第29話 ただいま
城の中を二人並んで無言で歩く。沈黙が怖い。
ちらりとアリスの様子を窺ったけれど、アリスは真顔で歩いていた。
ファンラブのアレックスを思い出す。彼は優しく紳士的だったけれど、嫉妬深くもあった。
アリスもその通りなのだとしたら、今物凄く怒っているのでは……? だって好感度87だし……。
ああ、顔が良い人の真顔って迫力があって怖い。
ちらちらとアリスの横顔を窺いながら歩いていると、私の部屋に近づいてきたところでアリスとばちりと目が合った。ドキッと肩がびくつくと、それを見たアリスの目が見開き、ぴたりと足が止まる。
「――申し訳ありません。良くない態度でしたね。空を怖がらせるつもりはなかったのですが」
そう言って眉を下げるアリスに、私は慌てて手を振った。
「いえいえ、そんな! 謝らないでください!」
「空に対して怒ってはいないのですが……ただ、レオナのことを考えていたら……嫉妬で少々、口数が少なくなってしまいました」
はっきりと嫉妬と言葉に出し、アリスはにこりとほほ笑む。こ、これが好感度87の嫉妬……! なるほど怖い!
「あの、さっきのは、お気になさらず……」
「気にします」
おずおずと申し立ててみるけれど、アリスはほほ笑んだまま一刀両断する。そして私と距離を詰めようと近づいてくるものだから、自然と足が後ろへ下がる。
気づいた時には肩が壁に触れていた。
「レオナに何をされたのか、事細かに話して頂けますか?」
アリスがトン、と私の両側に手を付く。壁とアリスに挟まれて逃げ場がなくなってしまった。
これは、夢にまで見たシチュエーション!
修羅場ではあるものの、定番シーンに胸が高鳴る。でも状況が怖すぎるよー! もっと甘い雰囲気でされたか……って! いやいや、まず最初に相手の性別が違うから! どれだけ顔が良くても気をしっかり持て私!
アリスの美しい
「レオナの膝の上に、乗っていたでしょう?」
近くなるアリスの綺麗な青い瞳に、たまらず視線を逸らす。
「あ、あれはレオナが勝手に抱き上げて……!」
「やっぱりそうですかあの女」
もごもごと答えれば、アリスはため息を吐いて眉をひそめた。
アリスってあの女とか言うんだ……そうなんだ……。
乱暴な言葉遣いと顔のギャップに驚いて見上げていると、アリスはハッとして誤魔化すように咳き込んだ。
「他には?」
「ほ、ほか……その、腰、と、ふ、太腿を、ちょっと触られ」
「レオナに一発焼き入れて来ますね」
私の言葉を遮り、アリスは腰の剣に手をかけると元来た道を戻ろうとする。慌てて体ごとアリスの腕に縋りついた。
「いいんですいいんですー! それだけなので! ほんっとにそれだけだったので!」
「それだけっ⁉ だけ、じゃなくて、そんなことも、ですよ!」
放してください! レオナに制裁を加えなければ! と声を荒げつつも、決して私の体を乱暴に引きはがそうとしないアリスに優しさを感じつつ、なんとか止めようと言葉を続ける。
「で、でも! レオナはきっと私のことをからかってただけですよ!
だってレオナの好感度は50だ。本気のわけはない。
ゲームでも遊び人で、よく主人公をからかっていたから、それと似たようなものだろうと思う。……まあ、ゲームではあそこまではされなかったけど……。
確かに馬車でのことは色々恥ずかしかったし、私だって多少は怒っているけれども、それ以上にレオナには恩義を感じているし、どうせ本気じゃないからまあ大丈夫だろうとの安心もある。
少なくとも、アリスに嫉妬でどうにかされてしまうのは申し訳ないとの思いがあるのだ。
私の言葉にアリスは剣から手を下ろしたけれど、今度は言い聞かせるように私の肩に手を置いた。
「……いいですか、空。そんなことを言っているからつけ入れられるんです。もっと毅然とした態度を取らなければ、相手はもっと増長して――」
「なんだ、自己紹介か?」
アリスの言葉を遮る声。まるで久しぶりに聞いた気がするようなその声に、私は勢いよく振り返る。
そこには、思った通り、金色の髪の美少女が尊大に立っていた。
「遅いから迎えに来てやったぞ」
「か、ミュちゃん!」
神様、とつい言いそうになって慌てて訂正し、いてもたってもいられず駆け寄る。
「あ、あのね、あのね、その……」
話したいことは色々あった。でも色々ありすぎて言葉が出てこない。
もごもごとする私を見上げて、神様はおいでおいでと手でサインをする。多分しゃがめって言っているんだろう。
指示の通りにしゃがめば、ふわりと、神様の小さな手が私の頭にのせられた。
「話は大体聞いた。よく頑張ったな」
多分、先に城に戻っていたアリスから聞いたんだろう。神様は優しい笑顔で頭を撫でてくれる。
神様に頭を撫でられるのはこれで二回目だ。あの時、私は泣いてしまっていて、今みたいに神様が頭を撫でてくれた。変わらない暖かさに何故だか涙が込み上げてくる。
「うん……うん、」
私は何も言えずに、ただ頷いた。視界がぼんやりとしていて、今にも涙が零れそうで。
それでも、神様がほほ笑んで腕を広げてくれたことはわかった。
「お帰り、空。よく帰ってきた」
「かみ、さま」
ぎゅうと抱きしめられて、言葉とともにぽつりと涙が零れた。そっと神様の背中に手を回す。暖かい。
ぎゅっと神様の服を握りしめれば、手のひらがじんと痛んだ。でも、そんなことも気にならないくらい、安心感に包まれていた。
帰ってきたんだと思った。帰ってこれて、よかったと思った。
「う、うわああああん!」
神様を抱きしめて、ついに堪えきれなくなって声を出して泣いた。神様は子供をあやすようにぽんぽんと背中を優しく叩いてくれる。
「偉かったな。駆けつけてやれなくてすまなかった」
「わたし、わたしっ……怖かった、すっごく怖かった……!」
死ぬかと思った。死んじゃってもいいやって思うぐらいに怖かった。魔骸も、巫女の力が使えないことも、全部が怖かった。
神様は私の言いたいことをわかっているように、ああと頷いた。
「ああ、わかってるさ。怖かったな」
「でもがんばったよ……! わたし、いっぱいがんばったよお!」
「ああ、お前はすごかった。いっぱい頑張ったな。よしよし、沢山泣け。体の水分のことは心配するなよ、水は後で沢山持ってこさせる」
泣いているときに体の水分のことなんて普通は心配しない。でもそんなことを言うのも、持ってくる、じゃなくて、持ってこさせる、って言うのも、神様らしくて、少し笑って、また泣いた。
神様はずっと、私のことを抱きしめてくれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます