第25話 偽の巫女
ドガンッ!!!
大きな音がして、びくりと首を竦める。驚きながら振り返ると、ここからほど近い南門で騒ぎが起こっているようだった。
目を凝らさなくても見えるそれに、私は驚愕に震える。
「魔骸……!」
魔骸が南門を壊して街中に入ろうとしているところだった。付近の住民が叫び声を上げて逃げ出して行く。
「なんでここに⁉」
魔骸は今、西門から離れたところでアリス達が討伐に行っているはずだ。別の魔骸であったとしても、門には必ず見張りがいる。街中に入るまで接近されていて、気づかないはずがない。
「空、何してるの! 早く逃げよう!」
私と同じように魔骸の姿を見つけたヴィラが私の手を引く。でも私は首を振ると、ヴィラの手をそっと放した。
「――ううん。私、行ってくる」
「空……?」
ヴィラは信じられないというように私を見た。危険なことは百も承知だ。門を破壊するほどの力なのだから、私だって怖い。でも、私には対抗できる力がある。
魔骸の進む速さは人間の普通に歩く速さより少し遅いくらいだ。すぐには人の多いところに行けなくても、放っておけばそのうち手遅れになるかも知れない。
主力の兵士たちは今西門の方にいるだろうし、せめて他の兵士が駆け付けるまでの時間稼ぎくらいできれば……!
「ヴィラは逃げてて!」
「空!」
南門の方に駆け出す。後ろからヴィラが呼ぶ声がしたけど、振り返らなかった。
そういえば、アリスは何かあったら教会の地下に、と言っていた。
一瞬足が止まりそうになるが、首を振ってまた駆け出す。自分だけが安全圏にいることなんてできない。ましてや私は、戦える力があるのだから。
ぎゅっと拳を握る、南門はすぐそこだ。
南門が近づくにつれて、魔骸の大きさがはっきりとわかってくる。
ゲームではただの絵だったし、さっき見たのは上からで、距離もあったから、そこまでの恐怖は感じなかった。
でも、間近にすると、これは……。
「っ……!」
見上げて、息を飲む。あまりにも大きい。文字だけで四・五メートルと読むのと、実際目にするのでは全然違った。数倍大きく感じてしまう。
ゆっくり近づいてくるそれに、後ずさりしそうになる。でも、魔骸の足元に倒れている兵士を見つけて、なんとか足を踏ん張った。
「倒さなきゃ」
魔骸を睨みつけるように見つめて、手をかざす。
ゲームで主人公が魔法を使うときの描写を頭に思い描きながら、その方法をなぞるようにする。
まずは対象に向かって両の手のひらを重ねて向ける。お腹に力を込めて、強くイメージをする。光のイメージだ。闇を払うイメージを強く思い描いて、言う。
「――巫女の名のもとに」
そしてぐっと手を握って、
「滅っ!」
そうすれば、対象の足元と頭上に魔法陣が現われて、光に包まれて対象が消えるはず――。
「――え?」
――でも、目の前には先ほどと変わらない光景が広がっていた。
ゆっくりと近づいてくる魔骸。倒れている数人の兵士。散らばっている建物の残骸。まるで魔法が発動していなかった。
おかしい。ゲームの通りにやったはずなのに。何か手順を間違えただろうか。
でも、いくら思い出してもさっきと同じ方法しか思い出されない。方法は間違っていないはず。いや、落ち着け。焦るな。もう一回だ。
ふうと深呼吸をして、もう一度一から試す。手をかざして力を込めて、イメージして。
「巫女の名のもとに……滅っ!」
それでも、何も変化は起きなかった。
「なんでっ⁉ 方法は同じでしょ⁉」
魔骸がどんどん近くなる。数歩後ずさって距離をとり、また同じ方法を試す。何も魔法は発動されない。
「出てよ! なんか出てったら!」
もうわけがわからなくて、私は叫んだ。どれだけ手をかざしても、どれだけイメージしても、何も変わらない。
まるで私にはなんの力もないみたい。
「なんで……!」
混乱していたからなのか、いつの間にか魔骸の攻撃範囲に入っていることに気づいていなかった。
ハッと見上げた時には、すぐそこに黒く大きな塊。真っ黒の大きなまあるい目が、私を見ていた。
「いやっ!」
咄嗟にしゃがむ。それは恐怖でだったのか、動物的な本能だったのかはわからない。でも、間一髪で振り下ろされていた魔骸の手を回避することが出来たようだった。
大きな音がして魔骸の手が当たった建物に穴が空き、ガラガラと壁が崩れる。
――あんなものが当たったとしたら、私の体はどうなるの。
「い、いやだ、いやだっ! こんな、こんなはずじゃ!」
私はただ、恋がしたかっただけなのに。ゲームの中のような、甘くて幸せな恋が。
恐怖にへたり込む。体が動かない。
「どうしよう、どうしよう……! なんで? 私、わたしはっ」
巫女じゃ、ないの?
思って、ああ、と呟いた。
きっとそうに違いない。私は偽物なんだ。神様の力で私がこの世界に無理やり来てしまったせいで、本当の巫女が来れなかったのかもしれない。
私のほかに、来るべきだった巫女がいたのかも。きっとそうだ。そうに違いない。
『他にも数人が……それに、将軍は自分の部下も出陣させないと言っています。大事な部下を
アリスに報告に来た男の人の言葉を思い出す。
マグワイヤー将軍は、きっと見抜いていたんだ。私のことを。流石は、将軍と呼ばれる人だ。
ふふっと笑って魔骸を見上げる。また手が私に向かって振り下ろされようとしていた。
痛いかもしれない。痛いだろうな。でも、私がここで死ねば、きっと本当の巫女が現われるに違いない。この世界のためには、きっとそれが一番いい。
「……神様、ごめんなさい」
この世界に連れてきてくれた神様の姿が浮かぶ。
思った世界ではなかったけど、これでよかったのかも知れない。きっとアレックスのいるファンラブの世界にいったところで、結果は同じだったんだ。
なら、早いうちにわかったほうがいい。私が偽の巫女だったってことが。
手が振り下ろされる。目を閉じる。その時、かすかに子供の泣き声が聞こえた。
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