第2話 恋がしたいと君が泣くから
「おや、おはよう。気分はどうだ?」
「……誰?」
目を覚ませば、そこには金髪金目の神々しい美人が私を見て微笑んでいた。どえらい美人である。こんな人、芸能人でも見たことない。
ゆるふわロングの足首まである金髪に、宝石のような金色の目。絹のような真っ白の装いは胸元が大きく開いていて、柔らかそうな豊満な胸が見えている。腰はきゅっとしまっていて、ふわりとしたロングスカートのスリットからはすらりとした足が惜しげもなくさらされている。
まるで著名な作家が描いた絵画かなにかから出てきたような感じだ。それぐらいに美しくて、現実離れしている。
「うん、私が誰か、か。難しい問題だなあ。何せ色んな呼ばれ方や姿がある」
「いや、何言ってんの……てかここどこ……」
いくら目の前の人物がめちゃくちゃな美人だからとて、その姿を黙ってみている場合ではない。腕を組んで真剣に考えだした美人を放っておいて、きょろきょろと辺りを見渡す。
でも、周りには道路も歩道橋も家も車もない。そもそも空や地面さえもがなかった。
上下左右もわからない、ただの真っ白な空間に私は座り込んでいた。
「え、何これ、どういう……」
全く意味が分からない。歩道橋から落ちたことは覚えているけど、こんな場所に来た覚えはない。
病院の真っ白な天井、とかならわかるけど、そもそもどこが果てなのかさえわからないこんな空間、見たことも聞いたこともない。
――いや、似たような場所なら、見たことがある。
でもそれは本やテレビの中でしか見たことがない、おおよそ作り話と呼ばれるもので。
まさかそんな、でも、もしや……。
「ここって、死んだあとの世界だったり、する?」
立ち上がって恐る恐る美人に尋ねれば、美人は目をぱちくりと瞬かせた。
その反応にほっとする。なんだ、やっぱり違うのか。と同時に突飛な発言をしたことに気づいて恥ずかしくなった。誤魔化すように笑って訂正する。
「な訳ないですよね! あーびっくりした。もしかして貴方が神様で、残念、死にました! とか言われるのかと思っちゃいましたよ!」
あはは、と笑ってみれば、美人もニコリと笑みを深くして頷いた。
「正解!」
「ですよねー、あははっ……て、は?」
美人が言ったことに首を傾げれば、彼女はにこにこと笑って頷いた。私は増々首を傾げる。
この人今何言ったんだろう? 正解ってなんだ? 金髪金目だし、日本人じゃないのかな? 言葉が通じなかったのかも。
「通じてるぞ」
美人が返事をしてきて、私は目を剥く。
だって今、絶対口に出してなかった!
「声に出さなくても読もうと思えばその頭、簡単に丸裸にできるからな」
細長い人差し指でトンと私のおでこをつついて、美人はにやりと笑う。私はおでこを押さえて後ずさりした。
「え、何で⁉ どういうこと! まさか、本当に……!」
「私は神で、お前は死んだ」
特に感慨もなく、ためもなく、呆気なく告げられたその言葉は、私の頭にストンと落ちた。
それは疑いようのない事実であると、この空間が、目の前の人間離れした美しさを持つ美人が、そして私の魂と呼ぶような何かが、そう告げていた。
私は、死んだのだ。
「そんな、」
熱いものがこみ上げてきて、胸がきゅっとなって、鼻がツンとする。お父さんとお母さんのことを考えて、目の前がぼんやりうるんできた。
「どうかしたか?」
神様が不思議そうに私の顔を覗き込んできた。頭の中を読めるくせに、感情の機微には疎いらしい。なんだか神様っぽいと思った。
そう思ったのと、瞳の涙の許容量が限界に来たのはほぼ同時だった。
「う、」
「う?」
「うわあああああん!」
「ええ?」
こらえきれずへたり込んで大声で泣き出した私を、神様は驚いた顔をして見た。
まさか泣かれるなんて、思っていなかったのかも知れない。私だって、泣こうだなんて思っていなかった。できれば人前で泣きたくないし、我慢しようとしたけど、死んだなんて言われれば取り乱しもする。
いつかは死ぬと思ってはいたけど、それは何十年もあとの話で、今だなんて思ってもなかったのだから。
「も、もうちょっと生きてたかった……まだ十八年しか、いきてないのに……! こんな、こんなことで……お父さんお母さん馬鹿な娘でごめんなさいいい!」
しゃくりあげながら考えるのは、やっぱり両親のこと。優しくて面白いお父さん。怒ると怖いけど、明るくてやっぱり優しいお母さん。
もう二人に会えないのかと思うと、それが一番悲しかった。
それに一人娘がこの若さで死ぬなんて、両親も悲しむだろうと考えると、辛い思いをさせてしまうことも嫌だった。
しかも死因はゲームを徹夜でしたせいでの寝不足で転落死、だ。ご先祖様に顔向けできない無様な死にざまと言えよう。
えーん、えんえん、とまるで漫画のように泣く私に対して、神様は困ったように眉を下げて腕組みをした。
そして何かを考えるようにうろうろとあっち向きこっち向きしていたかと思えば、ハッと思い出したように笑顔を見せる。
「空、何をそんなに泣く必要がある? 学校行くのがだるいと言っていたではないか。もう面倒な学校に行ったりしなくていいんだぞ?」
「それと死ぬのじゃ帳尻あわないよぉ! もう家族に会うことも、美味しいもの食べたり好きなゲームしたりもできなくなるのに! それに、」
「それに?」
「まだ恋だってしてないのにぃ!」
わあっと顔を覆うと、姿は見えないが、神様が明らかに狼狽えている様な気配と、またうろうろと歩き回る音が聞こえてきた。
困らせている。だけども涙は止まらないし、止める気もない。それに、家族に会えなくなるのももちろん寂しいが、もう恋ができないのだと思うと殊更死んだことが悲しくて、なんだか無性に惨めな気持ちになってくるのだ。
「私の人生ってなんだったのっ……」
えんえんと泣いていると、しばらくして神様がピタリと立ち止まって、そうだ、と明るい声を出した。
「良いことを思い付いたぞ! 空、ほれ顔をあげろ!」
そして私の肩をゆさゆさと揺する。この私の悲しみを止めるなんて、一体何事だというのだ。のろのろと重たい頭をあげると、神様がそれは得意気な顔で私を見ていた。
「恋をしようではないか!」
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