第4話 初めからスタート
それってつまり? アレックスと会えるってことでは? そんな、まさか!
「そ、そんなことできるんですか!」
座る神様の足元に飛びつくように縋りつき、神様を見上げる。すると神様はふんぞり返ってふふんと偉そうに笑った。
「できる。私は神ぞ」
「ひええええ! 神様しゅごい!」
「はは、当たり前のことを」
「でもでも神様? ファンラブって知ってます? ゲームの世界なんですけど……」
ふんぞり返る神様に一抹の不安を感じて尋ねる。
ファンラブって神様も言ってるけど、そもそもそれがどんな世界なのか神様は知っているのだろうか?
別時空の世界、とかならまだしも、人間が作ったゲームの世界になんてどうやって……。
そう思ったのだが、神様はさも当たり前のように手を差し出した。
「これだろう?」
「あ! Switch!」
どこから出したシリーズ第三弾である。いつの間にか神様の手には乙女ゲーム御用達のSwitchが出現していた。私もその出現させる力欲しい。
「この世界に行くことなど、造作もない」
「すごい……どういう理論……」
「世界は膨張しながら増殖を続けているからな。様々な世界が無限にある。その中に人間が作った世界が息づいていても不思議はないのさ」
「うーん、わからん」
「理解は出来なくてもしょうがない。お前は今まで一つの世界でしか生きてこなかったんだからな」
首を捻る私に、神様はさもありなんと頷いた。
神様の言う通り、理解はできないけどゲームの世界に行けることはわかった。でもそんなことが出来るというのなら、私にはファンラブの世界よりも行きたい場所がある。
「神様、私ファンラブの世界に行けなくてもいいから、元の世界に帰りたい。それは出来ないの?」
両親に会いたい。今の私には、ファンラブへの思いよりもそちらの気持ちの方が大きい。
アレックスにはゲームを起動すればいつでも会える。でも家族は、今までの日常はそうはいかない。もう一度生き返って今まで通りの普通の毎日をおくりたい。それが今の私の一番欲しいものだ。
でも神様は、無情にもその首を振った。
「無理だ」
「そんな……」
「さっきまでいた世界でお前は既に死んでるからな。どうすることもできない。もし仮に帰れたとしても、死んだ事実は消せないからゾンビになるようなものだぞ」
ゾンビと言われ、火葬場で私が突然起きて周囲を襲い始めるイメージが浮かぶ。もちろんゲームや映画のように襲ったりはしないだろうけど、体は死んだまま心が生きてるってかなり辛いかも……。
ぞっとして首を振る私に、神様は笑ってSwitchを振ってみせた。
「そこでこれだ。別の世界ならまだ死んだ事実がないからやり直せる」
「やり直し……」
繰り返す私に、神様は優しい顔で頷いた。
「向井空。此度の突然の死、随分運命を呪ったことだろう。――かわいそうにな、」
神様はそう言って、本当に憐れんでいるように目を伏せた。
逆に私は首を捻る。私が死んだのは私の不注意であって、運命を呪ったりなどしていない。むしろ私の愚かさの方が腹正しいが、それも込みで運命だというのなら運命のせいなのか……?
うむむと考え込む私に気づいてか、神様はぐしゃぐしゃと私の頭を撫でる。神様の手が私の頭から離れたころには、神様は自信あり気に笑う顔に戻っていた。
「そこで! かわいそーなお前のために、この
神様は立ち上がり、私をビシッと指さす。私も立ち上がって勢いよく頷いた。
「はいっ! 私、ファンラブの世界で生き抜きます!」
これから私はファンラブの世界で生きていくのだ。このまま何もないまま死んでいきたくないから。
恋を、してみたいから。
お父さん、お母さん。最後まで馬鹿な娘でごめんなさい。もう会えないけど、私は別の世界でせいいっぱい生きていきます。
だからお父さんとお母さんも、どうか元気で。
そうして決意を新たに目に涙を溜めていると、神様に思いっきり背中を叩かれた。
「いっっ!」
「よくぞ言った!」
「痛いんですけど!」
「怒るな、私からの激励だ」
感傷に浸っていたところに激痛を負わされて恨めしく神様を見るが、神様は意にかえさずどっかりと椅子に座りなおした。そしてSwitchを起動させる。
何をするんだと神様の横から覗くと、ちょうどファンラブのOPが流れ出した。
「わあ! 神様いいなあ、私もやりたい。まだ攻略してないキャラがいてさあ」
「何を言っている。お前は今からこの世界に行くんだろう」
「あ、そうでした」
私はへへへと笑ってOPを見る。軽快な音楽とともに攻略キャラとそのスチルが流れていく。どのキャラもカッコよくて、スチルでは主人公に迫ってたり、抱きしめてたり、ときめくスチルばかりだ。
今から彼らと生身で会うのかと思うと、嬉しいやら緊張するやら。
と、そう考えて私はふと思う。私に本当に恋愛ができるのだろうか? と。
仮に恋は出来たとして、というかほとんどアレックスに既に恋してると言っても過言ではないかも知れないけど。
だとしても、だ。アレックスが私を好きになってくれるかどうかは別である。相手は一国の王子でしかも超絶イケメンだ。私など相手にされる気がしない。
ていうか私はファンラブの世界でどうやって生きていくの? 仕事は? 家は? 生活は? あれ? もしかして別の世界で生きていくってだいぶ無謀なのでは……?
私は神様の肩を急いで揺する。
「ちょっと神様神様」
「なんだ、揺するな、うっとおしいぞ!」
「急に怖くなってきたんですけど……私はファンラブの世界でやっていけるかな……」
「なんだ、先ほどの決意はどうした」
「だって、私これといって特技ないし、どうやって向こうで生活していけばいいのか……それに男の人と碌に喋ったことないのに、恋なんて、ましてや幸せになんてなれるのかな……」
私が不安を吐露すれば、神様は合点がいったように頷いた。
「ああ、そうか。お前男が苦手なのか」
「う、頭の中読んだな……でも話が早くて助かります……」
神様はふうんと言うと、顎に手を当て何かを考える。
私としては、今まで私が出会った男性とアレックス達が同じだとは勿論思っていない。何せ彼らの人となりはゲームを通して知っているのだ。良い人ばかりなのは百も承知。
でもそれはそれ、これはこれ。いくらアレックス達だからとて、目の間に立たれてしまえば苦手意識が生まれてしまいそうで怖い。それでは今までの人生と何も変わらない、また恋のない生活がスタートするだけだ。それでは意味がない。
どうしたものかと考えていると、神様がぽんと膝を打った。
「良いことを思い付いたぞ!」
「ほう!」
一体どんなことを思い付いたのか。楽し気な神様に続きを促すが、神様はにんまりと笑って人差し指を唇に当てた。
「ついてからのお楽しみだ」
「えー!」
抗議の声をあげるが、神様は上機嫌のままゲームを進めようと画面に目を落とした。話してくれる気は全くないらしい。しょうがないと私も画面を見る。
短い時間だが、神様の性格がわかってきた。こうなっては喋ってくれないだろう。
画面では、OPは既に終わっていてタイトル画面に移行していた。神様は《初めから》を押してゲームをスタートさせる。
そこでふと、私の生活のことが解決していないことを思い出した。ファンラブの世界でどうやって生きていくのか。これも重要なことだ。
私はまた神様の肩を揺すった。
「神様神様」
「ええい、なんだ! 揺するなと言っているだろう!」
「だって、私がどうやってファンラブで生活していくのかが解決してない。ここを詰めないと私、向こうの世界で今度は餓死とかで死んじゃうよ」
切実な問題だ。だというのに、神様は呆れたような声を出した。
「何を言っている。その心配は微塵もないだろう」
そして画面に再び目を落とす。ゲームでは名前入力画面が現れていた。
「微塵もってことはないでしょう。働いたりしなきゃ恋どころか生活もままならない――」
神様がボタンを押してポチポチと名前が入力されていく。その画面を見ながら神様に話しかけていたのだが――入力された名前を見て、私の思考も喋る口も止まった。
そこにはこう表示されていた。
《苗字:向井》
《名前:空》
「え?」
呆ける私に、神様は呆れた調子で続けた。
「さっきから何を勘違いしているのか知らんが、主人公は空、お前だろう」
「……わ、私っ⁉」
「このゲームの主人公がくいっぱぐれることなどあるものか」
そう言って神様は決定ボタンにカーソルを合わせた。これを押せば文字通り世界が変わる。そう直観した私は神様を止めようと手を伸ばす。
「待って、心の準備が!」
「決・定!」
だがしかし、私の手は届かず、神様が高らかに宣言するとボタンが押され――あたりが光に包まれた。
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