第30話 これまでのこと、これからのこと
「後ほどメイドに食事を持たせます。あとは部屋でゆっくり休んでくださいね」
そう言って、私と神様を部屋まで送り届けてくれたアリスはマントを持って廊下の奥に消えていった。
部屋には目を真っ赤に腫らせた私と、いつも通りの神様が残される。それから、通りがかったメイドさんに神様が言って持ってきてもらった、容器いっぱいに入った水。
有言実行の神様にふふっと笑って、遠慮なくコップになみなみ注いで飲んだ。疲れた体に水がしみる。神様は満足そうに頷き、椅子に腰を下ろす。
「巫女の力が使えなかったらしいな?」
さて、と言うように平然とこちらを見る神様に驚く。こうも簡単に本題に入るとは恐れ入る。
「ぶ、ぶっこむね……」
「回りくどいことをしてどうなる。それで? 状況を詳しく聞かせろ」
まあ、神様の言うことももっともだ。私は一つ頷くと、神様と同様に腰を下ろした。
「わかった」
じゃあせっかくだから最初から話そうか。少し長くなるけど、と前置きして、私は神様と別れた時のことから、順を追って説明を始めた。
馬車でのこと、教会でのこと、ヴィラと会った時のこと。
と、ここでそういえば神様に言ってやりたいことがあったんだ、と思い出した。
「神様、私隠しキャラが出るって聞いてなかったんだけど! 出るなら出るで言ってくれればいいのに!」
むっと思い出して怒れば、神様は、ははっと笑う。
「言ったら面白くないだろう。驚かそうと思ってな」
「やっぱり、そんなところだろうと思った……。隠しキャラ楽しみにしてたのに、ネタバレショックだったんだからね……」
「はいはい。良いから続けろ」
「もお……」
不完全燃焼ではあるが、しょうがない。話を続ける。
南門の破壊、そして魔骸との対峙。巫女の力が使えなかったこと。最後に、レオナに助けてもらったこと。
そこまで話し終えて、神様は腕を組んだ。
「なぜ力が使えなかったのか、まるでわからんな」
「え、神様でもわからないの?」
「ああ。空は紛れもなく異世界の巫女であり、この世界の巫女だ。その前提でこの世界に来たからな。だから当然、力も使えるはずなんだが……」
うーんと唸る神様に驚く。神様でもわからないことがあるのか。でも同時に、ほっと安堵した。
私はこの世界にいていいのだ、と。
「……よかった。私、本当にこの世界の巫女なんだね」
「だからそう言っているだろう」
何を当然のことを、と神様が私を見る。へへ、と笑って、魔骸と対峙した時のことを思い出して、うつむいた。
「だって、力が使えないってことは、私は偽物で、本物が本当はここに来るはずだったんじゃ、なんて思ったりもしたからさ。もし私が偽物なら、どうしたらいいんだろーって思ったから……」
本物を呼ぶために、死ぬしかないのでは。そう思ったあの時を思い出す。目を閉じると真っ暗で、底のない、魔骸の目を思い出した。
と、神様が立ち上がった音がして、すぐに私の顔が上げさせられる。見上げた神様は少し怒った顔をしていた。
「空、お前が異世界の巫女だ。お前以外にはいない。この国を救う力も当然ある。わかったな?」
キラキラの髪に、キラキラの瞳の美少女が怒って私に同意を求める。私は笑って頷いた。
「うん」
もう迷わない。私の道は決まっているのだ。この国を救って、ノーマルエンドを目指す、と。
とはいえ、どれだけ考えても私が力を使えなかった原因が分からず、二人で首を捻る。
すると、部屋のドアがノックされた。さっきアリスが夕飯を持たせる、と言っていたから、きっとそれだろうとドアを開ける。
だけれど、部屋に入ってきたメイドさんが運んできたのは、暖かいお湯と清潔なタオル、そして包帯だった。彼女は微笑んで言う。
「お夕食の前にお身体を清潔にしたほうが良いかと思いまして……空様はお怪我をなされているので、私がお拭きしますね」
そう言って近づいてくるメイドさんに私は大きく首を振った。
「いえいえいえ! 自分で拭くので大丈夫です!」
相手は仕事だから言ってくれているのはわかってる。でもやっぱり、恥ずかしい!
それに、私のことで仕事を増やしてしまうのは申し訳ないのだ。動けないほどの大怪我ならまだしも、私には擦り傷ばかりで、背中の傷も見た目ほど酷くない。
手の平だって、強く握らなければ問題ないのだ。そこまでしてもらうのは気が引けた。
でもメイドさんは眉を下げて痛ましそうに私を見る。
「ですが、手もお怪我されているのに……」
「自分の体を拭くぐらいなら大丈夫です! こんなことでお手を煩わせるわけには!」
「お気になさらないで下さい。アリス様からも良くするようにと申し使っておりますから」
「で、でも……!」
もしかしたら、私が断ったりしたら彼女がアリスから怒られたりするんだろうか? いやいや、アリスはそんな人じゃない。それに彼女は私のためを思っているわけで……。
そんなことをごちゃごちゃ考えていると、神様がふむ、と頷いた。そしてにこやかにメイドさんを見る。
「気にするな、メイドよ。私がやっておこう」
「え⁉」
「カミュ様がですか?」
驚き声を上げる私と、まあ、と口に手を当てるメイドさん。神様はメイドさんにこっくりと頷く。
「ああ、この姉はなにぶん恥ずかしがり屋でな。だが、身内の私になら惜しげもなく肌をさらせることだろう。だから後は任せろ」
何を言うんだこの幼女は。
べらべらとよく回る口を呆気にとられながら見ていると、メイドさんは、あらそれなら、と頷いた。
「そういうことでしたら……お任せしますねっ」
「ええ⁉」
はい、と神様にタオルを渡すメイドさん。信じちゃったよこの人!
こうなっては、神様にやってもらうよりメイドさんの方が数千倍マシである。
「私、やっぱりメイドさんにやってもらおうかなぁ!」
はーい! と手を上げたけれど、神様はにこりと笑って座る私の肩に手を置いた。
「遠慮するな。こういうときこそ、助け合わなければ、な」
嘘をつけ! その顔に面白そうだからやってみよう、って書いてあるぞっ!
うぎぎと唸るが、メイドさんは微笑ましいものを見た、というように微笑んだ。
「うふふ、ご姉妹仲がよろしくて素敵ですね」
騙されてますよー!
そんな私の心の声は届かず、ついにメイドさんは頭を下げて出ていってしまった。
残された私の肩を、神様がぎゅっと掴む。恐る恐る見上げたその顔は、あくどい笑みを浮かべていた。
「さあ、空? 脱げ」
「い、いやあああ!」
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