第51話 行きはよいよい

「……で、飛び出したわけだけど……」


 右見て左見て、今来た道を振り返っても、知ってる道はどこにもない。完全に迷った。

 慌てて飛び出して周りをちゃんと見ていなかったせいで、完全に知らない道に入り込んでしまったみたいだ。


 うーんまずい、まずいよ。どーしよ。護衛がいる状況なのに夜道に一人って……迂闊すぎる……。せめて店のすぐ外でレオナを待つべきだったなあ……。


 きょろきょろとしながらとりあえず来た道に戻ろうと、今歩いてきた方向にまた戻る。すると、真っすぐの道と曲がり角の道との分かれ道に出た。


 ええっと……どっちから来たっけ……。全然覚えてない……。

 なんとか思い出そうとうんうん唸っていると、ぽん、と空中に選択肢が現われた。


《真っ直ぐ行く/角を曲がる》


「選択肢……?」


 ただ道に迷っただけのことで選択肢が出るわけがない。大体好感度に関わるようなことで選択肢は出るわけだから、このあと何かあるってことだろうか? 選んだ道の先に誰かいるとか?

 ううーん……いいや! わからないことで悩んでても仕方がない。ここは適当に選んじゃおう。


《角を曲がる》


 角を曲がる方の選択肢を選べばいつも通り選択肢は消え、私は勢いよく選択肢通りに角を曲がった。南無三っ!


「きゃっ」

「わっ」


 と、角を曲がった瞬間に誰かとぶつかってしまった。勢いが良すぎた反動でしりもちをついてしまう。


「大丈夫?」

「いてて……すいません」


 相手が手を差し出してくれる。私はその手を掴んで、顔を見上げた。


「ふふ、黒猫とぶつかるなんて、幸運が舞い降りそうだ」

「ヴィラ!」


 相手はヴィラだった。フードを目深にかぶっているけど、その綺麗な顔と白髪ですぐに分かる。


「こんばんわ、空。会いたいと思ってたんだ」


 私を起き上がらせると、ヴィラはフードを取ってにこりと笑った。

 そうか、あの選択肢はヴィラに会うか会わないかの選択肢だったのか。なら角を曲がるを選んで正解だった。だってヴィラには話したいことがいっぱいある。会えてラッキーだ。


「私も! あんな感じで別れたから、心配してるんじゃないかって……」

「うん、凄く心配した。無事で良かったよ」


 ほほ笑むヴィラにほっとする。無事を知らせることが出来て良かった。

 ほっとしたおかげで自分の今の状況をはっと思い出した。そうだ、私迷子だった。


「あの、申し訳ないんだけど、良ければ通りまで案内してほしくて……」

「迷っちゃった?」

「恥ずかしながら……」


 この歳で迷子は中々恥ずかしい。へへ、と照れ笑いしていると、ヴィラもくすりと笑ってマントを翻した。


「いいよ。ついておいで」


 ヴィラの後に続いて夜道を歩く。住宅街らしいその道は狭く、人通りもまるでない。静かで、喋るのが少し憚られた。


 さっきは突然ヴィラに会えてテンションが上がってたせいで気づかなかったけど、ヴィラの雰囲気もこの間初めて会った時少し違って、何だか話しかけにくいような気がする。

 それでも、ヴィラの後ろを歩きながら彼女に声をかけてみた。


「……そういえば、デートの約束だけど、日時を決めてなかったなあと思ってて…」

「ああ、あれ……」


 ヴィラは後ろを振り返ることなくそう言って、口を閉ざす。

 おかしい。最初にデートを切り出したのはヴィラだというのに。どうしたのかと聞こうとしたとき、ヴィラも口を開いた。


「それより、私のこと……誰かに話した?」

「え……うん……」


 デートのことをそれより、と言われたことも、何故そんなことを聞くのかも謎だった。おずおずと頷いて、あ、とアステラのことを思い出す。


「そうだ! ヴィラに会いたいっていう子がいてね」

「私はっ!」


 突然ヴィラは大声で私の話を遮った。びくりとして足が止まる。ヴィラも立ち止まって私の方を振り返った。


「……君以外には会いたくない」


 悲しい声だった。金色の瞳は伏せられ、怯えるように自身の腕を掴んでいる。


「ご、ごめんなさい……私、ヴィラのこと聞かれて色々答えちゃった……。もしかして、誰かに何か言われたりした……?」


 そのヴィラの様子に、もしかして誰かがヴィラのもとを訪ねたのかと思った。

 ローレンはヴィラを怪しんでいたし、マグワイヤー将軍もヴィラを探しているらしかった。だから二人か、もしくは二人の部下かがヴィラを見つけて、ヴィラを疑うようなことを言ってしまったのかと。


 でも、ヴィラはふるりと首を振った。


「……いいや、まだ誰も来ていないよ」

「そっか……私がヴィラのことを話した人がね、ヴィラのこと怪しんでて。だからもしかしたら、誰かがヴィラに話を聞きに来るかも……。勝手なことをして、ごめんなさい」


 よくよく考えれば、自分の知らないところで自分の話をされるのはあまり気分の良いものじゃない。考えなしだったと反省する。

 するとヴィラは落ち込む私に不思議なことを言った。


「……そう。でもそれって、私だけじゃないよね」

「え?」


 言葉の意味が分からなくて聞き返す。ヴィラはゆっくり私に近づくと、とん、と指で私の胸を突いた。


「怪しまれてるのは、空も一緒でしょう?」

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