオナは頬を膨らませるが、まだ痛みがありそうなのは庇うような歩き方でわかった。
時計塔から私を投げた後、塔はレオナを巻き込みながら崩れた。普通なら死んでしまってもおかしくないけれど、そこは流石のレオナ。近場の建物に飛び移り、なんとか事なきを得たらしい。
それでも、着地に失敗して足を痛めたのだ。折れていないのが凄い。
「まあまあ、頑張って。レオナならやれば出来るよ」
レオナを窘めながら背中を叩く。
足が治ればアリスも書類仕事から解放するつもりだろう。それまでの辛抱なのだから、と励ませば、レオナは思案するような顔をして、私の肩にそっと触れた。
「んー……空がほっぺにチュッてしてくれたら、頑張れちゃうんだけど……あたっ!」
だが、すぐにアリスの鉄拳制裁がレオナを襲った。ぱんっ、と私の肩に置いた手を叩いて弾くと、声を低くする。
「調子にのるなよ……」
「やぁ〜ん……じょ、冗談でしょアリス様……こわぁい」
あまりのアリスの迫力にレオナは顔面を蒼白にさせて後退る。
これは面倒くさいことになってきたぞ、と思っていると、レオナが開け放したままだった扉から、ローレンがひょっこりと顔を出した。
「アリス様もレオナも、ここにいたんですね。遊ぶのは程々にしてください。街の復興だけでなく人身売買の摘発の後始末もあって、目が回るほどに忙しいんですから」
両手に書類の束を抱えて、ローレンが二人に小言を言う。多少遊んでいる自覚があったのか、二人は途端にしゅんと肩を落とした。子供だ。
やれやれと部屋を通り過ぎようとするローレンを、けれど私は慌てて止めた。
「あ、ローレン! 今度また家に行きたいんだけど、いいかな……?」
控えめに尋ねると、ローレンは嬉しそうに微笑んでくれる。
「ええ。母もマリィも喜びますよ。勿論、私も」
「やった! お菓子作ろって約束しててね。ここの料理人さんにレシピ教えて貰ったから、早速作りたくて……楽しみだなあ」
「それは私も楽しみです。早速日時を調整しましょう」
お互いにこにこと話し合っていると、のそりと私の後ろからレオナとアリスが顔を見せた。
「……私も行きたいなあ……」
「ローレン、私も……」
「お二人はさっさと仕事をする!」
「ええ〜……」
「わかったよ……」
ローレンの叱責に二人は肩を落とす。私もそろそろ仕事に戻らなければと思っていると、またもや部屋に人が飛び込んできた。
「空様ぁ!」
「アステラ! もう怪我は大丈夫なの?」
それは水色の髪を揺らしたアステラで。私の言葉にアステラはむんっと腕まくりをした。
「それはもう! 私は魔力量がピカイチですから、傷の治りも早いのです!」
「良かった……」
私はほっと息をつく。この間まで至る所に包帯を巻いていて痛々しかったから、治った元気な姿に安心する。
アステラは私の心配を吹き飛ばすように、元気にぴょんと飛んだ。
「それより! 凄い魔法を編み出しました! 見てください!」
魔法? と首を傾げながら、アステラが指差した部屋の扉の方を見る。するとすぐに、ふよふよとヴィラが飛んできた。
「やあ、空」
「ヴィラ!? と、飛んでる!?」
その姿に驚いて駆け寄る。なんとヴィラは地面から浮いていた。100センチ以上は浮いているだろうか。膝を曲げてふよふよと飛ぶさまは、なんだか可愛くも見える。
「守り人と研究してね。まだこれぐらいしか飛べないけど、時期にあの空まで飛べるようにするよ」
「凄いっ! 凄いよ! ヴィラ、アステラ!」
「えへへ、私にかかればこんなもんですよ!」
「戦闘はからきしだけど、魔力は凄いもんね、君」
「一言余計です!」
アステラはヴィラの言葉にぷんっと怒るけれど、案外上手く行っているようで安心する。
ヴィラが捕まった後、私はヴィラから受け取った全ての記憶をアリスと王様、アステラに話した。
みんな知らないことだったようでとても驚いていた。
特にアリスのお父さんである王様は、それは責任を感じていたようだった。自分の祖先がしたこと。そして今までヴィラを封印し続けていたこと。王様は誠心誠意、ヴィラに頭を下げていた。
そんな王様の姿に、ヴィラも驚いていたけど、その顔は憑き物が落ちたようにすっきりしていたのを覚えている。
とはいえ、ヴィラはこの王都を襲い、死者は出なかったものの怪我人は出て、街も火事や建物の倒壊で大変なことになったのだ。その責任は取るべきだと、街を復興するまでの間、ヴィラは無償で働くことになった。
それは倒壊した建物の瓦礫を運んだり、新たに作るための資材を運んだりで。
最初、白竜であるヴィラに街の人は戸惑っていたけど、その献身的な働きに、みんなヴィラを受け入れるようになった。
今では作業の後にヴィラがハープを奏で、みんなで踊ったりもしていて、それは楽しそうにしている。
「もっと飛べるようになれば、アステラの旅も凄いとこまで行けそうだね」
「はいっ! 今から楽しみです!」
アステラは笑顔で頷く。
白竜を封印する必要がなくなり、アステラの守り人としての使命もなくなった。そのおかげで、ヴィラは今こうして自由に教会を出ている。
そして、街が復興したら、念願だった旅に出ることを決めたのだ。今は復興を手伝いつつ、少しずつ旅への準備を進めているところだ。
「空、あの空まで飛べるようになったら、君を連れて行きたいところがあるんだ。……来てくれる?」
ヴィラが控えめに尋ねる。私は笑顔で頷いた。
「うん。だって、デートするって約束したもんね」
初めて会った高台で、デートをしようと誘ってきたヴィラに、私は頷いた。
あのときは好感度のことも考えてのことだったけど、今はただ、ヴィラと楽しくでかけたい。ヴィラに楽しいことが増えてほしい。純粋に、その気持ちだけだ。
「……ありがとう」
ヴィラもほんわりと微笑んでくれる。最近、柔らかい表情が増えてきたことに喜びを感じる。こうして、ヴィラに楽しい思い出が増えてほしい。
そう思って微笑むと、私とヴィラの間にひょっこりとアリスが顔を出した。
「その時は、私も一緒でいいでしょうか?」
にこりと尋ねるアリスにヴィラがはっ、と冷たく口角を上げる。
「いいわけ無いだろう。王女殿下は城に籠もってなよ」
その言葉に、アリスもぴしりと眉を上げた。
「はは、何を言っている。婚約者が他の奴とデートに行くのに放ってなどおけるか」
「婚約者、ねえ。そんな形式に縛られているから駄目なんだ。空の心のままに、自由にさせるべきだよ。これだから王族は」
「戯れ言を。空は自由な心で私といることを選んだ。私達は愛し、愛されている」
「わかった、恥ずかしい。アリス、恥ずかしいから止めて」
ヴィラに向かってさらりと恥ずかしいことを言うものだから、慌てて止めた。
するとちょうどその時、また部屋に来訪者があった。
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