第18話 異世界の巫女伝説

「すいませぇん、お待たせしました!」

「「!!!」」


 がちゃりと開けられた扉に、陽気な声。私達は肩を跳ねさせるとすぐにぱっと距離をとった。

 助かったけど何度目だこういう展開!


「どーぞ、紅茶です。食堂とかに行けばもっと広い部屋でテーブルもあるんですけど、ここの方が話しやすいですから」

「あ、ありがとう」

「ありがとう、ございます」


 テーブルはないので、手近な積まれた本の上にティーカップが置かれる。私達は動揺しながらもアステラに小さくお礼を言う。

 すると私達の様子を見たアステラが不思議そうに首を傾げた。


「あれ? お二人ともどうかしました?」

「どうもしてないが⁉」

「どうもしてませんが⁉」


 二人で揃って声を上げてしまった。ばちりと視線が合い、さっとお互い目をさらす。アステラは増々首を傾げた。


「何ですか、二人そろって……」

「良いから、ほら、座れ! お前は自己紹介もまだだっただろう!」


 なんとか気を反らすようにと、アリスは強引に話を進めさせようとする。

 神様の前では結構あけすけな感じがしたけど、随分慌てているようだ。まあ、部下には見られたくない姿だったかもね……。


 初めて会った時の凛としたアリスの姿と、現在の余裕のなさそうなアリスを見て、そのギャップに少しおかしくなる。

 思わず小さく笑ってしまうと、アリスが不思議そうにこちらを見た。なんでもないというように小さく首をふると、私の様子に気づいていなかったらしいアステラがえへへと笑った。


「そういえば、確かに巫女様に自己紹介がまだでしたね! 本物の巫女様に会えた興奮ですっかり忘れていました」


 アステラはソファの前に置かれていた机の椅子を私達の方に向けると、そこにちょこんと座った。


「アステラ・エイルズです。この教会のびとをしています。あとは趣味で巫女伝説の研究を少々。よろしくお願いしますね!」


 ニコリと笑ったアステラに、ゲームのアステルの影が重なる。アステルより元気で私への密着度もアップした感じだな、と思う。


 アステルはアステラと同じように巫女伝説の研究をしていて、主人公へも興味津々だったけど、さっきみたいに抱き着いてくるなんてことはなかった。女同士ゆえの近さか?

 またあんな風に来られたらどうしようか……とはいえ、今は自己紹介だ。私も笑い返して口を開く。


「私は向井空って言います。あ、向井が苗字で空が名前なので、空って呼んでいただけると有難いです。よろしくお願いします」


 そういえば、ここに来てちゃんと名前を名乗ったのは初めてだ。昨日の夜アリスに名乗った時は名前だけだったし、状況が状況で、自己紹介という感じではなかったし……。


 そんなことを考えつつなんだかんだ自己紹介を言い終えると、アステラは笑顔を輝かせて頷いた。


「空様ですね!」

「ええっ⁉ いえいえいえ! 私は様なんて付けられる人間ではないので! そのまま名前で呼んでいただけると……」


 急に様付けをされて私は大慌てで首を振る。

 私はそんな大層な人間ではない。巫女様、という呼び名は役職名みたいな感じでそこまでの抵抗はないけど、名前に様付けされるのは申し訳ない。


 でもアステラは聞き入れてくれる様子はなさそうだ。キラキラとした目で私を見ている。


「ですが我が国を救ってくださる巫女様ですから! 私のことは気軽にアステラとお呼びください! 敬語も無しでいいですから!」

「うう……」


 ずいっと近づかれて私は唸る。なんというか有無を言わさないというか……。私は渋々頷いた。


「わかった……アステラ」

「はい!」


 名前を呼ぶと、アステラは嬉しそうに頷いた。そして身を乗り出して私の手を両手で取る。


「それに空様、私は空様のことがもっと知りたいです。ご年齢は? 好きな食べ物はありますか? どのような世界から来てくださったのでしょうか? スリーサイズなども教えていただければ――」

「アステラ」


 まだまだ続きそうだったアステラの矢継ぎ早の質問攻撃に戸惑っていると、アリスが声を低くして釘をさした。アステラはピタリと言葉を止め、不満そうに返事をする。


「はあい……」

「全く……今日は巫女伝説についてだと言っておいたでしょう。早く説明を」


 アリスはため息を吐いて腕を組んだ。


「しょうがありません……空様の研究はあとにするとして、巫女伝説についてご説明しましょう」


 アステラもため息を吐くと、後ろを向いて本の山から一冊の本を取り出した。ページを開き、私に差し出す。受け取ると、そこには魔物に襲われている人々の絵と、文章が書かれていた。


「――今から五百年ほど前です。魔物が活発になり、人々は住む場所を追われ、食べることも満足にできない日々が続いていました」


 アステラは椅子に座ると語りだす。本に書かれていることはもう既に覚えている様だった。

 ぺらりと次のページをめくると、今度は魔法陣と、王冠を頭に乗せた人と、魔術師のような恰好をした人の絵。


「もう自分達の力ではどうすることも出来ないと思った国王たちは、魔物よりも強い力を別の世界より召喚する術を作り出しました。そこで召喚されたのが、異世界の巫女様――初代巫女様だったのです」


 次にページをめくると、神々しい雰囲気の女性の絵が描かれていた。

 この人が初代巫女か、と少し感慨深い気持ちになる。ゲームでも同じ説明があったけど、絵までは出てきてなかったから不思議な感じだ。まさか私も同じ立場になるとはなあ。


 次のページをめくると、初代巫女と竜が対峙している絵だった。これが私が倒さなければいけない魔物だ。アステラは続ける。


「巫女様はそのお力で魔物たちを一掃なされ、この国に平和が訪れました。巫女様はここに召喚された時と同じ要領で元の世界に帰ることも出来たのですが、この世界に残ることを選ばれ、当時の国王の息子である第一王子とご結婚し、幸せに暮らしたとされています」


 次のページには、幸せそうな結婚式の絵がある。

 きっと初代巫女はアレックスのような素敵な王子と恋に落ちたに違いない。いいな……。私は神様のせいで攻略対象が女性になっているというのに……。


 ちらりと隣を伺い見ると、私と同じ本を見ていたアリスと目が合った。にこりと微笑まれ、思わずドキッとする。慌てて目線を本に戻した。


「そしてこの教会は巫女様の名のもとに建造され、その死後、巫女様の亡骸が眠っており、私達エイルズ家は代々守り人としてこの教会を守っているのです」


 めでたしめでたし、とアステラは話を締めくくった。

 でも、ここで終わらないことを私は知っている。案の定、アステラは私から本を受け取ると、口を開いた。


「――と、まあ、ここまでが一般に知られている巫女伝説ですね! 今からお話することは王家の人間や、私達エイルズ家以外には知らされていないことです。ですから、他言無用でお願いしますね」


 アステラの真剣な顔に、私も神妙に頷く。

 ゲームの通り、この教会には重要な秘密が眠っている。――いいや、正確には眠っていた、かな。


「本当は、巫女様の亡骸はここにはありません。巫女様は百歳まで寿命を全うされたのち、ご遺言通りに夫である王子と同じ墓に埋葬されました」


 アステラはティーカップを手に取るとこくりと紅茶を飲んだ。茶色の水面に映る自分の顔をじっと見つめ、零すように呟く。


「――では、この教会で、私は何を守っているのか」


 アステラはくいっと紅茶を飲み干すと、机の上にカップを置く。そして椅子から立ち上がると、私を見つめた。


「ついてきてください」


 頷いて、立ち上がる。これから案内される場所に少しの恐怖を感じながら、私はアステラの後に続いたのだった。

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