第69話 風に攫われる
メイドさんに先導される形で歩きながら、なんとなくポケットに手を入れた。
取り出したそれは、アリスに買ってもらった指輪だ。身近に置いておきたくて、今日は朝からポケットに入れて持ち歩いていた。
指輪を目線の高さまで上げてみる。キラキラ光るそれはやっぱり綺麗で、私を見つめてくれるアリスの瞳を思い出した。
仲直り、出来たらいいな。今度はもっとちゃんと、今の気持ちをアリスに――……。
「(今の気持ちって、なんだろ)」
まずはそう、この国を救いたい理由。最初はアレックスに会うためにだったけど、今は違う。この国に住む人達のために、私の大事な人達のために、救いたいと思ってる。
それから、アレックスのこと。私はアレックスが好きで、会いたくて、恋がしたくてこの世界に来た。
……けど、今は? 今もアレックスが好き?
そりゃファン的な理由で会えたら勿論嬉しいだろうけど、私はアレックスと恋がしたいのだろうか。恋して、恋人になって、幸せに暮らす――。
「あれ……?」
何でだろ。全然ドキドキしない。
「空様?」
突然立ち止まった私を不審に思ってか、メイドさんは訝しげに私を見る。
「あ……すいません……! 何でも、ないです……」
慌ててメイドさんに駆け寄りながら、指輪をポケットにしまう。
いつの間にか、とっくにアリスの部屋の前についていたらしい。
私が駆け寄ってメイドさんの隣に立つと、メイドさんはノックもせずにアリスの部屋の扉を開けた。驚いていると、入るようにと促される。恐る恐る部屋に入ると、そこには誰もいなかった。
「あれ……」
「今アリス様を呼んで参りますので、そのまま少々お待ち下さい」
何だ、まだアリスは来ていなかったのか。どうりでメイドさんがノックも無しに開けたわけだ。それにしても礼に欠けるような気はするけど……。
恭しく私に頭を下げて出ていくメイドさんに何か違和感を覚えながらも、大人しくソファに座ってアリスを待つ。
すると、扉は直ぐに開いた。
「あっ……え……?」
アリス。そう呼ぼうとした口は、現状を理解出来ずに閉口する。
大柄な体躯に、黒い軍服。扉を開けて入ってきたのは、マグワイヤー将軍だった。
「ご機嫌如何だ? 異世界の巫女様よ」
マグワイヤー将軍は言葉の割に随分不機嫌そうにしながらこちらに近付いてくる。私は慌てて立ちあがり、距離を取ろうと後退りした。
「何で、貴方がここに……」
「さあな。それはそいつに聞いてくれ」
「え、」
マグワイヤー将軍は私の後方に向かって顎をしゃくった。他に誰かいるのかと振り返ろうとする。でもその瞬間に激しい風が吹き、私は一瞬目を瞑った。
――次に目を開けたとき、ここに居るはずのない白い姿に、私は目を見開いた。
「迎えに来たよ、空」
白いマントに、白い髪。金色の瞳を細ませて――ヴィラは鮮やかに微笑んだ。
「ヴィラ!? 何で……!」
「何でって……昨日言ったはずだよ。またね、って」
「でも! もう私に一緒に行こうなんて言わないって……!」
昨日、あの夜に確かにヴィラはまたねと言った。でもその前に、もう私を誘わないとも言っていたはずだ。それなのに、どうしてここに。
混乱する私とは違い、ヴィラは笑って頷く。
「そう。もう君を誘わないよ。私が勝手にするだけだ」
「そんな……!」
そんなの、勝手過ぎる。そう叫びたかったけれど、ヴィラは今まさに、勝手にすると言ってのけたのだ。そんな罵倒したところで、なんの意味もない。だってその通りなのだから。
「……私は行かない」
ヴィラを睨みつけてしっかりと言う。けれど、ヴィラは聞き分けのない子供を前にするように肩をすくめただけだった。
きっと話しても埒が明かないだろう。ヴィラがどうしてここまでするのか分からないけれど、とにかく逃げなきゃ……!
私の後ろ、扉の前にはマグワイヤー将軍。目の前のバルコニーの前にはヴィラ。挟まれてしまっているけど、閉じている扉よりは、開いたままのバルコニーの方が外に飛び出しやすい。
きっとヴィラはバルコニーから入ってきた。とすれば何か地上に下りれるものがあるかも知れない。……ないかも、知れないけど……何もしないよりは……!
そう考えて飛び出すタイミングを図る。すると不意にヴィラが後ろのマグワイヤー将軍を見た。今だ、と私は駆け出す。ヴィラの隣をすり抜け、バルコニーに足を踏み出そうとした。その時。
「おっと」
「っ……!」
ギラリと、私の首元で剣が鈍い光を放った。
「大人しくしておけ。そうすれば、痛い目にはあわねぇよ」
距離があったはずなのに、いつの間にか将軍は私のすぐ後ろに来ていた。当てられる剣に体が竦む。
ヴィラは私の目の前に来ると、優しく微笑んだ。
「……ヴィラ……どうして、何で、ここまで……」
「……暫く眠るといい。そうすれば、起きたときには全て終わってる」
風でヴィラの白い髪が揺れる。夜の闇の中で光るようなその姿は、まるで人間ではないようだった。
ヴィラの手で目が覆われる。何も見えない暗闇に、私は意識を飲み込まれたのだった。
「眠りの姫の完成か」
意識を手放した空を支え、マグワイヤーはため息とともにヴィラを見た。
「で? これからどうするんだ?」
ヴィラはマグワイヤーには目を向けず空を横抱きにすると、空の目尻にキスを落とす。そしてふと夜空を見上げて、マグワイヤーに目を向けた。
その目は、なんの感情もないような、冷たい目だった。
「――そうだね。まずは、」
ヴィラは空を抱いたまま、右手の人差し指だけをマグワイヤーに向けた。その瞬間、激しい風が巻き起こる。
「っ!」
マグワイヤーは風に吹き飛ばされ、部屋の壁へと叩きつけられる。その風は鋭利な刃のようになっており、部屋の家具のみならず、マグワイヤーの体を斬り刻んだ。
「良く働いてくれてありがとう。感謝を込めて、最初に手にかけてあげよう」
にこりと笑うヴィラ。マグワイヤーは体を血だらけにしながら、剣を支えに辛うじて立ち上がろうと片膝をつく。
「てっ……めぇっ!」
「おっと。その怪我で動けるの? 流石だね、将軍」
憤怒のこもった眼差しを受けながらも、ヴィラは笑う。常人ならば震え上がるような目と声であったが、ヴィラはまるで意に返していない。
「テメェ、何者だ……! 何が、どうなって……!」
「おや、術も解けてきたか。しょうがない、このままここで将軍に時間をかけてる暇はないからなぁ」
マグワイヤーの本心からの叫びに、ヴィラはふぅんと独りごちる。
遠くから、バタバタと人の走ってくる音も聞こえてきていた。
このままマグワイヤーに時間をかけるのは得策ではない。欲しいものは手に入ったのだから、さっさとお暇するとしよう。
どうせここでマグワイヤーを殺さなくても、後で殺すことになるのだから問題はない。
「じゃあね。後でみんなと一緒に殺してあげる」
「まちやが、れっ……!」
マグワイヤーはバルコニーに向かうヴィラの背を追おうとするが、痛みにぐらりと体が地面に落ちる。
「くそ……!」
這いつくばる床には自分の血が広がっていく。霞む視界の中で、何が起きてるんだ、と思わずにはいられなかった。
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