第81話 泣きたくなるほどに綺麗な
王都全体を包んだ光は魔法陣に収束し、やがてパシュッと、魔法陣とともに消える。すると戦いの音は止み、ざわめきが残された。
「魔骸が……消えた……!?」
「やった……! 助かったぞ! 俺達は勝ったんだ!」
「助かった! やっと終わった!」
やがて動揺のざわめきは歓喜となり、そこかしこから勝鬨が上がる。
どうやら、攻め込んできた全ての魔骸を滅することが出来たようだった。安堵でほっと息を吐く。
けれど同時に、地の底から聞こえるような低い声が、私の鼓膜を震わせた。
「……どういうつもりかな」
声が震えている。それはきっと怒り。
「どういうつもりだっ!」
私の目の前、地面に膝をついたヴィラが、お腹を剣に貫かれたままの状態で私をきつく睨んだ。
「外したな……私を、消滅対象から……外したなっ!!!」
叫ぶような声だった。私はこくりと頷く。
「……うん、外したよ」
ヴィラの言う通りだった。魔法を使うとき、私は対象からヴィラを外した。だからヴィラはこうして、魔骸のように消えることなく私の前にいる。
でも魔法の中心にいたためか、余波は受けたようで動けなくなっているみたいだった。
「どうしてっ! 同情か!? 憐れみか!? それともこのあと拷問でもしようって!?」
私の返答を聞いて、ヴィラは口角を上げて叫ぶ。でもすぐにイライラと舌打ちをした。
「ああ、くそっ! 馬鹿らしい……! 殺せ! 早く、殺せよ!」
「……空、ここは私が」
駆けつけてくれていたアリスが、私の肩に手を置いて私の前に出る。でも私はアリスのその腕を掴んで首を振った。
「――ううん。私に、させて」
アリスは口を開こうとしたけど、何も言わずに頷いた。私はアリスの横を通り過ぎると、ヴィラの前で膝をつく。目線を合わせるとヴィラは笑った。
「やっとか」
それは諦めたような、ほっと安堵しているような、そんな笑いだった。
「一刺しじゃあ死なないだろうから、何度か刺してよ。そしたら流石に死ぬと思うからさ。ああ……首とか、斬るのもいいかもね」
ヴィラは薄く口角を上げたまま、自分がどうしたら死ぬかを語る。
私は左手でヴィラの肩を掴み、右手でヴィラのお腹に刺さっている加護の剣の柄を握った。
「う……ぐぅっ、」
少しずつ剣がヴィラの体から抜かれていく。ヴィラは苦しそうに唸った。いくら人より丈夫で、これで死なないとはいえ、痛いものは痛い。
全てを抜き切ると、ヴィラは、はあっ、と苦しげに息を吐いた。
「……ようやくだ、やっと、死ねる。解放、される……」
それは、憎しみや怒り、悲しみからの解放だった。
ヴィラはずっと、ずっと憎んでいた。王様のこと、この国のこと。五百年もの間、憎み続ける以外に、ヴィラの精神を保つ術はなかったのだから。
私は加護の剣を強く握る。そうして――投げ捨てた。
「はっ……?」
ヴィラが呆けた声を出す。私は素早くヴィラのお腹を露わにすると、直に手を当てた。そして魔法を使う。
それは、回復魔法とはまた違う、治癒魔法。
何が違うのかといえば、一般的な回復魔法は徐々に治していくものだけど、巫女の治癒魔法は怪我が完全に治るのだ。
今の私なら治癒魔法も可能なはず。そう思ったのは当たっていたようで、私の手とヴィラの患部が徐々に熱くなり、傷が修復されていくのがわかった。
ヴィラにもそれが分かったらしい。動けないながらも首を振る。恐ろしいものを見るような目で私を睨んだ。
「やめろ……やめろっ! 一度ならず二度までも! やめろ、殺せよ! もう、殺してっ……!」
「死んだら終わりなんだよっ!」
ヴィラの言葉を遮るように、私は叫んだ。ヴィラが驚いて目を見開く。見開かれた金色の瞳は神様を思い出させて、涙が込み上げた。
「私が、元の世界で生き返らないのと同じ。か、神様が、動いて、くれないのと、同じでっ……! 死んだら、それで終わりなんだよ……!」
ヴィラは死ぬことが解放だという。五百年もの間、死ぬことも出来ずにただ憎しみに縋るしかなかったヴィラにとってみれば、そう思うこともしょうがないのかも知れない。
でも、私はそうは思えない。十八年で生涯を終えてしまった私にしてみれば、死は恐ろしいもので、今こうして別の世界で生きていられるのは奇跡だった。
それでも、死んでしまっているのでもう元の世界には帰れない。
神様だって、治癒魔法を使っても、生き返ることはない。
死は、解放じゃない。終わりなんだ。
「ヴィラに酷いことした王様達も、もう死んだの! もう誰もいない、だからもう終わったの! 封印から出た時から、ヴィラはとっくに解放されてるんだよ……!」
封印の水晶から出た時、ヴィラの心は憎しみに侵されていた。
でも、教会から外に出て、空を見たとき。ヴィラの心に喜びが溢れたことを、私は知っている。
青い空を見て、心底ほっとした。のどかな風、鳥の声、暖かな日差し、青い空。
泣きたくなるほどに、嬉しかった。
死は、解放じゃない。あの時の気持ちこそが、解放された瞬間だった。ヴィラはもう、憎しみに囚われる必要はないのだ。
「だから、ヴィラは前に進んでいいんだよ……。憎しみを、忘れることは出来ないかも知れないけど、癒やすことは出来ると思うから。いっぱい日向ぼっこして、素敵な景色を眺めて、歌を歌って踊って」
ヴィラは国の人達を憎んでいると言っていたけど、楽器を弾いて、私に占いをしてくれた。
それは私を油断させるために必要なことだったのかも知れないけど、国の人達を憎んでいるだけなら、教えてもらったことをやるだろか。
やるかも知れないけど、でも、ヴィラは楽しそうだった。歌っているときも、占いをしているときも。そういう風に見せていただけかも知れないけど、でも、楽しそうだったんだよ。
「知ってる? 空を見上げて寝転がれば、飛んでるみたいに気持ちいいの」
翼を奪われた竜は、確かに地に落ちてしまった。でも、心まで落ちる必要はないのだ。
微笑んで、ヴィラの頬に手を伸ばす。私の手はヴィラの血に塗れていて、ヴィラの頬を汚してしまう。
でも、丁度いいのだ。ヴィラの頬を濡らす涙で、きっとは血は落ちる。
「ね、これからは好きなこといっぱいして。それで、生きてよ。オススメは――……恋をすること」
恋がしたかった。ゲームのように、甘くて、ドラマチックな恋が。
でも現実は思ったようにはいかなくて、苦しんだり悩んだり、傷ついたり、傷つけたり。辛いことがいっぱいある。
でも、それでも、私は胸を張ってオススメできる。
「凄く、幸せに、なれるんだから」
ヴィラの金色の瞳が、揺れる。
その時、私の体もぐらりと揺れて、ヴィラに倒れ込んだ。どうやら力を使いすぎたらしい。
神様、これで良かったんだよね。
意識が遠くなるなか、そんなことを問いかけた。返事は勿論、なかったけれど。しょうがないな、なんて、神様が肩を竦めて笑った気がした。
空がヴィラに向かって倒れ込むと、ヴィラはその体を支えた。空の治癒魔法のおかげで怪我は治り、体も動くようになっていた。
「空っ!」
アリスがすぐに駆け寄る。肝が冷えたが、息をしている姿にほっとした。
「大丈夫だよ。力を使い過ぎて気を失っただけのようだ」
ヴィラが空を支えながら冷静に告げる。アリスは警戒するようにヴィラを見たが、ヴィラは瞳を伏せただけだった。
「……そんな目で見なくても、もう何もしないよ。私にもそんな力は残ってない」
すると、遠くからアリスを呼ぶ声と、大勢の足音が聞こえ出した。
「ああ、ほら。援軍だ。担架を呼ぶといい」
アリスは空を見て、ヴィラを見た。瞳を強くしたが、結局は何も言わずに数歩離れ、兵士に向かって担架を寄越すようにと声を上げる。
ヴィラはアリスが離れると、空のことをきつく、縋るように抱き締めた。
そうして、ぽつりと零す。
「――恋ならとっくにしてるさ。あの空みたいに手の届かない、君に」
その声は小さく、意識のない空にも、離れたアリスにも届かなかった。
けれど、風に乗って、その耳には届いた。
「……全く、しょうがないな」
風で金の柔らかな髪が揺れる。そして金の瞳を細めると、肩を竦めて笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます