第68話 喧騒の中
アステラと別れて教会を後にし、ローレンと二人で城に戻る。
その頃には辺りは暗くなっていたけれど、夜の闇に反して城の玄関ホールは騒がしかった。軍服を着た人や、剣を手にした人などが多くいる。
「この人達みんな、今回の摘発に参加する人達なんですか?」
隣にいるローレンに聞けば、彼女は頷いた。
「はい。何ぶん規模の大きい事件でしたから。それに、摘発は一箇所ではなく複数箇所同時に行います。そのため人数が必要なのです」
「へえ……」
物珍しい光景についきょろきょろと辺りを見回す。すると、突然死角から体を抱きしめられた。
「空ぁ!」
「うわっぷ」
「会いたかったあ! 私空に会いたくて会いたくて!」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられ、豊満な胸が私の口を塞ぐ。この声と胸は間違いない!
「やめっレオナ、くるし」
無理矢理に顔を胸から上げれば、やはりレオナが私を見下ろしていた。レオナは目が合うと瞳を潤ませる。
「この間のメイのことはほんっとに気にしないでね! それからそれから、あの時一人にしてごめんねえ!」
わぁん! と泣きながら私をまた胸に埋めるレオナ。そんなに気にしなくてもいいのに。あの時に既にいっぱい謝ってもらったし。
「わかった、から、うむっ」
それに正直、そのことはもういいので今は私を胸から解放してほしい……!
なんとか動こうとするけれど、レオナの力の強さに中々抜け出せない。そうこうしているうちに、レオナの手が怪しげに私の腰に回った。
「むぐっ!」
その手つきに危険なものを感じて引き剥がそうとするけれど、そう簡単にいけば今こんなことになっていないわけで。レオナはほうと息を吐く。
「はあ……この感触。し・あ・わ・せ♡」
「いい加減にしなさい」
「きゃんっ!」
「ぷはっ!」
と、突然私は解放され、気がつけばローレンに抱きとめられていた。どうやらローレンがレオナにお灸を据えたらしい。
ローレンは頭を抑えて蹲るレオナを見下ろした。
「貴方のその大きいだけの胸で空様を窒息死させる気ですか」
「あ〜らローレン? 僻み?」
レオナは頭を擦りながらゆるりと起き上がる。珍しく挑発的だ。ローレンは乾いた声で笑った。目は笑ってないけど!
「はは、世迷い言を。痩せてから言うことですね」
「痩せた上で大きいんですっ!」
「わ、わかった。二人共落ち着こう。ね?」
よくわからないことで睨み合う二人の間に入ってとりあえず収めようとする。けれど、そうすると二人の剣呑とした視線が私に向いてびくりとした。
「空は私とローレンどっちがいいのっ!」
「レオナよりは断然私でしょう」
「ひえっ! そんな選択肢は受け付けていませんので!」
二人にとって選択肢なんて何のことか分からないだろうけど、ついそんな言葉が口から出る。
だって恐ろしい二択だったから……どっちを選んでも泥沼になりそうで……。
戦々恐々としていると、ローレンはふう、と一つ息を吐いた。
「まあ、お遊びはこれぐらいにして」
「お、お遊びだったの……」
こんな怖いお遊びあるんだ……なんて思っていると、ローレンは真剣な顔をレオナに向けた。
「これから行くんですか?」
私を迎えに来たとき、ローレンはレオナの隊が出陣すると言っていた。ならば、勿論隊長のレオナも出るのだろう。
レオナは軽い調子で返事をする。
「そ。ちょちょっと片付けてきちゃう」
「怪我しないようにね」
「勿論。空に怖い思いをさせた奴らを一網打尽にしてくるわね」
剣に手をかけてウィンクをするレオナはとても綺麗で頼もしい。私は感謝と激励を込めて、レオナの手を取った。
「ふふ、ありがとう。行ってらっしゃい、レオナ」
見上げると、レオナは顔をほころばせて、それは優しく笑った。
「――空に見送って貰えるなら、何でも出来ちゃいそうね」
レオナ達を見送り、ローレンと部屋に戻ろうかと話していると、一人の士官がローレンに声をかけた。どうやら今回の件の話らしく、二人で真剣に資料を見ながら話し合っている。
これは邪魔してはいけないと、私はローレンから少し下がってその背を見守る。
すると、不意に後ろから声をかけられた。
「空様」
「はい?」
振り返れば、そこにはメイドさんが立っていた。何度かお城の中でも見かけたことがある人だ。
彼女は焦った様子でこっそりと用件を話した。
「アリス様がお部屋でお呼びです。出立の前に話したいことがある、と」
「え……」
アリスが? 出立、ということはアリスもレオナ同様に摘発に参加するのだろうか。ローレンはそんなことは言っていなかったけれど……。
それに、護衛であるローレンに何も言わずにこの場を離れていいものだろうか。
ちらりとローレンを見る。彼女はまだ話し終えていないらしい。
「空様、お早くお願いします。すぐに出なければとのことなので……グレイ様には後ほど私からお伝えしておきますから」
メイドさんが焦りながらダメ押しをした。
私だって、アリスと話したいことは沢山ある。城の中だし、ローレンに伝えてくれるなら大丈夫かな……? アリスからの呼び出しだし……。
「空様っ」
「わ、わかりました!」
迷ったけれど、メイドさんの焦りように背中を押される形で、私と彼女は小走りで玄関ホールを後にした。
喧騒の中、私達を気にする人は誰もいなかった。
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