第62話 すれ違った想い
ヴィラが姿を消した後、誰が呼んだのか兵士がすぐに現れた。現状を目の当たりにすると担架が持ってこられ、男達が運ばれていく。
アリスは変装はせずに王女としてその場を纏めていた。
私はといえば、何があったのか喋れることは全てアリスに話して、そこからはずっとぼうっとしていた。
体に怪我はないものの、雨と返り血でぐずぐずで、早くお風呂に入りたかった。
アリスとお揃いだったばすのチェックのスカートは、すっかり、汚れてしまっていて。
降り続く雨は、汚れを洗い流してなんてくれなかった。
「ヴィラとのこと、全て話して頂けますか」
その後、部屋に帰ってお風呂を済ませた頃、アリスは私と神様の部屋にやってきてそう言った。
きっと私とヴィラの会話を聞いて不思議に思ったのだろう。二回目にヴィラと会ったことは神様以外には言ってなかったから、当然だ。
もう隠すことではないだろうと、私はヴィラと会ったこと、話した内容も全て正直に話した。
アリスは全て聞き終わったあと、苦々しく言った。
「彼女の様子は普通じゃありません。きっと何か、裏があるはずです。……どうして、一緒に国を出ようと誘われていたことを早く話してくださらなかったのですか?」
「それは……」
それだけ言って、言い淀む。
攻略キャラだから、大丈夫だと思って。その言葉が言えず飲み込む。
だんまりの私と私の言葉を待つアリス。部屋に重い空気が流れると、神様ははあ、とため息を吐いた。
「ここまで来たら、全て話す、というのもアリかも知れんな」
「カミュちゃん……」
「全て……?」
意味が分からないというように、アリスが私を見る。
《全てを話す/話さない》
すると、いつもの選択肢が空中に出た。
アリスを見る。困惑した表情で私を見ている。
アリスに全てを話すのは少し怖い。
信じてもらえないかも知れないし……もしかしたら、国を救う異世界の巫女とは名ばかりで、恋がしたいなんて身勝手な理由でここに来た私に幻滅するかも知れない。
でも神様の言う通り、これ以上の隠し事は難しいように思えた。
それに……アリスにもう、隠し事はしたくないと思った。
私が《全てを話す》を選ぶと、選択肢は消えた。
「……今から話すこと、信じられないと思いますけど……聞いてください」
アリスを見つめる。アリスは姿勢と表情を正すと、真剣な顔でこくりと頷いた。
「私……実は元の世界で死んでるんです」
話はそこから始めた。
死んで、神様と出会ったこと。
神様が好きな世界で恋させてくれると言ったこと。
ファンラブというゲームの説明。そこに出てくるアレックス達攻略キャラのこと。
本当はアレックスのいる世界に行きたかったけれど、神様の悪戯により、この世界に来たこと。
アレックスに会うためには、この国を救い、誰とも恋せずにノーマルエンドで終えること――……。
全てを話すには少し時間がかかった。でもアリスは一言一句聞き逃さないというように真剣に、私の話を最後まで聞いてくれた。
「……だから、私はヴィラのこと、詳しくは知らないけれど一応知っていて……それで、信用、していて……。でもヴィラのルートはプレイしたわけではないので、どうして私にあそこまで固執するのかとか、なんであんなにこの国を悪く言うのかとかは、解らなくて……」
そう言って、瞳を伏せる。
もうこれで、全てを話し切った。結局ヴィラの解決にはならないけれど、これで、私はアリスに何の隠し事もなくなった。
少し、肩の荷が下りたような気持ちで、目線をアリスに戻す。
「あ……」
そして、アリスの顔を見て、私は選択肢を間違えたことを悟った。
「……だから空は……私の名前を、呼んで下さらないのですね」
アリスのこんな顔は、声は、初めて見た。
アリスはレオナやアステラに怒ったり、私を心配してくれたり、色んな表情を見せてくれたけれど、結局いつも微笑んで私を見つめてくれていた。
でも、今は。
伏せられた睫毛は目元に暗い影を落とし、その瞳は、眉は、悲しげに歪んでいる。呟くように出された声は霞んでいて、私の胸を締め付けた。
アリスは、気付いていたんだ。あの夜、アリスに名前を呼んでほしいと言われたあの夜以来、私が彼女に向かって名前を呼んでいないことを。
「私が、空の好きなアレックスと似ているから。……いや、違うか。表裏一体の、同一人物だから。だから、私の名前を呼ばない。私が認められないから。私と居ると、アレックスを思い出すから、重ねるから」
「ちがっ……!」
矢継ぎ早にアリスから告げられる言葉に、私は慌てて否定しようとする。
でも、それを遮るように部屋のドアがノックされた。
「アリス様、お伝えしたいことが」
ローレンの声だ。アリスは短く応える。
「……入れ」
「失礼します。……申し訳ありません、出直しますか?」
部屋に入ったローレンは私達の様子を見てそう言うが、アリスは首を振って立ち上がった。
「いい、今行く」
「待って!」
慌ててアリスの腕を掴む。このままでは誤解されたままになってしまう。せめて弁明と……身勝手さの、謝罪をさせてほしかった。
でもアリスは私の手を取ると、突き放すように、冷たい声を出した。
「……ヴィラは、私の方で捜索を進めます。此度の、人身売買の件も……進捗があれば、伝えます」
「そうじゃなくて……!」
「それから、今日から暫く部屋に帰れそうにありません。申し訳ありませんが、その間はお部屋でカミュ殿とお休み下さい。その代わり、警護は私の部屋と変わらぬくらい万全に配置致しますから、ご安心を」
まるで温度の感じない声だった。いつもの優しい声とも、心配している声とも違う。
愕然としている私を放って、これ以上話すことはないとばかりにアリスは背を向けた。
「それでは、失礼致します」
そうして、ローレンを連れてアリスは部屋を出ていった。
「…………」
ぺたりと、椅子に座り込む。明らかに、間違えてしまった。アリスを、傷付けた。
呆然とする私に、神様が気遣わしげな視線を向ける。
「……空、そう気にするな。アリスのことだ、明日には元に戻ってるだろう」
明らかな気休めだった。あの様子じゃ、このまま関係が修復しないこともあり得るかもしれない。それは、嫌だ。
でもどうすればいいのか分からない。謝ったら許してくれる? ううん、どれだけ謝ったらいいのかも分からない。
それほどに、傷付けた。
逆の立場だったら、と思う。もし、アリスが男の別の私が好きだと言ったら。その人に会うために世界を超えて、今も会うために国を救おうとしてると知ったら。
私はつい、アリスなら、と。アリスなら全てを許して受け止めてくれるんじゃないかと思って、甘えてしまっていた。
「……神様、わたし、」
駄目だ。私、最悪だ。激しい自己嫌悪に涙腺が緩む。くそ、こうやってすぐ泣こうとするのも嫌だ。泣くな、泣くな。でも、目に涙が溜まる。ああ、零れる。
そう思ったとき、神様がふわりと私を抱き締めた。
「もう今日は寝ろ。色々あって疲れただろう。私が傍にいるから、何も心配するな」
優しく抱き締められて、髪を梳く様に頭を撫でられる。零れそうだった涙は、神様の服に吸い込まれていく。
暖かい。私は神様を抱きしめ返す。
「……神様って、子供体温……?」
鼻を啜りながら言えば、神様はくくっと笑った。
「馬鹿を言え。私がナイスバディな美女なのは知っているだろう」
「ふふ、そうだね……」
あったかい。今はこうして、神様の優しさに甘えよう。明日から、明日からまた頑張るから。ちゃんと、アリスと向き合おう。
だから、今だけは。
神様に包まれながら目を閉じる。アリスとまた笑え合えますようにと、願いながら。
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