第34話 アリスと歴戦の将軍

「待たせたな」


 円卓の会議室。扉を開けるとみなが一斉にアリスを見た。眼光鋭いその眼差しは、何が言いたのかアリスは十分に分かった。

 その眼差しを受けながら三人は席に着く。レオナは扉近くの席に座り、アリスは一番奥の席に着いた。ローレンはその後ろに立つ。


「ではまず一連の経緯から。ローレン、報告を――」

「その前に、話し合わなければならないことがあるのでは?」


 アリスの声を遮ったのはマグワイヤーだった。やはりきたか、とアリスは胸中で舌を打つ。だがその様子は表には出さず、冷静にの将軍に続きを促した。


「……言ってみろ、マグワイヤー将軍」

「自称異世界の巫女の処断ですよ」


 随分棘のある言い方だった。思わずアリスの肩眉がピクリと上がる。


「なぜ、自称と?」

「とぼけないで頂きたい。既にここにいる全員が知っているはず。南門にいた異世界の巫女は、まるで力が使えなかった、と」


 会議室は水を打ったように静かだった。皆が固唾を飲んでアリスの返答を待っている。アリスは皆の顔を見回し、静かに口を開いた。


「……確かに、その報告は私も受けている。しかし、力が使えなかったからといって、異世界の巫女ではないとは言い切れないのでは?」


 アリスの言葉にマグワイヤーは鼻で笑う。


「馬鹿なことをおっしゃらないで頂きたい。魔物を、白竜を倒す力を持つものが異世界の巫女でしょう。でなければ、私達は何のために巫女召喚の儀式を?」

「だが、彼女はまだ力に目覚めていないのかも知れない。まだここに来て二日だ。一度の戦闘で全てを決めつけてしまうのは早計ではないか?」

「早計なものかっ!」


 マグワイヤーは勢いよく立ち上がる。椅子が派手な音を立てて倒れたが、この場にいる誰もそんなことは気にしなかった。マグワイヤーは声を荒げて続けた。


「南門の魔骸は唐突に門の前に現れたらしいじゃねえか!  しかも街の中に入ってくるなんて、こんなこと一度だってなかった! きっとあの女が怪しい術でも使って魔骸を呼び寄せて街に入れたに違いねえ!」


 歴戦の将軍の言葉は、今の状況では真実のように聞こえた。

 彼の言葉に会議室はざわざわと騒がしくなる。皆は口々に不安の言葉と、きっとあの女が首謀に違いない、そうに決まってると騒ぎ立てた。


「(腰抜けばっかりねぇ)」


 レオナはその有様を眺めながらつまらなさそうに頬杖をついた。

 今この場を支配しているのは恐怖だ。次いつまた街まで魔物が入ってくるのか、みんなそれが怖くてしょうがないのだ。

 だから一人を悪者にして心の安定を図ろうとしている。全て“自称異世界の巫女”が原因だと考えれば、それ以外の可能性を考えなくてすむのだから。


 さて、若輩の自分が今意見したらみんなどんな顔をするか。散々罵倒されるか呆れた顔をされるか。それも面白いかもしれない。

 どちらにしろ、このまま空への罵倒を聞き続けるよりはましだった。


 レオナが口を開きかけて――。


「聞け」


 アリスの静かな一声で、場は一斉に静まり返った。

 アリスはレオナをじっと見つめている。レオナは肩を竦めると、椅子に深く座り直した。ここはアリスに譲ろうというわけだ。


 レオナのその様子を見届け、アリスはこっそり息をついた。この部下は後先考えずに行動する癖をいい加減直してほしいところだ、と。

 只でさえその自由な振る舞いが頭の固いお偉方に批判されているというのに、これ以上自身の立場を下げさせるようなことはさせたくなかった。


 どちらにしろ、今この場を収められるのはアリスだけである。


 アリスはマグワイヤーを見る。マグワイヤーはその視線に怯むでもなくアリスを見返した。

 やはりこの男は肝が据わっている。それなのに此度の振る舞いはどうしたというのか――またその疑問が頭をかすめたが、今はそのことは置いておこうと口を開いた。


「――では、マグワイヤー将軍。貴方の言うことが正しいのだとしたら、彼女は何かの術を使って魔骸を街に入れ、そして魔骸の前にわざわざ現れたにも関わらず、巫女の魔法が使えないフリをしたことになる。そういうことだな」

「……そうなるでしょうな」

「だが、わざわざそんなことをして何になる。魔骸を街に入れた理由が街の破壊であるなら、自身は安全な場所に居ればいいだけのこと。魔骸の前に出てきた理由はなんだ? 巫女の魔法が使えないなら疑われるのは子供だってわかることだ。街に入れるなら、倒してみせて自分の力は本物だと思い込ませる方を選ぶだろう。なのに、わざと疑われるように仕組んだ理由は?」


 アリスの問いにマグワイヤーは一瞬澁い顔を見せた。自身の言葉に穴があることに気づきながら皆を扇動するために煽っていたのだろう。

 だがすぐにアリスを挑発するように見返した。


「……あの女は一般市民を守ったようだ、との報告も受けています。そのパフォーマンスがしたかったのでは? 神聖な慈悲深い巫女であるというパフォーマンスが。そして自分を信じ込ませて、この国を中から壊そうとしているのでは?」

「だが魔法が使えないことで疑われることは確実だ。そんなパフォーマンスがしたいのなら、一般市民を守った上で、魔骸を倒して見せたほうが確実なのではないか? 何故それをしない」

「……そんなの、私が知るわけないでしょう」

「なら――」


 これを好機とアリスは畳みかけようと口を開く。ならばもう少し様子見を。そう言いたかったのだが、またしてもマグワイヤーに言葉を遮られた。


「ですが! あれが魔法が使えない以上巫女ではないことは事実! どう処分するおつもりで? 王女殿下」

「処分だと?」


 アリスの瞳にも声にも険がこもった。空を“あれ”と言われたことにも、処分だと表現されたことにも随分腹が立った。

 アリスの様子に流石のマグワイヤーも言葉に詰まった。だがややあって、歴戦の将軍は口を開いた。内心がどうかはわからないが、落ち着き払っている様子だった。


「……ええ、そうです。いかようかの処断をあれに下されないとなると、私達はまたいつ襲われるのか、不安で夜も眠れません。このままでは、王女殿下ご自身への不信にもつながりますことでしょう」

「不敬が過ぎるのではないですか。将軍」

「ローレン。良い」


 アリスへの言葉に今まで黙していたローレンが声を上げる。だがすぐにアリスに止められ、頭を下げるとまた口を閉ざした。

 マグワイヤーはその様子に口の中だけで「犬め」と罵倒する。誰にも聞こえなかったその言葉はマグワイヤーの口の中で咀嚼されて消えた。


「言いたいことはわかった。皆も同じ気持ちと考えて良いな?」


 場を見回すアリスの瞳を見て、あるものは目を逸らし、あるものはその通りだと真っすぐアリスの瞳を見つめた。

 だが、この場にいる誰もがなにがしかの決着を望んでいることは事実であった。それを知らぬふりすることは、確かにアリス自身にとっても良くないことであった。

 不信は良くない火種だ。なるべくこの状況下で要らぬ争いは生みたくなかった。


「さあ、王女殿下。ご決断を!」


 マグワイヤーが力強く机を叩いた。アリスは深く息を吐き、瞳を閉じた。

 こうなるかも知れないとは思っていたが、やはりそうなってしまった。空には申し訳ないが、しばらく我慢してもらうほかない。

 彼女の身を守るためにも、やはりこうするしかない。


 アリスは目を開けると、口を開く。


「わかった。彼女には――」

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