第39話 白いシーツに赤い顔

「こうやって区切れば、何もないよりは隣で寝てるお互いのことが気にならなくなると思いませんか?」


 ベッドのど真ん中。縦一列に並べたそれは、枕やクッション。

 左右を区切る壁、とまでは言えないけど、境界線にはなるだろう。アリスのベッドは広いから真ん中に置いても邪魔にならないし、こうやって区切ることで一人分ずつの専用の寝るスペースが確保出来る。

 これなら二人で同じベッドに寝ても問題ないのではないだろうか。


 名案だ。鼻高々に腰に手を当て、アリスの横顔を見る。アリスは真顔でじっとベッドを見つめたまま口を開いた。


「…………空、」

「はい?」

「私以外に、こんな提案しないでくださいね」

「……はい?」


 アリスの言っている意味が分からなくて首を傾げる。

 アリス以外にも何も、今のところアリス以外と同じベッドに寝る予定はない。というか、解決したかと思ったけど、あんまり良くなかっただろうか。とはいえ他に考えつかないし……。

 うーん、と増々首を傾げると、アリスがはっとして手の平をビシリと私に向けた。


「いえ、分かりました。私の精神が試されているというわけですね」

「え、別に試してませんが……」

「いいでしょう、乗り越えてみせます。絶対に! この境界線は超えないと約束しましょう!」

「は、はあ……」


 アリスの勢いに押されて何となく頷くが、言っている意味はよく分からない。でもまあ、納得してくれたなら良しとしよう。

 メラメラと瞳に炎を燃やすアリスを見ながらそう思った。


「では、決意の消えない内に早々に床につくとしましょうか」


 そう言うアリスに私ははてと首を傾げる。


「お風呂とかご飯はすませたんですか?」


 仕事が終わってすぐに私を迎えに来たのだとしたら、まだアリスはご飯も食べれていないはず。そう思ったのだけど、アリスは問題ありません、と頷いた。


「夕食は仕事をしながら軽く。湯浴みはお迎えに上がる前にさっとすませました。空を近くでお守りするために部屋にお呼びしたのに、側を離れるわけにはいきませんから」


 それを聞いて私は恐縮してしまう。

 本来ならゆっくり夕食を摂って、お風呂に入るはずが、私を優先するために時間をかけられなかったのだろうか。


「それは……すいません、色々気を使ってもらって……ありがとうございます」


 謝る私にアリスは首を振った。


「そんな、謝るのもお礼を言うのも私の方です。空には我が国の民を救って頂いたというのに、疑われるような立場に立たせてしまって……本当に申し訳ありません」

「それは……いいんです。力が使えない私が悪いんですから……あ、そうだ」

「どうしましたか?」


 と、力が使えない、という話をしたことで、今朝神様と話したことを思い出した。修行だ。力を使えるようになるための。

 言いづらいな、と思っていたけど、今このタイミングならスムーズに言えるはず!


「えっと……修行がしたくて……」

「修行?」

「はい……戦闘訓練だったり、魔法の使い方が学べれば、巫女の力も使えるようになるかなあと……。でも、そのやり方が私には分からなくて。だから、誰か教えてくれる人を紹介頂ければ、と……。すいません、お忙しいのに」


 忙しいだろうアリスの仕事を増やしてしまうのは気が引ける。でも、アリスは嬉しそうに微笑んだ。


「そんな。むしろそんなことまで考えていただいてありがとうございます。修行のことはお任せ下さい。私の方で準備しておきましょう」

「あ、ありがとうございますっ」


 良かった。これで魔法が使えるようになれば、魔物を倒してこの国を救えるし、ノーマルエンドにもたどり着ける。

 ほっとしていると、アリスはですが、と続けた。


「修行は怪我が治ってから、ですね。今日は回復魔法をかけられましたか?」

「はい。お医者さんが来てくれて」

「それは良かった。ではもう眠りましょうか。私は着替えてくるので、空は先にベッドに入っていて下さい」

「あ、はい」


 頷く私にアリスはにこりと笑みを残し、別の部屋へと入っていった。多分、そこが衣装部屋なのだろう。アリスはシンプルなドレスを着ていたから、きっと寝巻きに着替えるのだ。


 私はベッドにぽすんと座る。アリスがいなくなった方を見つめて思う。なんか、あっさりだなぁ、と。

 なんだかさっきから私ばっかりがドキドキしたり慌てたりしているような気がする。アリスは私をからかったりして、なんだか冷静というか、なんというか……。いや、別に慌ててほしいわけじゃないけど!

 でもやっぱり、私ばっかり、という気持ちが浮かんでしまう。


 もやもやとした気持ちを抱えながら、後ろに倒れるように寝転がった。体がふかふかのベッドに沈む。

 横を見れば、私が築いたクッションの壁。いや、それは壁とは言えないけれど。その向こうの、誰もいない真っ白なシーツは当然ながら隠れることなく見えている。

 今からそこにアリスが寝転がるのか。こうやって寝てみると、思ったより近いかも……?


『一緒になんて寝てしまっては、我慢ができませんから』


 さっきそう言ったアリスが思い出される。あの言葉が冗談ではないとしたら、これって結構まずいのでは……?

 というかそうか、だからさっき真ん中にクッション置いた私にアリスが色々変なことを言ってたのか。結局一緒のベッドに寝てることに変わりはないのか……!


「私、あほだ……」


 それなのに自信満々にこれならオッケーと思ってしまっていた……!

 嫌でも待てよ。それならやっぱりアリスの反応が淡白過ぎるのでは? 少なからず好意を持っている相手と一緒に寝ることになれば、顔の一つや二つ赤らめても……って!  

 

 何を! 思っているんだ! 私は! 赤らめてほしいのか!? アリスに!? 顔を!? あー!! 自惚れ過ぎなんじゃないかなあ! 恥ずかしいー! 私と一緒に寝るんだから照れて当然ってか!? 調子に乗ってるなあおい!

 そんなことを思ってしまっていたから、自分ばっかり、なんてもやもやして……! うわあー!


 ごろごろ、ごろごろ。恥ずかしさでベッドの上をのたうち回る。

 いつから私はこんな自意識過剰になってしまったんだ。

 いや、理由はわかってる。この世界に来て、アリスがあまりにも優しくしてくれるから。好意を、表してくるから。

 だからつい、つい…………。


「は、恥ずかしい……」


 枕を顔に押し付けて唸る。きっと今顔が真っ赤だ。こんな顔、アリスに見られたくないし、どんな顔をして会えばいいのか分からない。


「あれ、どうかしたんですか?」

「うわあああ!」

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