第73話 ローレンは想いを託す
「アステラっ!?」
ローレンは慌ててアステラと空を支える。アステラのその傷は、マグワイヤーと酷似していた。恐らくはヴィラにやられたのだろうとローレンは推測する。
そしてアステラが空を連れているということは、ヴィラと空は教会にいたということだ。空を奪い返そうとしたアステラがヴィラに攻撃を受け、ヴィラがいなくなった隙にアステラが空を連れてきたということだろう。
であれば、二人とも教会に戻すわけにはいかない。
ローレンはアステラを通りがかった兵士にまかせ、城に連れて行くようにと指示を出す。城で治療を受けさせるようにと。
兵士は指示を受けると早速アステラを担いで城へと向かった。
次は空だ。やはり今この状況では城が一番安全であることに間違いない。
空も城にお連れしようと横抱きにすると、不意に、空の瞼がぴくりと動いた。
「空様……!」
意識が戻ったかとローレンは空の名前を呼ぶ。けれど空は目を開けず、代わりにうわ言のようにその名を口にした。
「……アリ、ス……」
たった一言、それだけを口にした。
だがローレンには、それだけで十分だった。
「――承知致しました。お任せください、空様」
ローレンは空を抱く手に力を込めると、街の中心部へと足を早める。そこに、アリスはいるはずだ。なんとしても空をアリスに会わせなければいけない。そんな気がしたのだ。
「……それにしても、魔骸の数が多い……」
街の中を駆け抜けながら、ローレンは立ちはだかる魔骸を次々に火の魔法で倒していく。それでも数は減らず、無限に湧いてくるような気さえした。
「これでは時間がかかってしまうな……」
何体目かを倒した時、不意に誰かの泣き声が聞こえた。急いで視線を巡らせると、瓦礫に紛れて女の子が泣いていた。ローレンは慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか? 親はどうしました?」
「はぐれちゃって……」
妹と同じ歳ぐらいであろう女の子は、不安と恐怖で泣いてはいたが、怪我はしていないようだった。ひとまずローレンはほっとするが、見渡す限りその場に他に人はいない。
このままこの子を放っておくことも、アリスに空を送り届けずにこの子を安全な場所に送ることも出来ない。
どうしたものかと悩むローレンは、自身の後ろに近付いてきている魔骸に気付くのが遅れた。
「っ! しまっ……!」
ばっ、と振り向くが、既に魔骸の手は振り下ろされている。間に合うか、とローレンが火魔法を使おうとした一瞬先に、魔骸は真っ二つに斬り裂かれた。
「なあに? ローレン。腕が落ちた?」
切り裂かれた魔骸の間から、レオナが大剣を肩に担いで悠々と歩いてくる。その姿にローレンは安心する。普段はアレでも、レオナは国一番の騎士なのだ。その腕は確かだった。
「言ってることはムカつきますが……助かりました。レオナ」
「だって事実……って! 空っ!!」
レオナはローレンの腕の中の空に気付くと直ぐ様駆け寄る。
「良かったあ! 無事だったのね……!」
レオナにも空が攫われたことは伝えてあった。それはもう心配していて、攫った相手を見つけ次第ぼこぼこにする、と豪語していたものだから、無事な空の姿を見てレオナはほっとする。
安心したように空の頭を撫でるレオナ。その姿をローレンは見て、女の子を見て、最後に空を見つめて、ローレンは決心した。
「……レオナ。ここからは貴方に空様を任せます」
「……へ? ローレンは?」
どういうことなのか、首を傾げるレオナにローレンは続ける。
「私はこの子を安全な場所まで送り届けます。だからレオナ、貴方が空様をアリス様の元へ連れて行って下さい。それにここから先は、私よりレオナの方が適任でしょう」
ローレンが見つめる先、アリスがいるであろう街の中央は多くの魔骸が集まってきていた。
レオナはローレンよりも強い。自分が連れて行くよりも、レオナの方が危険が少ないとローレンは判断した。
「――わかった」
レオナはローレンの言いたいことを理解し、頷く。そして空を俵のように肩に担ぐと、左手で空を支え、右手で大剣を持ち直した。
「この最強の騎士、レオナ・ロウが、必ず空をアリス様のとこに連れて行くわ」
頼もしいその言葉と瞳に、ローレンは口角を上げる。
レオナのこういうところが、ローレンは好ましいと感じる。レオナならば大丈夫だという頼もしさがあるのだ。実際、その強さと頼もしさに何度助けられたかわからない。
「任せましたよ」
だが、本当は、ローレン自身が空をアリスの元に連れて行きたかったという思いもある。アリスにもそう言っていた。
けれど、空ならばどうするだろうかと考えたのだ。
妹と母を命懸けで救った空ならば、この女の子を見捨てることは良しとしないだろう。それはローレンも同じ気持ちだった。
ならきっと、その心に従ったほうがいい。胸を張って空に会うためにも。
ローレンは女の子を抱き上げると、城への道を走った。その重みに少々物足りなさを感じてしまうのは、少しばかりの未練だと自覚しながら。
空が無事にアリスと会えることを願った。
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