第27話 茜色の空の下
安心感から脱力していたためか、疲れ切っていたためか、私は何も言えずにぽけっとレオナを見つめる。
すると大勢の人の足音や馬の蹄、甲冑の音が聞こえてきて、辺りはすぐに駆け付けた兵士でいっぱいになった。
「大丈夫ですか!」
私のもとに駆け付けた兵士に声をかけられ、ハッとする。すぐに後ろにいる親子に顔を向けた。
「私は大丈夫です。それより、彼女達をお願いします。お母さんの方は足を怪我して動けない状態です」
「わかりました!」
数人の兵士が親子のもとに向かう。これでもう大丈夫だろう。適切な治療を受ければ、きっとよくなるはずだ。
「良かった……」
ほっとして、でもすぐにここにいれば搬送や治療の邪魔になるだろうと思い至った。どこか端によっておこうと立ち上がろうとして、まるで体が動かないことに気づく。
「あ、あれ」
体に力が入らない。手をついて立ち上がろうとして、その手もぶるぶると震えていることに気づいた。
「……情けない」
自分には戦える力があると、この世界を救えると思っていた数十分前までの自分が滑稽に思えて、小さく笑う。
すると、不意に頭上に影が差した。見上げるよりも早く、ぐいっと抱き上げられる。
「わっ」
「情けなくなんてないでしょ?」
「ロウさん……」
お姫様抱っこで私を抱き上げ、レオナがぷうっと頬を膨らませる。
「レオナって呼んで! 堅苦しいことは嫌いなの」
「れ、レオナ……」
「うん、良い子」
ふふっと笑って、私のおでこにちゅっとキスをする。びっくりはしたけど、どうにもいつものようにドキドキしたり慌てる気持ちにはなれなくて、私は曖昧に笑った。
レオナは優しい表情で微笑む。
「とってもかっこよかったよ、巫女サマ。私、好きになっちゃうかと思ったもの」
「……慰めてくれるんだね。ありがとう」
そっけない私の返しにレオナは目をぱちくりと瞬かせる。
命を助けてくれた相手にする態度ではなかったかも知れない。でも、私は本当にかっこよくなんてなかった。結局二人を逃がすこともできず、魔骸を倒すことも出来ず、レオナがこなければあのままあそこで皆死んでいた。
――結局、私はいつも口先だけなのかも知れない。
震える指先を見つめる。これは、きっとその力のない私の証だ。
「空っ!」
不意に、私を呼ぶ声が聞こえた。顔を上げると、馬から降りてこちらに走ってくるアリスの姿が見える。髪を振り乱して、とても焦った表情。優雅なアリスらしくない様子だった。
「空! ああ、無事でしたか……! 良かった、本当に良かった……!」
私のもとに来るなり、アリスは泣きそうな顔で私の頬を触る。まるで存在を確かめるようにそうしたあと、ぎゅっと私の手を強く握った。
「痛っ」
「! 怪我を⁉」
でも突然のするどい痛みに私は顔を歪める。アリスも驚いて私の両手を開いた。
散々転んだり木の棒を力強く握ったりしたせいだろうか。手のひらは赤く、擦り切れ、皮がめくれているところもあった。
どうりで手を握られて痛いわけだ。今まで気づかなかった。
「なんてことはないです。ちょっと擦りむいたりしただけで……」
そう言ってみるものの、アリスはくまなく私の体を確認した。
服はぼろぼろで、魔骸の手がかすった背中は大きく服が裂かれて背中には裂傷があった。腕も足も擦り傷だらけで血がにじんでいる。
「こんな……」
アリスが眉間に皺を寄せる。私は俯いて頭を下げた。
「……ごめんない。言われたことを聞かずに、勝手なことをして」
「そんな、謝ることはありません! 私の方こそ、空を守ると言ったのに……こんな怪我を……」
「あはは……みっともないですね……」
「そんなこと……!」
自嘲する私にアリスが首を振る。
私が自分を卑下するものだから、気を使わせている。それがわかっているのに、口は止まらなかった。吐き出したくて、自分を傷つけたくてしょうがなかった。体のいい自傷行為だ。
「だって、結局私は何もできなかった。全部、レオナが――」
「そういうの、止めた方がいいと思うなあ」
ゆっくりとした口調で、レオナが私の言葉を遮る。いい加減怒ったのかと思ったけど、見上げたレオナは意外なほど優しい顔をしていた。
「自分を傷つけたところでなんにも変わったりしないものよ。それに、巫女サマを心配してる人を同じぐらい傷つけることになるんだから」
レオナの言葉にアリスを見る。アリスはどこか泣きそうな顔をしながら私を見ていた。
もしかしたら、私と同じぐらい自分自身のことを責めているのかも知れない。私が自分に酷い言葉を吐けば吐くほど、それがアリスへの言葉にもなっていたのかも。
何も言えないでいる私に、レオナがほほ笑む。
「巫女サマは、みっともなくも、何もできなかったなんてこともない。巫女サマがあの親子を守ってなければ、とっくに二人は死んでたんだから」
「……でも、私は、」
レオナの言うことはよくわかった。でもやっぱり、私は自分が情けなかった。俯く私にレオナは続ける。
「んー。そういう謙虚なところも可愛いけどお……頑張った時は頑張ったって自分を褒めてあげなきゃ。自分が可哀そうよ?」
「褒める……」
「それに、ほら」
レオナが前方を見て言う。私もつられる様にそこを見て、目を見開いた。
「お姉ちゃん!」
先ほどの子供だ。離れた場所に移動していた私の方に駆け寄ってくる。レオナがそっと私を瓦礫の上に座らせてくれた。
女の子は私のもとに来ると、力いっぱい私を抱きしめてくれる。
「ほんとに、ほんとにありがとう! お姉ちゃんのおかげで、私も、おかあさんも、生きてる……! ありがとお、お姉ちゃんっ! ありがとお!」
泣きじゃくりながら、女の子は精一杯のお礼をくれる。お礼を言われることは何もしてない。私達を助けてくれたのはレオナだ。
でも。一緒に瓦礫をどかしたこと、背中に二人の命を預かっていたことを思い出す。
あの時確かに、私は二人の力になれていた。ううん。それ以上に、二人がいたから、私は頑張れた。
何より、貴方の声を聞いたから。私はここにいる。
「……私のほうこそ、ありがとうっ……」
今まで流れていなかった涙が、頬をつたった。女の子の背中に腕を回して、抱きしめる。暖かい。生きてる。
あの、私が全てを投げ出そうとしたとき。あの時この子の声を聞かなければ、私は今ここにいない。全てを諦めて、逃げ出して、とっくに死んでいただろう。
この子のおかげで、私はここにいる。
ぎゅうと抱きしめあっていると、母親を乗せた担架が横を通り抜けようとした。母親は待ってください、と兵士を止める。
そして私に手を伸ばしてくれて、手を握ってくれた。
「あの時、私達を助けるっていってくれて、ありがとうございました。おかげで、まだまだこの子と一緒にいられます……!」
力強い手だ。この手に、私は気付かされて、前を向くことができた。
女の子の頭を撫で、母親は涙する。私はただただ、泣きながら頷いた。
「はいっ……はい……!」
泣きじゃくりながらお互い手を握る。私達はお互いを生かして、生かされた。みんなで勝ち取った“生”ならば、自分を責めるのは違う。
私はよく頑張った。ああ、頑張ったんだ。
見上げた空は、すっかり茜色に染まっていて。いつの間にか、手の震えは止まっていた。
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