第40話 ベッドの上でのあれそれ

 突然想像していた相手に声をかけられて、驚いてつい大声を出してしまった。アリスがいつの間にか寝室に戻って来ていたらしい。

 慌てて枕を下ろして起き上がれば、目を丸くして驚いているアリスがいた。


「うあ、す、すいません! ちょっと考え事してて……!」

「あ、ああ……いえ、それは、大丈夫なのですが……」

「……ですが?」


 アリスの歯切れの悪い言葉に首を傾げる。

 アリスはとん、と自分の頬を指さして、不思議そうに私を見た。


「お顔が、真っ赤ですよ?」

「えっ…………と、」


 指摘されて、より顔に熱が集まるのが分かる。かあーっと顔が熱くなって、私は堪らず持っていた枕で顔を隠した。


「……あの、なんでも、ないので……ちょっと待ってください……」

「空?」


 不思議そうに私を呼ぶアリスの声がする。と、衣擦れの音がして、アリスがベッドに乗ったことが分かった。そしてアリスから伸ばされた手が、枕を掴んでいる私の手に触れた。

 それだけのことだったのに、私の体は過剰に反応してびくりと揺れる。アリスの息を飲む音がして、すぐに離れていくのがわかった。


「……やはり、私は今からでもソファに――」

「ちが……待って下さいっ!」


 慌てて枕を放ってアリスに手を伸ばす。私の手はアリスの寝巻きをぎゅっと掴んだ。


「そういう、ことじゃなくて……これは、その……」


 言い淀む私をアリスが不思議そうに見る。

 ここはもう、正直に言ってしまおう。下手に嘘をついたり誤魔化したら、アリスを傷付けてしまうかも知れない。変に気まずくなるなんてことになって、これから事態が落ち着くまで、アリスをソファに寝かせることになるのは嫌だ。

 ならば、どれだけ恥ずかしくても、ここは正直になるしかない。私が恥ずかしいだけで済むなら、それでいい。


「…………わたし、自分が恥ずかしくて……」

「……恥ずかしい?」


 よく分からないというように聞き返すアリスに、こくりと頷く。アリスのシルクの寝巻きを強く掴んで、もごもごと口を開いた。


「その、調子にのってないかなあって……」

「……すいません、言葉の意味が……?」

「……私、あ、貴方に、好かれてるって、いい気になってるんじゃないかって……そのくせ、一緒に寝ようなんて、デリカシーのないことしちゃうし……」


 あああ恥ずかしい……! 流石のアリスも私のこと痛い奴だと思ったかな……。

 俯き加減だった目をちらりとアリスの方に向ける。

 でもアリスの姿を見て、私は目をパチクリと瞬かせた。

 アリスは、両手で顔を覆ってぷるぷると震えていた。


「あの……?」


 一体どうしたのかと、そっとアリスに手を伸ばす。すると、その手をがっしりとアリスに掴まれてしまった。びっくりしていると、アリスがゆっくり顔を上げた。

 その顔は、真剣というかなんというか……目が、怖い……?


「いい気になって下さい」

「え、」


 アリスが私の両手を取る。するすると指が絡み合う。アリスの細く長い指が私の指の間を撫でて、ぞくりとしたものが肌を伝った。


「存分に、いい気になって頂いて構いません」

「あ、の、」


 ぐぐっと、アリスが私との距離を詰める。ベッドの上では逃げ場がなく、というか突然のことでアリスから目が離せず、アリスとの距離が縮まる。

 私の体はアリスに詰め寄られるままに、ぽすんと、ベッドに横たわった。


「――それとも、もっとわかって頂く方向で進めてもいいんでしょうか?」


 アリスが囁くように言う。その顔は頬が赤らんでいて、必然的に、あの夜を思い出した。

 まさか、二回も押し倒されることになるとは! えっえっ! 一体どうすれば!

 そう思ったのと同時に、やつは現れた。


《わかって頂く方向で進める/わかって頂く方向で進めない》


 空中に現れたそれは、選択肢。

 なんだこのふざけた選択肢はっー! 進めないに決まってるでしょーがっ!


 選べばそれは明滅して消える。

 もしこれ進める選んだらどうなるの!? そ、そういうことしちゃうの!? アリスと!? どうやって……てっ! 考えるな馬鹿馬鹿私馬鹿!


「〜〜〜ストップですっ!」


 わっ! と叫ぶように静止をかける。アリスはおもちゃのようにぴたりと動きを止めた。突然の私の声に驚いたようだ。

 このチャンスを逃すまいとアリスの手から自身の手を脱出させると、手近にあったクッションを掴んだ。


「このベッドの上では、クッションを越えちゃダメですっ」


 ばっとアリスと私の間にクッションを掲げる。ぽかんとするアリスに声高に宣言した。


「越えたら、私はカミュちゃんと草原で二人暮らしします!」

「なっ……空っ!?」


 ショックを受けたように慌てるアリスを放って、私は手早く自分の周りにクッションを置く。そしてベッドの中に潜り込んだ。


「それでは、おやすみなさいっ」


 ぽすんと、アリスの返事を聞く前に頭まで布団を被る。


「そ、空? 冗談ですよね? 冗談だと言ってくださいっ空!」


 クッションを超えて近付くことができないため、少し遠くからアリスの声が聞こえる。その情けない声を聞いていると可哀想になってくるが、もうしばらくは、返事をしてあげることは出来そうにない。


 まずは、この赤い顔を冷まさなくては。


 そう思っているうちにいつの間にか眠ってしまうことになり、翌朝半泣きのアリスにどこにも行かないで下さいと懇願されることになるのだった。

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