第74話 レオナは空に舞う

「さあて、と」


 女の子を連れて城の方向に駆けるローレンの背中を見送り、レオナは街の中央の方へ向き直る。城の方向とは違い、うようよと蠢く魔骸の多さにレオナは口角を上げた。


「空のためなら、やりぬいちゃうわよぉ!」


 とんっ、と軽やかに、だけれど力強く地面を蹴ると、レオナは高く跳躍する。


「そおれっ!」


 まずは一番近くにいた魔骸を両断すると地面に着地し、その勢いのまま大剣を振るう。


「あっははは! まだまだあ!」


 そうやって次々に魔骸を倒して歩みを進めるさまは、どちらが魔物かわからないほどだ。

 けれど、いとも容易く大剣を振るうレオナは、魔物どころか魔法が使えない。そもそもの魔力が全くないのだ。生まれたときから、そうだった。


 貴族であるロウ家の第一子として生まれたレオナは、それは期待をかけられて育った。

 この国の貴族において、魔法が使えるということは重要なことである。魔法が使えれば国の中枢に関係することができる。魔法は貴族のステータスの一部であった。レオナの両親も当然のように魔法が使えた。


 けれど、レオナはいつまで経っても魔法が使えなかった。

 魔力のない両親から魔力のある子供が生まれることがあるのと同じように、魔力のある両親から魔力のない子供が生まれることもある。レオナの場合がそうだった。


 レオナが魔法を使えないことを両親は知り、酷く落胆した。父親など、母が不貞をして生まれたのがレオナだと騒ぎ立てたりした。当然母親は否定したが、真偽のほどはレオナにはわからない。どちらでも良いことだった。


 レオナが魔法が使えないと知った途端、手の平を返して自分をいないもののように扱う父親も、レオナのせいで辛いことばかりだと冷たく当たる母親も、どちらのことも、レオナは嫌いだった。


 こうなったら自分一人で生きていく身を立てようと、レオナは修行に明け暮れた。幸いにも剣の才能はあったようで、レオナの剣の腕はめきめきと上達していった。


 そうして、いつの間にかレオナは国一番の騎士と言われるようになっていた。

 自分の力で生きていけるようになったレオナはそれは好き勝手をした。戦いに明け暮れ、女性と遊びまくり、好きなものを食べ……けれど、孤独が埋まることはなかった。

心のどこかで虚しさを感じていた。

 

 そんな時だった。空がこの世界に来たのは。

 空が魔骸と戦っている姿を見た時、その心根の美しさに、貪欲な生への執着に惹かれた。触れるほどに反応する初心な様子に愛しさを覚えた。巫女の力が使えないと知って、その気持ちに共感した。必死に修行する姿に、増々好感を持った。


 空と一緒にいたら、いつの間にか虚しさなんて感じなくなっていた。


 つまるところ、レオナは空が好きなのだ。

 その空のためならば、どんな死地にだって飛び込める。空が今必要なのがアリスなら、アリスのところにだって安全に送り届けてあげよう。


 まあ、送り届けた後、アプローチするのは私の勝手だけど!


 ぶんっ! と片手で大剣を上向きに払う。魔骸の腕が飛び、それが地面に落ちる前に、レオナの剣が魔骸を斬りつける。


「次っ!」


 休む間もなく、レオナは走りながら次々に魔骸を倒す。

 そろそろ街の中心だ。アリスがいるはずだけれど、まだその姿を見つけることが出来ずにいた。


「一体どこにいるのよお!」


 そうこうしている内に、増々魔骸は増えていく。前に後ろにと魔骸に挟まれて、レオナはいい加減うんざりした。


「あぁん、もうっ! アリス様も探さなきゃなのに!」


 レオナが地団駄を踏んだ、その時。レオナの目の前の魔骸が地に伏せた。倒したのは。


「マグワイヤー将軍……!」


 意識不明だったはずの、マグワイヤーその人だった。

 マグワイヤーは体中に包帯を巻いており、下半身は軍服をつけているものの、上半身は上着を羽織っただけの姿だった。

 傷が痛むのか顔を歪めながらもレオナに怒鳴る。


「殿下を探しているんだろう。ここは任せて早く行け!」

「……死にそうだって、聞いてましたけど?」


 レオナは少し警戒しながらも言葉を返す。

 ヴィラとマグワイヤーが組んで空を攫ったことはレオナにも伝えられていた。仲間割れをして大怪我を負ったことも。


 だがマグワイヤーはその怪我をおして、今度はレオナの後ろにいた魔骸に斬りかかった。


「魔骸なんて雑魚はなあ! 死にそうなぐらいが、丁度いいんだよっ!」


 怪我をしているとはいえ、歴戦の将軍である。流石の剣捌きで魔骸を倒していく。


「あれぇ……お人が戻られたようですね?」


 口調の荒々しさは変わらないが、その言葉や態度が、以前のマグワイヤーのようだとレオナは思った。

 それでもレオナには相容れないタイプであることには変わらないが、最近のいけ好かない感じよりずっとマシだ。


「今はほっとけ! こんなことになったのは、俺にも責任がある。その処分は勿論受ける。だから! 今は最後に暴れさせろ!」

「……ご勝手に!」


 レオナは少しばかり口角を上げて、マグワイヤーにその場を任せてまた走り出す。けれどはたと一時停止した。


「あっ、そうだ! アリス様見ました?」

「知らねぇよ! 時計塔からでも探せばいいだろ!」


 時計塔。街の中心にあるそれは高い塔になっていて、上から街を見下ろせるようになっている。


「その手があった!」


 レオナは名案だと意気揚々と走り去っていった。その背中を見て、マグワイヤーはため息を吐く。


「……冗談だったんだが……塔から人の顔が見えるか? ……まあ、あいつなら見えるか」


 化け物染みた戦闘力だからな、なんて独り言ちる。

 散々な言い方だが、決して嫌味ではなかった。それが、本来のマグワイヤーという人物である。


 レオナの行く先はマグワイヤーが露払いをしていてくれたのか、先程より道が通りやすくなっていた。レオナは簡単に時計塔まで辿り着くとその階段を上っていく。

 長い階段ではあるが、レオナは体力も無尽蔵だ。カンカンカン、と螺旋階段をぐんぐん上り、ついにてっぺんまで到達した。


「さて、アリス様は……」


 レオナは地上に目を凝らす。そこかしこで火事が発生し煙が上がっているせいで、街は見渡しにくい。おまけに魔骸もうようよしているし、兵士の数も多い。

 だがレオナはやがて、その視界に白銀の髪を捉えた。


「アリス様っ!」


 街の中心から少し行った先に、アリスの姿が見える。ここからならすぐそこだ。早く下りて――。

 そう思った時、塔が酷く揺れた。


「なんなのっ!?」


 下を見る。魔骸と戦闘している兵士がいた。兵士が魔骸の腕を避けたことで、塔に強烈な一撃が当たったようだった。二度三度の攻撃に、段々塔が嫌な音を立て始める。


「これは……こうなったら!」


 レオナは覚悟を決めた。こうなったらもう、アリスに任せるしかない。

 レオナは大きく息を吸うと、目一杯、腹から声を出した。


「アリス様ああああ!!!」


 その時、アリスは喧騒の中でほんのかすかに、自分の名前を呼ばれた気がした。きょろきょろと辺りを見回し、ついに時計塔を見る。

 誰かがいる。誰かは分からないが、誰かが。


 レオナはアリスがこちらを見たことに気付き、肩から空を下ろした。そして腕に力を込め、助走をつけ。


「う、け、とっ、てえええええ!!!」


 塔から、ぽおん、と――空を放り投げた。

 その直後、音を立てて時計塔が崩れ始める。レオナは夜空に放物線を描く空を見ながら、満足気に笑った。


「後は頼みましたよお! アリス様!」

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