第20話 有事を告げる足音
「そしてこの水晶が割れたその日より、魔物が活発に動き出すようになりました。きっとまた、五百年前と同じように白竜が率いているのでしょう」
水晶を見ながらアステラが言う。
「白竜を退治か、封印出来れば、またこの国に平和が訪れるはずです」
アリスも続けて言った。
私は、ついに話が進み始めたなあ、と思う。ゲームにないことばかりが今まで起こったけど、巫女伝説の話になってからはばっちりゲーム通りだ。
これから私は攻略キャラ達と行動を共にし、魔物を退治しながら白竜を探し、最終的には白竜を退治することになるだろう。まあ、それはうまく行けば、の話だけど。
何か重要な話を見逃してしまったり、ストーリーに関係する選択肢を間違えたりすれば、待っているのはバッドエンド。国も救えず、私も死んでしまう。
一度目の死は痛みも感じることがなかったけれど、今回はどうだろうか……。
死んでしまうような痛みは、きっと痛い。そして私が魔物を倒せなかったがために、誰かが傷ついたり死んでしまうのも、私は嫌だ。
なら、やるしかない。やるしかないのだ。
元はただの女子高生。戦ったことなんて勿論ないし、殴ったり殴られたりしたこともない。勿論、殺したことも、ない。
でも、この世界に来ることを望んだのは私だ。思った世界とはちょっと違ったけど……でもそれでも、来たからには頑張ろう。わたしの事を信じてくれている、アリスやアステラのためにも。
それに私は、既にアリスと約束している。必ず、この国を救うと。ちょっと敵の魔物の力の強さの一端に触れたからといって、びびってはいられないのだ。
約束したからには、叶えたい。それが私に出来る、せめてものことだから。
「私が……白竜を退治して、平和を取り戻します!」
ぐっと拳を握って力強く宣言する。アステラはぱあっと顔を輝かせて私に飛びついた。
「流石巫女様です! 白竜討伐には勿論私もお供させて頂きますね!」
「ありがとう! 一緒に頑張ろうね、アステラ」
「はいっ!」
アステラと笑顔で両手を繋ぎ、くるりと一回転した。なんだか歳が近いせいもあってか友達みたいで楽しい。
けれど、すぐにべりっとアステラは私から引き離された。
「勿論、私も空と共に行きますから。空のことは私が守ります」
引き剥がしたアステラをぺいっと放ってアリスが微笑む。私はたじろぎながらもこっくり頷いた。
「よ、よろしくお願いします」
と、アステラががばりと起き上がり、アリスに食って掛かった。
「もうっ! アリス様酷いですよっ! 私なにもしてなかったのに!」
「はいはい、ごめんね、アステラ」
「気持ちがこもってないです!」
ぷんぷん怒るアステラをよそに、アリスは涼しい顔だ。案外お茶目な一面もあるのだな、と思った。今日はアリスの色んな表情が見れた日だ。
じっと見つめる私に気付いたのだろう、アリスがこほん、と咳払いした。
「とにかく、五百年前に封印された白竜が根城にしていた場所は文献に書いてありますから、後日そこに行ってみましょう。同じところにいるかはわかりませんが、手掛かりがあるかも知れません」
「はいっ」
「はぁい」
怒っていたアステラも、私も、異論はないと返事をする。アリスはよしと頷いて、置かれていたランタンを手に取った。
「ではもう上に帰りましょう。戻って作戦会議をしなければ」
そのアリスの言葉に少し心が踊る。作戦会議。なんと素敵な響きだろうか。一丸となって強大な敵と戦う感じがしてきて不謹慎だがわくわくする。
今度は一つ一つ蝋燭を消していくお手伝いをしながら、地図を囲んで意見を交わすかっこいい姿を私は想像していたのだった。
「陽の光だあ……」
地下から戻り書庫から出ると、窓から入ってくる陽の光にほっとした。
数分しか地下にいなかったのに、それだけで太陽の有難みを感じる。魔物が封印されていたようなところだったから、余計にそう感じるのかもしれない。
チチチ、と鳥の鳴き声も聞こえてきて、心地良さにぐっーと伸びをした。
すると、そんな私を見てアリスが微笑ましそうに顔をほころばせた。
「ふふ、やはり地下は窮屈でしたか?」
「すいません……でも、少し」
「ご安心下さい。もう地下に行くことなど、白竜を封印した後くらいなものでしょう。それまでには、アステラが水晶を直しておきますよ」
「えっ! あんなにバラバラだったのに、直せるんですか⁉」
驚いた。修復不可能なほど割れているように見えたけど、あれが直せるのか。通りで割れた水晶をそのままにしているわけだ。
アリスは鷹揚に頷いた。
「勿論です。あれは魔法で編まれた水晶ですから、時間はかかりますが直すことも可能ですよ。それに、白竜に壊された地下の扉や本棚だって、魔法で直したのはアステラですから」
「凄い……」
先ほど見た地下の扉も本棚も、まるで壊された様子などなかった。
でもなるほど。確かに先ほどの話で壊されたと言っていたのに、もう直っていることが不思議だったのだけど、これで納得がいった。
でも直した本人のアステラではなく、アリスが誇らしげにしているのは謎だけど。
鼻高々のアリスとは違い、アステラは不満そうに割り込んだ。
「アリス様ったら酷いんですよ! 封印が解かれて水晶も扉も本棚も壊されたって話をしたら、本棚だけでも今日中に直せって言われたんですからっ! そこら辺の本棚とは違うんですから、そんな簡単に言わないでほしいですよね!」
「許せよ、アステラなら出来ると思ってのことだ。現に直してみせたじゃないか」
「そりゃ直しましたけど……そんなふうに言われても誤魔化せられませんからねえ!」
ぷっくりとアステラが頬を膨らませて怒り、アリスはそれを見て笑う。
その様子を見て、きっとアリスは自分の部下が優秀なことが誇らしいのだな、と思った。自分のことのようにアステラの凄さを語ったアリスに微笑ましくなる。私も思わず笑った、その時だった。
バタバタと人が走ってくる音がして、角を曲がってきたのは軍服を来た男の人だった。その人はアリスを見つけるなり急いでこちらに向かって来て片膝をつく。
「報告しますっ!」
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