第19話 地下の秘密

 アステラの部屋を出て、三人で教会の中を歩く。案内されたのは小さな書庫だった。

 窓も無く、薄暗いそこ。アステラが書庫にあったランタンの蝋燭に火を灯すと、ぼんやりと部屋が明るくなった。


「魔法の灯りの方が明るいのですが……ここから先は魔法が使えないようになってるんです。少し薄暗いので、足元にお気を付けくださいね」


 アステラはそう言ってランタンを手に本棚の間を進んで行く。私はその後ろを歩き、私の後ろをアリスが歩いた。


 本棚の本はいくつかごっそり抜けている箇所があり、アステラの部屋の大量の本を思い出す。恐らく大体があそこに置かれているのだろう。

 読んだものぐらい直せばいいのにと思うが、置きっぱなしにしてしまう経験は私にもある。


 それに部屋と書庫が離れてるんじゃなぁ、なんて考えていると、なにぶん小さな書庫なので、すぐに奥の本棚に辿り着いた。


「ここです」


 何の変哲も無い本棚の前でアステラは立ち止まる。そして本棚から赤い装丁の本を一冊取り出すと、真ん中辺りを開いた。横から覗くと、そのページには魔法陣が描かれているのが見える。


 背表紙に仕掛けられていた針でアステラが指にぷつりと穴を開けると、玉のようになって赤い血が出てきた。アステラはその血で本の魔法陣をなぞる。

 すると、ぼんやりと赤く魔法陣が光り、本棚が扉に変わった。


「すごい……」


 思わず私は呟いた。ゲームで読んだ通りの方法ではあったけど、実際に見るとやはり感心するというか驚くというか。感動とも言えるかも知れない。この世界に来て魔法らしい魔法をまだ見たことがなかったから、殊更感激だ。


「行きましょうか」


 アステラが扉を開き中へと入っていく。

 中は書庫よりも暗く、真っ暗だ。アステラの灯りでようやく自分たちの周りが見えるぐらいで、石造りの中は他に光源は一切ない。下へ続く階段だけがあり、幅も人一人分が通れるほどしかないようだった。


「空、足元は大丈夫ですか?」


 後ろからアリスが私を気遣い声をかけてくれる。


「はい。見えてるので大丈夫です」


 私は後ろを振り返らずに答える。目線はしっかり足元を見て、一段一段確実に階段を降りていく。


「それは良かった。お気をつけ下さいね」


 ほっとしたアリスの声に、私は心のなかで小さくガッツポーズをした。


 実はゲームでは、アレックスが気遣って声をかけてくれたとき、後ろを振り返って返事をしたことによって足を踏み外すのだ。転ぶことはなくアレックスが抱きとめてくれたのだけど……唇が軽く触れるオプション付きなのだ。

 なんとかここではそのシーンを回避することが出来たようだ。


 あのシーンが好感度に関係があるのかはわからないけど、初めてゲームの知識を使って自分に有利に事を進めることが出来たことが嬉しい。イレギュラーなことばかりだったから、こういう一歩が自身に繋がるなあ。


 頭ではルンルンと、足元は慎重に階段を降りていく。やがて先頭を行くアステラの目の前に扉が見えてきた。


「開けますね」


 そう言って、アステラは首元からネックレスのようにさげている鍵を取り出した。ガチャリと扉の鍵を開ければ、扉が薄く赤く光り、ひとりでにギィと開く。


 アステラに続いて中に入るが、暗くて何も見えない。アステラがランタンの蝋燭を使って部屋中の蝋燭に火を灯していく。最初は暗かった部屋が徐々に明るくなっていき、部屋の全貌が見える頃には、私は些かの恐怖で身を固くさせていた。


「これ、は……」


 先程の書庫や、アステラの部屋とさほど変わらない広さの部屋。その地面には部屋とぴったりの大きさの魔法陣が書かれており、地面だけではなく、天井にも同じものが書かれているようだった。


 そしてその魔法陣の中央。部屋の中心部には台座が置かれていて、その上には、割れた水晶。そして周りには水晶の欠片が散らばっていた。


 大きな魔法陣と、割れた水晶。

 良くないことが起こったのだと一目でわかるその様は、ゲームで既に知っている筈の私でさえ息を呑むほどだった。


「この島国の魔物の頂点に君臨していた魔物……白い竜だったそうなので私達は便宜上、白竜はくりゅうと呼んでいるのですが、白竜を巫女様が退治されたことで、魔物達は弱体化し、この国に平和が戻ったされています」


 灯りをつけ終えたアステラが言う。もうすっかり明るくなった室内で、割れた水晶がキラキラと光る。

 アステラの話に、本に書かれていた竜を思い出した。きっとあれがそうなのだろう。


「ですが、本当は退治などされていなかったのです。白竜の力は強く、巫女様のお力をもってしても退治には至りませんでした。ですがなんとか水晶に封印することができ、巫女様亡き後も、この教会にて封印されてきたのです」


 当時の巫女や王達は、白竜を退治出来なかったことで、何より国民の混乱を恐れた。封印されているとはいえ、恐ろしい魔物が生きているという事実は、国民に不安を植え付け続ける。だから、退治は出来たのだと、嘘を国民に伝え、その伝承を残した。

 王族とエイルズ家。その一握りの者たちだけが、真実を、封印を守り続けてきたのだ。


 ゲームで語られていたそのことを思い出し、私は割れた水晶を見つめる。白竜は水晶に封印されていた。その水晶が元から割れているはずはないのだ。


 アステラが台座に近づき、そっと水晶に触れた。


「私は当代の守り人として、封印を守ってきました。ですが、つい先日のこと。この水晶が――割れていたのです」


 静かに語られたその言葉に、私はごくりとつばを飲み込む。アリスがアステラの話を補足するように続けた。


「この場所は私とアステラ、そして国王である父上と、王妃の母上しか知りません。それにこの部屋に入るための鍵はアステラのみが所有していて、本の結界も、エイルズ家か、王族の血にしか反応しないつくりです。誰かが侵入して割ったとは考えにくい」

「それに、私が割れているのを見つけた時も、外から侵入された形跡は見られませんでした。あったのは、内側から突破されたような跡です。中から鍵の破壊と本棚の扉の破壊がありました」


 ということは。

 これから告げられる内容は知っているはずなのに、いやだからこそ、私は身震いした。ゲームの中でその言葉を聞くのと、現実に聞くのでは、こうも恐ろしさが違うものなのかと。


 アステラは私を見つめ、ゆっくり口を開いた。


「考えられるのは……長い年月をかけて、封印されていた白竜が力を取り戻した――ということです」


 そんな恐ろしい化け物と、私は今後戦わないといけないのか。考えただけで卒倒しそうだと思った。

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