第50話 騎士の修羅場

「ひゃっ……!」


 レオナが、私の首筋にキスを落としたのだ。ちゅっと触れた柔らかな感触に肌がぞわつく。


「やめっレオナ!」

「ん〜? なあに?」


 怒って名前を呼ぶが、まるで気にしていないような返事をして、またちゅ、ちゅと首筋にレオナの唇が触れる。


「ん、駄目だってっ……」

「だいじょーぶ。誰も見てないから」

「そういうことじゃなくて……んっ」


 相変わらず唇で私の首筋に触れながら、今度は片手ですり、と太ももを撫でてくる。そして耳元でこっそり囁いた。


「……今日は私の部屋においで? ね?」

「あっ……レオ」

「あっれえ? レオナ様じゃないですか!」


 ナ、と続けたはずだった声は、別の明るい声にかき消された。え、と声のした方を見れば、そこには胸元や肩が開いた服を着た、可愛い女性が立っていた。


「め、メイ……」


 レオナがちょっと焦った声を出す。なんだこれなんだこの状況。まるで、まるで。


「お久しぶりですう! どうして最近メイに会って下さらないんですか? 私はずっと待ってるのに……」


 メイと呼ばれた可愛い女の子は、私がまるで見えていないかのようにこちらに近づいてくる。慌てて立ち上がると、先ほどまでと違いレオナの拘束はあっさり解けた。

 メイさんはレオナの隣に椅子を寄せると、レオナに腕を絡ませぴったりくっついて座る。


「あ、あらぁ、最近は仕事が忙しくてえ……」


 レオナがうろうろと視線を彷徨わせ、ちらちらと私を気にしてこっちを見てくる。


 なんでそんなに焦ってるの。やっぱりこの状況。これではまるで、浮気相手と一緒に居るところを恋人に見つかったようではないか。さしずめ私が浮気相手。解せぬ。

 レオナの彼女(仮)を見てみる。相変わらずメイさんは私の方は見ずに、レオナに向かって喋りかけている。


「でも息抜きは大事だって、いつもレオナ様仰ってるじゃないですか。それに、私や他の子に会うためにお仕事頑張ってるから、会えないなら仕事する意味ないって」

「そうなんだけどお……」


 詰められてるな……レオナ。ううん気まずい。でも誤解は解かなきゃ。私達別に付き合ってないし、レオナの悪戯に巻き込まれてただけだし。でも今口挟むの怖いなあ。

 とか思っていると、メイさんは私に目を向けた。


「で、この子は誰なんですか? 新しいレオナ様のお気に入りですか?」

「私っ!?」


 突然話を振られて驚く。レオナは相変わらず歯切れ悪く視線を彷徨わせた。


「いやあ……お気に入りっていうか、なんていうかぁ……」

「ふぅん……ねえ、貴方。レオナ様が優しいからって、勘違いはしないようにね?」

「えっ」

「メイっ⁉」


 メイさんは眼光鋭く私を睨みつけた。そして見せつけるようにレオナに体を寄せる。


「レオナ様はみんなに優しいの。貴方だけじゃなくてね。そこのところ、勘違いして束縛しようなんて思わないようにね。レオナ様、そういうの嫌いだから」

「ええっと……」

「めーいちゃん? ちょっとお口チャックしようね?」


 なんて返せばいいのやら……。

 メイさんはレオナの言葉に耳を貸さず、私を睨みつけたままだ。


 ていうか、似たようなシーンレナードルートであったな……。

 状況はちょっと違うけど、レナードに好意を寄せていた女の子が主人公に嫉妬してあれやこれや言ってくるのだ。

 でもそのシーンと違うのは、私がレオナを攻略しようとしていないということと、明らかに、レオナとメイさんの間には大人の関係があるということで……。


「なぁに? ちょっと可愛いからってぶりっこしちゃって……言っておくけど、私の方が先にレオナ様とエッチして」

「わ、私、もういきます! ご馳走様でした! 今無一文なのでご飯代は出世払いでお願いします!」

「空!」


 それ以上先を聞いてなるものかと、私は慌ててお店を飛び出した。

 だって、知り合いのそういう話なんて聞きたくないし! ていうか、やっぱりレオナとメイさんって……う、うわあ! だめだめ考えるな! 恥ずかしいい!




 一方、店ではメイが空の出て行ったあとを見つめ、ふん、と鼻を鳴らした。


「なあに、あの子。突然出て行くなんて。レオナ様、どうしてあんな子と――」


 メイのそれ以上先の言葉は、レオナの唇によって封じられた。メイの顎をくっと上げて、角度を変えて幾度か唇が交わされる。


「んっ、ん……はぁっ……」


 しばらくして、唇が離される。メイはくたりとレオナにしなだれるが、それを止めるようにレオナがメイの名前を呼んだ。


「寂しくて嫉妬しちゃったのもわかるし、そういうところも可愛いけど……今みたいなのが良くないのは、わかるわよね?」

「……ごめんなさい」


 ほほ笑んで言われたけれど、その言葉は明らかにメイを咎めていて、素直に彼女は謝った。レオナはしょうがないというように笑って、メイの頭を優しく撫でる。


「ん、いい子。今度あの子を見かけたら、同じように謝るのよ?」


 メイが頷くと、レオナは笑って、じゃあね。と言った。そして多めの代金を店員に渡し、振り返ることなく店を出て行ってしまった。


 後にはぽつんとメイが残される。


「……あーあ、ちゃんと恋人、みつけなきゃ」


 メイはレオナが残して行ったワインを一気に呷ると、残っていた肉にかぶりついた。

 生憎とこちらも肉食なので、恋人だってすぐに見つかるのだ。一途になった恋多き騎士なんて不良物件、こっちから願い下げよっ!

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