第85話 甘くて蕩けるプロポーズ

「私はずっと、恋をしてみたくて。恋する気持ちが知りたくって。それがこんなに幸せな気持ちだったんだって、アリスのおかげで知れました。アリスへの自分の気持ちに気付けた。それが何よりも嬉しいです」


 最初はその気持ちに気づけなかった。女同士だし、元々この世界に来る予定じゃなかったから。

 でも、アリスの美しさ、優しさ、気高さ、その全てに触れるたびに、気持ちは募っていって。

 認めてしまえば、こんなにも、愛おしかった。


「私もです。私も今まで恋なんて知らなかった。けれど、空と出会って、こんなにも、誰かを愛しいと思う気持ちがあると知りました。時には辛くもありましたが……それでも、それも含めて、私は今幸せです」


 アリスが触れた手に指を絡ませる。見つめ合う瞳は蕩けそうなほどに熱い。アリスの青い瞳に吸い込まれるように、顔が近づく。そっと瞳を伏せると、柔らかなアリスの唇が、私のものに触れた。


「ん、」


 思わず漏れた小さな声。それも掬い取るように、アリスの唇が角度を変えてまた触れた。ちゅっ、ちゅっと触れるたびにリップ音が響き、頭がぼうっとする。

 うっすらと瞳を開けると、アリスも私のことを見ていた。青い瞳とキスをする距離で目が合う。熱に浮かされたように、思ったことを口にした。


「……また、力がアリスに流れちゃってたら、どうしましょう」


 心配をしたわけじゃない。ただ何となく、ふと思って聞いてみた。

 するとアリスはくすりと笑って私の腰を引き寄せた。密着する体と、唇にかかったアリスの息に体が震える。


「んっ」


 身悶えすると、アリスの瞳が一層熱くなった気がした。


「その時は、」


 アリスの息が熱い。顎を掬われて、瞳を、顔を、逸らせない。


「――またこうして、キスをしましょう」


 また、甘く、熱い唇が触れる。先程よりも長く、熱く、アリスの体が私を押し倒すように体重をかけてくる。

 熱い、甘い、気持ちいい、幸せ。薄ぼんやりと瞳を開けて、熱いアリスの瞳と目が合う。


 その時、その青い瞳を見てはっと思い出した。


「あっ、アリス……や、待ってっ」


 思い出したからには伝えておきたい。あまり力の入らない腕になんとか少しばかりの力を入れ込めて、アリスの胸を押す。

 けれどアリスは私がこの行為に待ったをかけたと思ったようで、少しばかりむっとした様子で私の腕をとった。


「待ちません。というか、私はこれまでにも随分我満をしてきたと思っているのですが」


 再び顔を近づけてくるアリス。その言葉に少し申し訳なくなる。が、しかし。


「そ、それはごめん……じゃなくてっ!」

「むぐっ」

「聞いてほしいのっ」

「一体何をでふか」


 アリスの顔を押し退けて言う。アリスは不満そうにそのまま問うた。

 ていうか、顔を押されて変顔になってるはずなのに美しいとはこれいかに。美人はこれだからズルい。


 私は起き上がりながら、ポケットからあるものを取り出して、アリスに差し出した。


「……これ、なんだけど……」

「これは……私が渡したループタイですね」


 それは、出会った次の日、アリスとアステラのところに出かけるために用意してもらった青い宝石のループタイだ。

 あの時着ていた服は魔骸との戦いで破れて使い物にならなくなってしまったけれど、ループタイは返そうと思ってずっと保管してあった。


「ずっと返しそびれてて……壊れてはいないんですけど、細かな傷がついてしまったんです。ごめんなさい……」


 戦いの最中、落としたりしてしまっていたので、細かな傷がついていた。頭を下げると、アリスは笑って首を振った。


「そんなこと、良いんですよ。これは空に贈ったものなのですから」

「私に?」

「はい。これは代々王家に伝わっているもので、結婚を申し込むとき渡すんです」

「……え? け、結婚?」 


 アリスの言葉に耳を疑う。私は結婚を申し込まれた覚えはないし、何よりこれを渡されたのは出会った次の日である。アリスはにこやかに続けた。


「はい。私は空と出会った瞬間に絶対に結婚しようと決めたので、先に贈っておこうと思いまして。ですが、流石に初めてあった次の日に結婚を申し込むと引かれてしまうかなと思い……何も言わずにお渡ししました。虫除けにもなるかと思ったんで」

「む、虫除けっ!」


 驚きで素っ頓狂な声を上げてしまう。虫除けという言葉にそういえば、とこれを付けていた時のみんなの反応を思い出す。


 レオナはアリスの女かと思った、とか言ってたし、ヴィラも意味ありげにループタイを見ていた。神様も何かを感づいているように、アリスの好感度が上がらなければいいな、なんて言っていて……。


 数々のみんなの不思議な言動が、これでようやく分かった。

 このループタイを付けて歩き回る、ということ、それの意味を知っている人達にとっては、私はアリスから結婚を申し込まれました、と宣伝して周っているようなものだったのだ。


 なんて独占欲……。あまりの衝撃に、つい自分の体を腕で抱いてしまう。

 けれどアリスは変わらぬ笑顔で、ですが、と続けた。


「これはもう、私達には必要ありません」


 そう言うと、アリスはテーブルにループタイを置く。そして私の手を取った。


「私達には、これがありますから」


 アリスの左手の薬指には、黒い宝石のついた指輪。そして私の手には、青い宝石のついた指輪が、キラキラと光っている。

 私を勇気付けてくれた指輪。きっとそれは、アリスも同じだろう。


 アリスは指輪のある私の左手の薬指にキスをした。厳かに、優しく、愛しく。

 そして、私を見つめた。


「私と、結婚してください」


 それは、プロポーズの言葉だった。

 私は思い出す。それはゲームの、ファンラブのアレックスのプロポーズ。


 アレックスは最後、魔物を倒して国を平和にした主人公を見て、元の世界へと帰ってしまうのだろうと思う。

 主人公を好きなアレックスはそれを引き留めるために、初めて出会った城の屋上で主人公を抱きしめ、元の世界に帰らないでほしいと懇願するのだ。

 でも主人公もアレックスのことが好きなので、帰らないと返答する。

 そしてアレックスは主人公にプロポーズをし、キスをする。


 私はゲームのこのシーンが大好きだった。こんなロマンチックな雰囲気でキスしてみたい。そう思ってた。


 けど、今私はアリスの部屋のソファで、キスはとっくに済ませた上で、プロポーズを受けている。城の屋上でもないし、ロマンチックなシチュエーションでもない。

 けど、でも。


「私も、アリスと結婚したい……!」


 最高に、幸せだ。


「空は泣き虫さんですね」


 感極まってぼろぼろと泣いてしまうけれど、アリスの手が優しく私の涙を拭う。


「……それでも良い?」


 見上げると、アリスはふふ、と、笑った。


「勿論です。泣いている空も大変可愛らしい」

「へんたい……」

「何とでも。空に言われるならご褒美ですね」


 まるで自慢するように胸を張るアリスに可笑しくなる。笑うと、アリスも笑って私のおでこにキスをした。

 すると体をお姫様だっこで抱き上げられる。突然のことに驚いて、私の涙はすっかり止まり、アリスの首に縋りついた。


「な、なに? どうしたの?」

「どうって……先程私はもう待たないと言ったはずですが?」

「えっと、それって……」


 私が、アリスのキスを止めたときだ。確かに話したかったことはもう話した。気持ちも確かめあった。でも、こ、心の準備が……!


 これから起こることを想像してしまい、全身が熱くなる。顔はもう、発火してしまいそうなほどだった。

 アリスは私の真っ赤な顔を満足気に見て、笑った。


「ソファでは、少々手狭です。私のベッドが広いことを、空は知っているでしょう?」

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