第84話 涙の再会と巫女の力

「ばかばかばかっ! 神様のばかあああ!!」


 泣きじゃくりながら、神様に縋り付く。優しく背中を叩いてくれる手に増々涙が溢れた。抱きしめても反応がなくて、動かない体を知ってしまったから、余計に。


「……悪かった。私がお前を殺したんだ。如何様にでもしてくれ」


 そう言って、神様は声を落とす。


 私が目を覚ましたら、目の前には神様がいて。驚く私に神様は色々なことを語った。

 死んで生まれ直したこと。この世界に来た理由。そして、私を殺したということ。とっても驚いた。驚いたけど、私にはそんなことどうでも良くて。


「そっちじゃなくて!」


 泣きながら怒鳴る。すると神様は困惑したように眉を下げた。


「じゃあ何をそんなに怒って……」


 その顔がなんだか懐かしい。初めて神様と会った時、死んだことが悲しくて泣きじゃくる私を、神様は今と同じような顔をして困っていた。


 あの時からそんなに経っていないはずなのに、とても昔のことのように感じる。それぐらい、ここでの時間は濃密で、私の人生を、彩った。


 でもその時間は、やっぱり神様もいた上での時間で。私は何よりも、その時間がなくなることが、神様と会えなくなると思ったことが、悲しかった。


「もう私を庇うなんてしないで! 神様が死んだら悲しいし、辛いよ! 大手を振って幸せになんて、なれないよっ……!」

「空……」


 神様は死ぬとき、幸せになれって言った。でも私の幸せは、神様も生きていることが前提だ。

 神様がいなきゃ幸せになんてなれない。もうあんなこと、二度としないでほしい。


 しゃっくり上げながら言えば、神様は眉を下げる。

 いつもは飄々としているのに、私が泣くと弱いのだ。でも泣かせる神様が悪いんだから、存分に困ってほしい。こんなことで、もう私を泣かせないでほしい。


 ようやく収まってきた涙を拭くように、神様の肩口にぐりぐりと顔を押し付けた。小さな神様の体を抱きしめながら、くぐもった声でぽつりと零す。


「……それに、私が死んだのは、やっぱり私のせいだよ」

「何を……!? それは違う! 私が……!」

「神様が運命ってやつに命令したの? 違うでしょ?」


 驚く神様と目線を合わせて聞く。神様は金色の瞳を揺らして、困惑しきりで瞳を伏せた。


「それは、そうだが……」

「じゃあやっぱり、神様のせいじゃないよ。私は私の不注意で階段から落ちた。神様は可哀想な私の願いを叶えてくれた。そういうことでしょ?」


 あの時、階段から落ちたとき、私は徹夜でゲームしたせいで寝不足で。あくびをしたとき、足元が疎かになっていた。

 それは私も認識している事実である。そうして階段から落ちたのだ。たとえそこに運命とやらの意志があったとしても、その状況を作り出したのは私で。


 そして神様は、そんな私に新たな人生をくれた。感謝こそすれど、嫌うなんてことない。だって神様は、私のことをいっぱい助けてくれたのだから。

 命を懸けてまで、私のことを。


「……お人好しの、阿呆が」


 神様が私に毒を吐く。でもその声は震えていて、顔は泣き笑いみたいになっていた。初めて見る顔だ。新たな神様の一面を見れて嬉しくなる。


「お人好しじゃないよ。私は私のやりたいことをやってるだけだもの」


 最初から、全部そうだ。私は自分で決めて動いてきた。誰かに強制されたことは一度もない。だから、神様が気にすることなんて、何にもないのだ。

 笑って神様を抱き締める。戻ってきてくれた温もりに、幸せを感じた。


 


「それで、カミュ殿とは今までどおりに?」


 その夜、アリスの部屋でソファに座り、私は起きてからの事をアリスに話した。


 アリスはどうやら私が眠っている時に同じ話を聞いていたみたいで、驚くことはなかったけれど、私と神様のこれからを心配しているようだった。


 仲が悪そうに見えて、やっぱり二人は案外良い関係なのかも知れない。


「はい。いなくなった方がいいか、なんて言うから、なんでそんなこと言うのって、怒っちゃいました」

「ふふ、目に浮かぶようです」


 アリスは面白そうにくすくすと笑う。私と神様の関係が変わらず続くことに安心したようだった。


 今夜、アリスの部屋を訪れたのはその話がしたかったということもある。けれどその他に、まだ言わなければならないことがあった。


「それから、私が巫女の力が使えなかった理由と、使えるようになった理由を神様と考えたんですけど」

「分かったんですか!?」


 アリスが驚いて私を見る。アリスも気になっていただろうから、ちゃんと話さなければと思ったのだ。

 でも少し……言いづらい内容で、アリスから目を逸らした。


「はい……ええと、でも、その」

「空?」


 アリスが不思議そうに私を呼ぶ。意を決して、隣に座るアリスを見上げた。


「…………キスの、せいだったんじゃないかって……」


 かあっと、顔が熱くなる。アリスは当然意味がわからないというように首を傾げた。


「キス……?」

「……この世界に来た時、その、事故でアリスと……キスを、したじゃないですか」


 この世界に来て、地上に向かって神様と落ちた時。

 私は下の様子が気になって体を地面に向けた。その時、私を抱きとめようとしてくれていたアリスと、事故で唇が触れたのだ。私のファーストキスだった。


 思い出して恥ずかしくなる私と違って、アリスはふふ、と笑うと、私の手に自分の手を重ねた。


「ええ、勿論覚えています。私が空を好きになったきっかけです」


 すり、と撫でられて、増々恥ずかしくなる。私は雰囲気を変えるように、少し声を大きくした。


「そ、それで! その時に、力がアリスに流れたんじゃないかって、神様が……」

「私に……?」


 私は頷いて、神様の仮説を話した。


 まず、私にはこの世界に来た瞬間から、異世界の巫女という役割が与えられたために、当然巫女の力も備わっていた。


 けれど与えらたばかりの力は私の体に定着していなかったのだ。

 そのため、キスをしたその瞬間に、この世界で王女として強烈な役割をもっており、なおかつ魔力の高いアリスに力が流れてしまったのではないか、ということだった。


 けれどこの世界で過ごし、修行もして多少なりとも心身を鍛えたことで、力が定着する土台が出来上がった。

 そのためまたキスをしたときに、元々の力の持ち主である私に、巫女の力が戻ってきた、と。


「何か心当たりはありませんか? いつもと違う感じがしたとか、魔力に変化とか」


 私の質問にアリスは顎に手を添える。


「特にはなかったと思いますが……ですが、強いて言うなら。空が巫女であると確信を持っていたことでしょうか。勿論、空の人となりでそうであろうとは思っていましたが、自信というか、疑いようのない事実を知っているというような、そんな感じでした」

「もしかしたら、私の巫女の力がアリスの中にあったからかも知れませんね」


 私は頷く。アリスがそんな風に感じていたということは、やはり神様の仮説は当たっているのだろう。

 まさかキスで力が流れてしまうなんて、考えてもみなかった。

 アリスも同じように思ったのだろう。くすりと笑う。


「不思議な話ですね。空の力が私の中にあったなんて。……ですが、その力が空に戻ったきっかけは……やはり、」

「そ、ですね……。あのキスがきっかけ、ということになりますね……」


 思い出して、頬が熱くなる。


 一度目のキスは事故で、その時に力が流れた。けれど、二度目のキスは、事故じゃない。

 この世界に意識が戻ってきた時、私は自分の意志で、アリスの唇に触れた。まさかあのキスでまた力が戻ってきていたなんて、不思議な話だ。


 アリスはふふ、と微笑み、少し思い出すように遠くを見た。


「キスから始まったために、私達は色々遠回りをしてしまったんですね」


 アリスの言うとおりだ。キスがなければ、私は初めての魔骸との戦いでこてんぱんにやられることも、その結果疑われたりすることもなかっただろう。

 けれど、それで良かったと、今は思う。


「でも、必要な遠周りだったと思います。初めから巫女の力が使えていたら、もしかしたら、私は大事なことに気づけなかったかも知れません」

「大事なこと?」

「自分自身の未熟さとか、命の大切さ、人を信じる気持ち、信じてもらう喜び……そんな、色々な、大事なことです。それから……アリスのことも」


 アリスを見る。私の言葉の続きを優しい瞳で待ってくれている。

 こんな瞳で、ずっと私のことを見ていてくれていたんだ。愛しさが込み上げて、今度は私から、アリスの手に触れた。

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