第80話 幸せへの光

「――ら、空!」


 ぼうっと神様を眺めていると、アリスが私を呼ぶ声が聞こえた。思いの外近い声に顔を上げると、私と神様を守るように、アリスが魔法で防御障壁を作ってヴィラの攻撃を防いでいた。


「アリス……」


 いつの間にか、魔骸を倒して私達を守っていてくれたらしい。どうりで神様と話しているときに攻撃を受けなかったわけだ。全然気付かなかった。


 何だか頭が上手く働かなくて、こんな時なのにぼうっとしてしまう。アリスはそんな私を急かすように、焦った声を出した。


「早く逃げて下さいっ! ……カミュ殿のためにも、早くっ!」

「逃げる……」


 神様のために? そうか、神様は私を生かすために庇ってくれたのだから、確かにアリスの言う通り、自分の命を優先すべきなのだろう。

 そうじゃなきゃ、神様は、なんの、ために――……。


『空、しあわ、せに、』


 神様の言葉が浮かぶ。神様は私に幸せになって欲しいって言ってた。幸せ。私の幸せって何だ。


 一番最近の幸せは、アリスと、想いが通じ合ったこと。アステラとの温室でのお昼寝も気持ちよかったし、ローレンのお家も心が暖かくなって。レオナとのご飯も、楽しかった。それから、神様にくすぐられて大笑いしたのも。

 この世界に来て、辛いこともあったけど、みんなとの思い出は幸せで、楽しいことばかりだ。


 じゃあ、私が今ここから逃げたらどうなるだろう。命は助かるかも知れない。でも、この国はどうなるの? みんなは?

 もし、アリスも傷ついて、もう、一緒にいれなくなったら、私は生きてても幸せといえるの?


 ――ううん。そんなの、幸せじゃ、ない。


「神様……少しの間、待っててね」


 神様の体をそっと地面に横たえる。眠っているような綺麗な顔に触れた後、涙やらでぐしゃぐしゃな自分の顔を手で乱暴に拭う。

 そしてしっかりと立ち上がり、前を見据えた。


 そこには、白竜であるヴィラが理性を失ったように私達に向かって魔法や爪で攻撃をしてきていた。アリスはそれを抑えるのに手一杯のようで、応戦は出来ていない状況だ。


 私はアリスの横まで来ると、アリスが腰に差してる剣を抜き取った。


「借りますね」

「え、空!? 一体何を……」


 アリスが困惑して私を見る。そりゃそうだ。逃げてって言った相手が敵を眼前にしているんだもの。

 でも、そのアリスのお願いは、聞けそうにないから。


「私、逃げませんから」

「えっ!?」


 ヴィラを見据えたまま宣言すると、アリスは驚いて声を上げた。私はアリスから取った剣をしっかり握る。


「このまま、逃げたりなんかしないっ……!」


 幸せになるには、みんなを助けるには、このまま逃げたりなんか出来ない。

 それに、神様のことだって。このまま引き下がったりなんて、出来ない。


「し、しかし!」


 アリスは何か言いたそうだ。分かってる。アリスでさえ防戦一方の相手に、戦う力を持たない私がどうやって勝つのか、っていう話だ。


 このまま飛び出して行ったところで、犬死にが目に見えてる。勿論、私にそんなつもりはない。自暴自棄にはならない。

 もう、魔骸を前にした時みたいに、諦めたりなんて、しないから。


「アリスっ!」


 鋭くアリスの名前を呼べば、アリスは驚きながらも反射的に返事をする。


「はいっ!?」

「このまま防御展開してて!」

「一体何をするつもりですか!?」


 困惑と、焦りと、心配。それがアリスから感じ取れて、私は安心させるように笑みを作る。


「幸せになるのっ!」


 言うやいなや、私はアリスの防御障壁から駆け出した。


「空っ!」


 アリスが私を呼ぶ声がする。でも後ろは絶対に振り返らない。今目の前から目を逸らしたら、きっと怖くなってしまうから。

 それにそもそも、そんな余裕、ないしね!


「はあああっ!!」


 レオナの修行を思い出しながら、ヴィラに突っ込んでいく。標的が私とアリスに分散しているからなのか、それともヴィラが冷静でないからなのか、攻撃は当たらず何とか避けることができている。

 ヴィラは攻撃をしながら、半狂乱になって叫んでた。


「違う! 私は違う、同じじゃない、同じじゃない! あんな、あんなやつと、同じなんかじゃ……!」

「くっ!」


 そのままヴィラに突っ込み、素早くヴィラの腹下に飛び込んだ。


 ローレンの魔物講座で学んだことだ。白竜に関しては詳細な記述がないため倒し方とかは学べなかったけど、自分より大きな魔物と対峙したときの方法は教わった。

 大きな生き物にとって、見えづらい腹下は弱点だ。柔らかいし、すぐに反撃もできないから、ここを狙えば……!


「ふんっ!」


 ぐっとお腹と腕に力を込めて、アリスの剣をヴィラのお腹に突き刺した。


「ぎゃあああ!」


 凄まじい声だった。痛みに叫ぶヴィラは眩い光を発したかと思うと、人間の姿に変わった。そして剣の刺さったお腹を見て、忌々しそうに舌を打つ。


「加護の剣かっ……!」


 加護の剣とは、代々王族に伝わっている剣のことだ。

 五百年前、白竜を封印する際にも使われたというその剣には、異世界の巫女からの加護がかかっていると伝わっている。


 ゲームにおいても白竜を倒す時に使ったものだ。アレックスが持っていたから、アリスが持っている剣がそうだとは思っていてた。


 普通の剣では白竜に致命傷を与えることは出来ない。でもこの剣なら、それが可能なのだ。

 でも、この剣は巫女の加護があってこそ。それがここまでの力を発揮しているということは、まさか。


 僅かな確信と願いを胸に、私は深呼吸をして、目を閉じた。

 アステラとの修行を思い出して、耳を澄ます。ヴィラの呻く声、荒い呼吸。アリスがこちらに向かって走ってくる音。私の、呼吸。


 自分の内に入り込むように、魔力を探す。すると、ほのかに光を感じた。今まで全く感じなかったはずの、光。それがどんどん、どんどん大きくなって、私の中が光でいっぱいになる。これなら!


 目を開ける。お腹に刺さっている剣の傷口に手を当てて、ヴィラが苦しそうにこちらを見ている。

 私はヴィラに向かって両の手のひらを重ねて向ける。お腹に力を込めて、強くイメージをする。魔を打ち払うイメージだ。この街に蔓延る魔骸の、全てを払う光のイメージ。

 そして言う。


「――巫女の名のもとに」


 ぐっと手を握って、


「滅っ!」


 ――それは、とても大きな魔法陣だった。

 ブォンっと音がしたかと思えば、ヴィラを中心にした、王都全体を包むような大きな魔法陣が空中と地面に浮かび上がる。


「力が、使えないはずじゃ……!」


 ヴィラが魔法陣を見上げて驚きの声を上げる。けれど言い終える前にはもう、光が、王都全体を包み込んでいた。

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