第56話 嫉妬とデートのお誘い

「今日、ローレンの家に行ったんですね」


 夜、寝るためにアリスの部屋に行くと、アリスはそんなことを言った。

 どうしてそれを、というのが顔に出ていたのか、アリスは言葉を続ける。


「先程ローレンから報告を受けまして」


 夕方、ローレンは城に戻ると私を部屋まで送り届け、レオナの部下に部屋の護衛を頼んで別れたのだ。きっとその後にアリスに今日の修行の報告諸々したのだろう。


 合点がいき、私は笑顔で頷いた。あの家族を思い出すと、自然と笑みが零れる。


「はいっ、素敵なご家族で……楽しかったです」

「そうですか、それは良かった。空がこの国で親しい人が出来るのはとても良いことだと思いますから」


 アリスも微笑んでそう言ってくれる。けれど、なぜだか違和感を覚えた。微笑んでいるものの、壁を感じた気がしたのだ。


「あのう……どうか、したんですか?」


 気になって聞いてみると、アリスは目を瞬かせた。


「……変ですか? 私は……」

「少し」


 するとアリスはがくりと肩を落とし、額に手を当てると大きなため息を吐いた。


「……駄目ですね、私は」


 落ち込んでいる声だった。どうしてそんなことを言うのか分からず困惑していると、アリスはちらりと私を見て、眉を下げて自嘲するように言った。


「嫉妬です」

「嫉妬……」

「つまらない独占欲ですよ。……貴方は誰のものでもないのに」


 瞳を伏せるその姿を見て、ドキリとした。ローレンの言葉を思い出したのだ。


『ああ、でも、アリス様のことも忘れないで下さいね。本気度で言えば、レオナに負けてはいませんよ』


 ああ、やっぱり、ローレンがこんなこと言うから、意識しちゃうじゃないかっ……!


「私以外の皆が空と仲良くなっていっているように感じて……」

「えっと……」

「あ……すいません……忘れて下さい。今日はもう寝てしまいましょう」

「は、はい……」


 アリスに促されてベッドに入る。どう返せばいいかわからなかったから、正直助かった。

 もぞもぞと潜り込むと、アリスもやってきてベッドに入った。勿論、真ん中にあるクッションの向こうに。

 暗くても、アリスが私に背を向けて横になっていることがわかった。


「……あの、」


 なぜだか途端にこの距離がもどかしくなり、小さな声でアリスを呼んだ。この声がアリスに聞こえなかったら、もう寝ていたら、私も寝よう。

 そう思ったけれど、アリスは律儀にころりと私の方に向き直り、優しい声で返事をしてくれた。


「……どうかしましたか?」

「……昨日のこと、ごめんなさい。心配してくれて、ありがとうございます。……まだちゃんと、謝れていなかったので……」 


 昨日、一人で店から出たことを、アリスに少しだけ怒られた。何かあったらどうするんですか、と。

 私が悪いのはわかっているし、アリスは心配しているから怒ったこともわかっている。

 それでも、昨日から少しだけギクシャクしていたから、ちゃんと謝ろうと思ったのだ。


「いえ、私もすいませんでした。話を聞く限り、空が一人で店を出てしまうのも無理はないですから」


 アリスはそう言ってから、声のトーンを落とした。


「……護衛なんて、窮屈な思いをさせてしまっていますね……すいません」

「謝らないで下さいっ……私の方こそ、私のせいで皆さんの手を煩わせてしまって、すいません……」


 また謝れば、今度は暗闇からくすくすと笑い声がした。


「ふふ……謝ってばかりですね、私達は」

「えへへ……そうですね」


 私も笑い返して、それから手元のシーツを少しいじる。いじいじとしながら、ぽつりと言った。


「えと、それから」


 ちらりとアリスの方を見る。大分暗闇に慣れてきてぼんやりとアリスの姿が見えるようになっていた。

 暗闇の中のアリスは横になりながら微笑んで私を見ていて、一瞬すぐ隣で寝ているように錯覚しそうになった。だから慌てて視線をシーツに戻した。


「仲良いと思います、よ」

「え?」

「私達も、十分仲良いと思います、けど……」


 これでアリスの憂いは晴れただろうか。さっきは自分以外は私と仲良くなってる、なんて言っていたけど、十分私とアリスも仲が良いと思うのだ。

 おやすみとおはようを共に過ごし、その前後では和やかに会話もする。時間が会えば時々神様も交えてティータイムも一緒にするのだ。

 これが仲が良くなければ何だというのだろう。


 でも、言った後のアリスからのアクションは特にない。アリスのことを覗えば、彼女は両手で顔を覆っていた。何故。そして手の間から声を出す。


「……空、明日、なのですが」

「はい?」

「…………デート、しませんか?」

「……えっ!?」


 思わずがばりと起き上がった。アリスものそりとその身を起こす。顔から手は離れていたけど、その顔が赤いことは暗闇でも分かった。


「前に出た時はアステラのところだけでしたし、今度は街に出て遊ぶのはどうでしょうか」

「ええっと……」

「明日は、護衛としてではなく……ゆ、友人として、一緒にいられたら、と……」


 アリスが顔を赤らめながらまごつく。すると、空中に例のアレが現れた。


《デートする/デートしない》


 ううううんん! 今出るか、そうか、今か……。この流れだ。デートするを選んだら確実に好感度が上がって、なおかつ明日のデートイベントが決定となる。

 でもデートしないを選べば、アリスは確実に傷つく。アリスを傷つけたくない。でもこれ以上好感度が上がるのはさけたいし……。


 でもこの間のアリスとの選択肢では拒否したし、そこで好感度が下がってくれてれば、プラマイゼロ的にならないかな? なってたらいいな?

 

 ――ああ、こうやって自分を納得させている時点で、私の答えは決まってしまっているのだ。

 私はたっぷりの間をおいて、応えた。


「…………友人として、なら」

「本当ですか!」


 途端、ぱああっとアリスは満面の笑みを見せる。私はそれに圧倒されながらもこくりと頷く。


「は、はい」

「ありがとうございます! ふふ、嬉しいです」


 にこにことアリスが嬉しそうにしてくれるものだから、こちらまで嬉しくなってくる。アリスはぽすんと体をベッドに沈めた。


「さあ、もう寝てしまいましょう。明日のために体を休めなければ」


 私もそれにならい体を横たえる。隣を見ればにこにこのアリス。

 私は何だか満足したような気持ちになりながら、アリスに今日最後の声をかけた。


「おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい、空」


 アリスの声は弾んでいる。

 やっぱり、悲しい顔より喜んでいる顔の方が良い。そう思いながら、眠りに落ちた。

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