乙女ゲームの世界に来たと思ったら、攻略対象全員女になってるんですけどっ!

新みのり

第1話 知らない人と知ってる景色

 ――わあ、綺麗な青色。


 目の前には、空のように透きわたる青い瞳。視界いっぱいに広がったその青に吸い込まれるように、私の体は落ちて行く。


「んっ」


 瞬間、唇に感じる柔らかな感触。随分昔、子供の時に両親として以来してこなかったソレは、所謂キスというもので。

 いつか好きな人と、と私が憧れてやまない行為は、何が起こったのかわからないまま、あっけなく達成されてしまっていた。


 そして私の夢や憧れとは無関係に、重力に従い青色の瞳に射抜かれたまま私の唇は相手と重なり、落ちる私を抱きとめる相手の腕が、私を離すまいとするように腰と頭に回った。

 優しく、でも力強く、キスをされながら(事故だけど)抱きしめられた私は、相手を下敷きに地上へと倒れこんだのだった。


「…………」


 ぱちくり。


 地上に倒れこんだまま、私達は瞳と唇を合わせて目を瞬かせる。突然のことに一体何が起こったのか理解できなかったのだ。

 固まる私を見て、先に表情を変えたのは相手の方だった。


「ふっ……」


 優しく細められた青い瞳、かすかに笑ったのだろう、唇にかかる吐息に、私の顔は一気に熱くなる。


「ご、ごめんなさいっ!」


 慌てて体を起こすと、相手もくすくすと笑いながら体を起こした。お互いが見合うように座ったことで、ようやく相手の顔がしっかりと認識できる。


 ――その顔は、綺麗の一言では表せなかった。


 空のように澄んだ瞳に、長い睫毛。桜色の唇。透き通った肌。銀髪の長くさらさらとした髪に、白と青を基調としたシンプルなドレスを身に着けている、気品あふれる、美しい女性。


「ああ、失礼しました」


 私がまじまじと見ていることに気づいたのだろう。笑いを収めた彼女は居住まいを正すと、立ち上がって私へと手を差し出した。


「歓迎します。異世界の巫女殿」


 見上げる彼女は太陽を背に、ニコリとほほ笑んだ。銀髪の髪が反射してキラキラと輝いて見え、まるで後光が差しているようだ。

 でも彼女なら後光が差しててもおかしくない。そう思えるほどの美しさと気品。

 そんな人、そう何人といないだろう。事実、私の知ってる人物で、そんなものを持ち合わせているのはたった一人だけだ。


「この国を、救ってください」


 私をまっすぐに見てその台詞を言う彼女が、私の知ってる人物と重なる。

 

 でもあの人は――彼は、


「あなたは――誰ですか?」


 女では、ない。




 あれはどれくらい前のことだろうか? 一時間、二時間前のような気もするし、何十時間も経っているような気さえする。

 事の起こりは登校中のことだった。


「行ってきまーす」


 いつも通りの言葉を家族に残して、私は自宅から高校に向かうため家を出た。

 朝の陽気が気持ちいい。ぽかぽか陽気が頭をぼうっとさせる。

 そう、何より私は眠かった。


「徹夜でゲームはやりすぎたな……学校行くのだるい……」


 眠い目をこすりなら、私はつい独り言を零す。


 Fantasy×love×trip(ファンタジーラブトリップ)。略してファンラブは、私が今絶賛ドはまり中の乙女ゲームである。

 剣と魔法のファンタジー世界に突然召喚された現代の女子高生が、戸惑いながらも魔物と戦ったり、イケメン攻略キャラ達と恋愛するゲームだ。


 そのゲームを私は徹夜でプレイし、つい先ほど全キャラクリアしたばかりだった。と言っても、隠しキャラまではいけなかったのだけど。

 メインキャラ四人をクリアすれば、隠しルートが出現して新たに五人目のキャラが攻略できるようになるのだ。

 事前情報でそこまでは知っていたけど、それ以降の情報はネットを封印してネタバレされないように気を付けてきた。


 そしてついにいよいよ隠しキャラルートへと思ったときには、母親が部屋へと入って来てカーテンと布団を全開放され、ゲームを取り上げられてしまったのだった。

 いつの間にか朝になっていたらしい。ああ、時間の無慈悲さよ……。


「でもゲーム、面白かったなあ」


 話は面白かったし、何よりキャラがかっこよかった。

 私の推しはアレックスで、銀髪青目の超絶イケメンだ。パッケージなどで中央に大きめに描かれることが多く、メイン中のメインと言って良いだろう。


 ファンラブの舞台であるセレスト王国の第一王子で、責任感が強く、その上紳士的で優しく強いという、良いところ盛り合わせのようなキャラだ。

 でもそれだけじゃなくて、国を背負い立つということへの葛藤や弱さだったり、主人公への嫉妬深いところがあったりして、そういう面がまたアレックスというキャラに深みを持たせてて凄くいいんだなあこれが! おっとにやける。


 主人公とのあれやそれやのイベントシーンを思い出して、むふふとにやける顔を慌てて戻す。それでも、考えることはやっぱりゲームのことで。


「あーあ……」


 私もあんな恋してみたい……。


 向井むかいそら、十八歳。

 自慢じゃないが私は彼氏いない歴=年齢というやつだ。というか彼氏どころか初恋もまだという体たらく。

 そもそも恋する相手がいないのだ。なんて言ったって彼氏どころか男友達ですらいないのだから、誰を好きになればよいのやらという話。

 日常で喋る男性といえば、父親か教師か店員さんか、というところである。


 悲しいといえば悲しいが、そもそも男の人が得意でないのだ。声は大きいし、粗暴でデリカシーがない。最近はないけど、小学生や中学生の時なんかはよくからかわれたりいじわるをされたりしたこともある。

 それが半ばトラウマのようになっているということもあるかも知れない。


 でも恋はしたい。ドキドキしたい。でも好きな人がいない!

 ということで結果、生身の男というものに見切りをつけた私は二次元の世界、特に乙女ゲームへと没入したのだった。


 彼らは顔も申し分ないし、声もいい。しかも優しくて強くて、いつも私のことを気にかけてくれる。

 そんな彼らに私ははまりにはまり、今回やったゲームであるファンラブでは、アレックスにもはや恋と近しい感情さえ抱いてしまっていた。

 特に最後のアレックスとのシーンが最高なのだ。


 アレックスは最後、魔物を倒して国を平和にした主人公を見て、元の世界へと帰ってしまうのだろうと思う。

 主人公を好きなアレックスはそれを引き留めるために、初めて出会った城の屋上で主人公を抱きしめ、元の世界に帰らないでほしいと懇願するのだ。

 でも主人公もアレックスのことが好きなので、帰らないと返答する。そしてアレックスは主人公にプロポーズをし、キスをするのだ。


 他にも胸キュン必死のシーンは色々あるけど、やっぱりこのシーンがスチルともに最高で……!

 あー、私もそんなロマンチックな雰囲気でキスしてみたい!


 眠気はピークなものの、私はゲームのことを考え上機嫌で通学路を歩いていた。

 だけど歩道橋の階段を上っているときである。周りに誰もいないからと隠しもせず大あくびをかましたその時、私の体がぐらりと揺れた。


「え」


 気づいた時には、地面から足が離れていた。そこで私の意識は途切れたのだった。

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