第42話 赤髪の護衛
「お帰り、空。初めての朝帰りはどうだ?」
一夜明けて部屋へと戻るなり、神様がそんなことを言う。
私を守るような発言をしたかと思えば時々こうやって茶化すんだから、神様の情緒ってやつは難しい。
「変な言い方しないで」
「私はお前の貞操を心配しているんだ。で? 何かあったか?」
「…………何も」
探るように見てくる神様から目を逸らす。もしかしたらその私の態度が答えになっているような気がしなくもないが、神様に昨夜あったことを事細かに語りたいとも思わなかった。
別に、無体は働かれてないし……私も軽率ではあったし……アリスも謝ってくれたし……。
「ほーー……そんなことが」
「あっ! まさかまたっ!」
訳知り顔で頷く神様。きっとまた私の頭の中読んだな……。くそう、隠し事が出来ないのって辛い!
「まあ昨夜のことは追々詰めるとして……こいつはなんだ?」
と、神様が話を終わらせて私の後方を見る。そこには赤い髪のイケメン、もとい赤髪の美女が、ニコリと笑みを湛えて立っていた。
「おや、お冷たい。一度自己紹介は済ませたではありませんか、カミュ様」
「え、いつの間に?」
「お前が倒れた日にな。こいつから空が起きたみたいだって聞いて部屋に戻ったら、お前とアリスが――」
「あああ! あの時ね! そういうことね!」
神様が続けそうになった言葉を慌てて止める。
そうか、妙にタイミングが良いと思っていたけど、あれは言われて部屋に戻って来ていたのか。
「それで、何でこいつがここに?」
神様が不思議そうにするのを見て、彼女――ローレン・グレイは、居住まいを正すとそれは綺麗に腰を折った。
「本日は私が空様の護衛ですので。よろしくお願いいたします」
「お身体は問題ありませんか?」
がたがたと石畳で馬車が揺れる。それを考慮してか、目の前に座るローレンが気を使って尋ねてくれた。
「大丈夫です。怪我も良くなってきているので」
「それは良かった」
にこりとほほ笑んでくれるが、私は彼女の笑顔が嘘であると知っている。
ロレンス・グレイ。ファンラブではその名前で男性である彼女は、クールというか、他者に心を開かず、関心がないタイプのキャラである。
でも全方位に関心がないというわけではなく、それは主人公やその他大勢に対して向けられる。
アレックスに対しては忠誠心と友愛を持って接し、レナードとアステルには時々冷たくも正直な態度で接している。
が、新参者である主人公に対しては、表面上は優しくても心の中では何とも思っていないのだった。
選択肢が結構難しくてそれは苦労した記憶がある。
でもだんだん素を見せてくれるようになると、達成感と嬉しさとキュン度がひとしおなんだなあ。
うんうん、と心の中で頷いていると、やがて目的地が近づいてくることが分かった。馬車から見えるのは、綺麗な教会。
疲れが取れた今、私はどうしてもここに来たくて外出の許可をアリスに求めた。アリスは二つ返事で頷いてくれて、ちょうど部屋に来たローレンを供にするように言ったのだ。
『ローレンなら、必ずや何があっても空を守ってくれることでしょう』
アリスはそう言って、ローレンもお任せ下さい、とほほ笑んでくれた。でも……。
ちらりとローレンの方を見る。するとローレンと目が合って、彼女はほほ笑んでくれた。
でもきっと……めんどくさいって思われてるだろうなあ……。
がたがたと揺れる場所の中、私はなんとかため息を飲み込んだ。さて、どうやって彼女の好感度を上げるか……。
ロレンスとのイベントを思い出していると、やがて馬車は目的地についたのだった。
「空様あああああ!」
「うわあ!」
教会の扉を開けるやいなや、アステラが私に飛びついてくる。前回ここで会った時のことを思い出して少し身構えたけれど、アステラはただただ私の体を強く抱きしめただけだった。
「良かったです……空様がご無事で……またこうして、お会いできて……」
「アステラ……」
ひっくひっくと聞こえる嗚咽に、私もつられて目頭が熱くなる。
今日、どうしてもここに来たかったのは、アステラに会いたかったからだ。
魔骸が街に来たあの日、私はアリスにアステラと教会に居るようにと言われたのに、教会から出てしまった。結果あんなことになって……きっとアステラも心配していると思っていたのだ。
「ごめんなさい、アステラ……。私、突然教会を出てしまって……心配したよね……」
「心配したに決まってるじゃないですか! 怪我をしたって話も聞いて……私、アリス様に空様を任されていたのに、お守りできず……」
「ごめんなさい」
私もそっとアステラを抱きしめ返す。アステラは私の肩口に顔を埋めながら言う。
「……もう、あんな風に突然いなくなったりしないで下さいね」
「うん。ごめんね」
「私も、ごめんなさい。次はもっとちゃんと、空様を守りますから」
「……ありがとう」
嬉しいアステラの言葉に、私はアステラを抱きしめる手に力を込めた。
しばらくそうやっていると、何やらすんすんと音がする。はて、何の音だろ……って!
「ちょっ、やだ! におい! アステラにおい嗅いでるでしょ!」
「そんな、すんすん、ことは、すんすん、ありません」
ぐっとアステラの肩を押すと、極限まで私に顔を近づけてすんすんと鼻を鳴らすアステラ。
こいつ、感動のシーンだと思ったのに……!
「やめて嗅がないで! ぎゃっ! さ、さわ……腰触らないでっ!」
「これは怪我の状態を確かめてるだけで……少し御痩せになりました?」
私を抱きしめていたはずの手は、さわりさわりと腰を撫でる。そのくせ力強く抱きしめているものだから、押しても全然引いてくれない。
「一日二日で痩せたりしないから! ひっ! 足を割り込ませるなあ!」
今度は片足をぐっと割り込ませてきて、私はなんとか両足を閉じつつアステラの顔を押す。私に顔を押されて変顔をしながらも、アステラは凶行を止めようとはしない。
「怪我の……状態を……」
「もっ……やめ……」
だんだん私の力が無くなっていくのに対し、アステラはぐいぐいと寄ってくる。
こいつ、きっと戦闘後の今の状態の私が知りたいに違いない。巫女オタクの馬鹿力が……一体どうすれば……!
「失礼します」
と、私の背後から声がした。何事かと思う前に、アステラの頭にげんこつが降ってくる。
「ふぎゃ!」
断末魔の声を出し、アステラがばたりと地に沈む。死……?
しゃがんでつんつんと倒れたアステラをつつけば、息はしていた。良かった。流石に死なれては寝覚めが悪い。ほっとしていると、横から手が差し出される。
「大丈夫ですか?」
太陽の光を浴びて手を差し出すのは、美しい赤髪のローレン。
「あ、ありがとうございます……」
ローレンの手を取って立ち上がらせてもらう。お礼を言うと、彼女はにこりと笑った。
「今日、私は空様の護衛ですから」
そんな言葉にどんな反応をとっていいか分からず、曖昧にほほ笑む。お腹に一つ抱えているとわかっていては、どうしても警戒してしまうのだ。
とりあえず、怪我を治して早く修行始めなければ。
最初の目標は一人でアステラを撃退できるようになる、だな。
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