第28話 オレンジ色の送り狼
城に帰る前に、私は病院に運ばれた。手足の傷や背中の裂傷の治療を受けて、医師が背中に手を当てて回復魔法をかけてくれる。
この世界における回復魔法は、一瞬で傷や病気が治るようなものではない。薬のように、毎日毎日患部に魔法をかけ少しずつ治していくのだ。
したがってすぐには治らないけれど、何もしないよりは大分治りが早くなる。
回復魔法もかけ終わり、最後に患部にガーゼが貼られ包帯が巻かれて治療は終わった。
「じゃあ、帰ろっか」
私に付き添ってくれていたレオナが私の肩に青色のマントをかけてくれる。アリスが貸してくれたものだ。
あの場の責任者であるアリスは私に付き添うことは出来ず、代わりにと自分の肩からマントを外して私にかけてくれた。
教会で別れるまでは着けていなかったから、きっと戦装束の一つなのだろう。背中が隠れるそれは今とても有り難い。流石はアリスだなと思う。気遣いがすごい。
マントで自分を包むようにきゅっと掴み、うん、と頷く。するとレオナはにこりと笑って私の体を抱き上げた。二度目のそれに少し慌てる。
「レ、レオナ……もう歩けるから、降ろして」
「何言ってるの? 怪我してるんだから、せめて今は運ばせて。ね?」
邪気のない笑顔で言われて、うう、と口ごもる。
色々助けてくれたレオナの好意を無下になんてできなくて、私は頷いた。
「……わかった。ありがとう」
「どういたしまして。ほうら、落ちないように首に手を回して」
「こう?」
言われたとおりにレオナの首に手を回す。するとぐっとレオナの綺麗な顔が近くなって、何だか気恥ずかしい。目線を外そうとすると、ちゅっと鼻先にキスをされた。
信じられないと見上げると、レオナはふふっと笑う。
「うふふ、役得よねぇ」
「レオナっ!」
「あの、外でやってくれませんか……」
医師がげんなりとした顔で言う。私は平謝りで、レオナに抱き上げられたまま病院を後にしたのだった。
病院から出ると、外はもう暗くなっていた。レオナと一緒に馬車に乗り込む。何故かレオナは正面ではなく、私の隣に座った。
「なんでわざわざ隣に……」
「体支えてあげようと思って」
「支えてもらうほど重症じゃないから」
「いいのよお。遠慮しないで」
「もう……」
全く話を聞いてくれないレオナにため息をつく。レオナはふふふと笑って、それ以上は何も言わなかった。
馬車が動き出し、景色が流れていく。走ったら分かったことだけど、思いの外振動がきつく感じた。アリスと乗ったときは気にならなかったから、怪我と疲れのせいなのかもしれない。
もぞりと体を動かせば、トンとレオナの肩が触れた。見上げると、レオナの横顔。正面を向いたままのその顔は何も言わなかったけど、寄りかかっていいよ、と言ってくれている気がした。そっと体重をレオナに預ける。
きっとこれを見越して私の隣に座ってくれたんだ。レオナの暖かさと優しさが、胸に染みるようで。
私はレオナに寄りかかり、正面を向いたまま口を開く。
「……ねえ、レオナ」
「ん?」
レオナがこちらを向く。私もレオナの方を向いて、その瞳を見つめた。
アリスとは違う、ピンクがかった赤い瞳。その髪や瞳もそうだけれど、まるで太陽のような人だと思った。暖かくて、明るくて、勇気づけてくれる。
「ありがとう。魔骸の時も……今も、助けてくれて。まだちゃんとあの時のこと、お礼言えてなかったから……」
真っ直ぐに見つめて言えば、レオナは瞳を細めて微笑んだ。
「……ふふ、巫女サマはイイコね」
「わっ」
良い子良い子と頭を撫でられる。まるで子供のような扱いだ。納得がいかない。
それに、ずっと“巫女サマ”なのも気に入らない!
「……空」
「え?」
ぽつりと呟いたことで、レオナの手が止まる。その手をとって頭から離しながら、もたれかかったままレオナを見上げた。
「……私の名前。私も、名前で呼んでほしい、から……」
子供扱いされて怒るなんて、ほんとに子供みたいだ。途中でそのことに気づき、言いながら恥ずかしくなってくる。段々語尾を小さくしながら、うう、と俯いた。
すると、レオナが震えていることに気づいた。体を通して伝わるそれに不思議に思い、レオナの方を見ようとして――。
「っっっもうっ!」
「ひゃあ!」
急に、抱きしめられた。そしていとも簡単にレオナの膝の上にお互い向き合う形で座らされる。なんて早業。馬車の中狭いのに!
「すっごくすっっごく可愛いんだから! こんなに可愛くてどうするの!? もう心配……!」
「ちょっ……! は、はなして……」
レオナによってぎゅうぎゅうに抱きしめられる。離そうとしても手の平が痛くて力は出ない。
レオナはレオナで、私の背中の傷には手を触れないように抱きしめているのが実に見事だと思ってしまった。
「離したくないなあ……お城に帰したくない……アリス様に変なことされてない? 大丈夫?」
「へ、変なことって……」
「……もしかして、お手つきされちゃったの……!?」
「お手つきっ!?」
ぐいっと肩を押されて、抱きしめる形からまた向き合う形になる。驚くレオナだが、レオナの言ったことに私の方が驚く。
変な勘違いしないでほしいっ! そんなことされてないから! み、未遂だから……!
「怪しいと思ってたのよ……このループタイ、意味ありげだなあとは思ってたの……これって、そういうこと?」
私の首元のループタイを、レオナはちょんとつつく。ちゃんと結び直したそれは首元で淡く光っている。
でもレオナの言う意味がわからず、はてと首を傾げた。
「そういう?」
「アリス様の女って意味」
「なっ!?!?!?」
さらりと告げられた言葉に、体中の血が顔に集まってくる気がした。
なんでそんな意味になるの!?
顔を赤くして口をぱくぱくする私をレオナは胡乱な瞳で見つめる。
「真っ赤……怪しいぃ」
「ないないっ! そんなことあり得ない!」
「ふぅん……あり得ないの?」
「だって、女同士だし……まだ会ったばっかりだし……」
もごもごと言えば、レオナはなあんだ、とため息。
「なぁに? そんなこと?」
「そんなことって……」
「恋に出会った日数なんて、ましてや性別なんて関係ないの。でもまぁ、まだアリス様が手を出してないなら――」
言って、レオナはさらりと私の髪を掬った。そしてちゅっとそこに口づけ、私を見て楽しげに瞳を細めた。
「私にも、脈はあるのかしら?」
「え、ええ……!」
かあっとまた顔が赤くなる。顔だけじゃなくて、体中が、心臓がドキドキと早鐘を打ち始める。レオナはそんな私の様子を見て微笑んだ。
「ふふっ、かあわいい。ね、空はお付き合いした経験、ある?」
そんなものはない。だからここに来た。でも、こんな展開は予想外でして……!
「ない、けど……あっ、どこ、触って……!」
正直に答えれば、するりとスカートの中にレオナの手が伸びた。大剣を振るっていたとは思えないほど優しい手付きで太腿を撫でられる。
止めようとその腕に手を伸ばすけど、怪我のせいでただ掴むだけになってしまう。
「それでこんなに
私を支えている腰の手もつつつと怪しげに動かされ、背筋がぞくぞくとした。身をよじると、元々先程からズレかかっていたアリスのマントが私の肩からばさりと落ちる。
「ふっ……だめ、だって……ん、」
まずい、このままじゃまずい!
頭ではそうわかっているのに、怪我のせいで押し返すことも離れることもできない。
どうすればいいか分からず、レオナの腕を掴んでない方の手でレオナの首に縋りついた。
レオナはふふ、と笑って、私の耳元に唇を寄せる。
「声、かわいい。もっと聞かせて?」
声が、吐息が熱い。こちらを見上げるレオナの瞳は燃える炎のようで、熱さでどうにかなりそうだと思った。
「やだぁ、まっ、やっ、」
「空……」
太腿を触っていたレオナの手が、つーっと上にのびていく。レオナに縋る手に力がこもって、レオナがはあ、と熱い息を吐いた。
その時だった。
「随分お楽しみだな? レオナ」
「ふぁ……」
「やっば……」
バンッと馬車の扉が開いて、そこには笑顔のアリス。
いつの間にかお城に着いていたらしい。多分、迎えに来てくれたんだと思うんだけど……笑顔だけど、笑顔じゃない。
「さあ、空。そのケダモノは放っておいてこちらに」
「は、はい」
私をさっと支えて負担をかけないように馬車から降ろすと、落ちていたマントを拾う。そしてアリスは馬車の中で固まるレオナに冷たく言い放った。
「降りろ」
「はい」
レオナはすぐに馬車から降り、自然に正座した。アリスはレオナを見下ろす。
「空を部屋に送ってくる。お前は暫くそこで待っていろ。良いというまで中に入るな」
「え、あの、私今日色々頑張ったからすっごくお腹すいてるんだけどぉ……」
「待っていろ」
「はあい……」
有無を言わさないアリスの態度に、レオナは渋々返事をする。
「空、行きましょうか」
「ひゃい……」
私の肩にマントをかけ、腰に手を当てにこりと微笑むアリスになんとか返事をする。怖い。
「ローレン、そこの色情魔を見張っていろ」
アリスは振り返り、後方に待機していたローレンに指示を出せば、ローレンは綺麗に腰を折ってその指示を受け取った。
「御意に」
「ちょっとローレン〜」
「諦めて下さい。レオナが悪いですよ」
二人の声を背中に受けつつ、城の中へと入る。怖くてアリスの顔は碌に見れなかった。
レオナのせいなのに! レオナのせいなのにっー!
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