第7話 攻略キャラ勢揃い、のはず?

 脳がキャパオーバーを起こしている。漫画的表現で言えば、頭からぷすぷすと煙が出ている状態だ。

 意味のわからない現状からか、眩暈がして体がふらりと揺れた。


「危ないっ」


 彼女――アリスが私を支えようと手を伸ばす。でもそれより先に、誰かに後ろから体を抱き留められた。


「大丈夫ですか?」

「すいませ……うわっ」


 思わず驚きの声をあげてしまった。だって、頭上からの声に顔を上げた私が見たのは、どえらいイケメンだったのだから。

 赤茶色の髪がパサリと睫毛を揺らし、涼やかな目元が優し気に細められている。まるで王子様のごとき顔面である。


 あまりのイケメン具合に、後ろから抱き留めてくれている彼から私は大慌てで離れた。あれ、でも誰かに似てるような……。


「あ、あの、私は大丈夫なので、わぷっ」


 慌てたがゆえに前を見ていなかったため、前かがみで何かとぶつかった。でも弾力があって柔らかい。全然痛くないし、それに何だか甘い匂いが……。

 衝撃で閉じていた目を開けば目の前にあったのは、


「おっ!」


 おっぱい!

 そう叫びそうになるのをすんでのところ抑える。なんと私の顔が埋もれているのはまごうことなき豊満なお胸であった。


「すいませ、むぐっ!」


 離れようと頭をあげようとしたが、なんと相手に頭を押さえられまたもやおっぱいに戻ってきてしまった。口元と鼻が埋もれる、息がしにくい。


「もがむごもご」


 苦しいです。そう埋もれながら喋れば、おっぱいの持ち主は嬌声をあげて身をよじらせた。


「あぁん!」

「もがっ⁉」


 思わず驚いて声を出してしまった。見上げた彼女はそれにも気持ちよさを見出したようで、高い声をだしてくすくすと笑った。


「あんっ! ……んもぉ、巫女サマって大胆なんだあ……かぁわいー」


 たれ目に、右の目の下には泣き黒子。

 どんな男もイチコロであろう容姿のどえらい美女は、困惑している私を見て、腰まである柔らかいオレンジの髪を揺らし楽しそうにニコリとほほ笑んだ。


 というか濡れ衣である。私はやりたくておっぱいに顔を埋めているんじゃない!

 そろそろ苦しいし、抗議の意味も込めて暴れてやろうか。そう思っていると、急にぐいっと腕を引っ張られた。


「レオナずるいっ! 私にも巫女様見せて!」

「わっ!」


 急に引っ張られて驚きはしたものの、ようやっとおっぱいから離れられた。ほっとしつつ、私の腕を掴む先を見る。

 そこには水色の髪をハーフアップにした、同い年ぐらいの子がいた。大きな目をした、これまた容姿が整っているその人は、私と目が合うと大きな目をさらにまん丸にしてわなわなと口を震わせた。


「これが、ほ、本物……!」


 ぶるぶると体を震わせて呟く様は鬼気迫るものがある。顔が整っているといえどその姿は近づきがたく、私は言い知れぬ恐怖にじりじりと後退する。

 が、何かに背中がとん、と触れ、これ以上後退できないことを知る。それを待っていましたとばかりに、水色の髪の乙女が飛びかかってきた。


「あ、会いたかったですううう」

「ひやああああ」


 とうとう私はどうすることもできず、何かにしがみついて叫び声をあげる。

 と、横からすっと手が伸びてきて、私の肩を抱いた。そしてもう一方の手が前方に向かい、相手の顔を鷲掴みにする。


「いい加減にしろ」

「あいたたたたっ!」


 アイアンクローは華麗に決まり、手を放せば涙目で撃沈した。すごい痛そう……。

 同情的に見ていたが、今の状況にハッと気づく。私の肩を抱く手。私がしがみついている服。その服には見覚えがある。白と青を基調としたドレス――。


「落ち着きなさい、お前たち。巫女殿が怖がっている」


 恐る恐る見上げた先には、銀髪の王女、アリスがいた。私が何かにぶつかってしがみついた、と思ったのは、アリスその人だったのだ。

 そのことに気づいた瞬間、混乱していた頭で思い出す。このシーンを私は知っている。ゲームで攻略キャラ達と出会う初登場シーンだ。


 この国を救ってほしい、そう言われた主人公は、驚きと混乱で眩暈を起こす。

 そこで後ろから支えてくれるのが、アレックスの右腕である参謀、ロレンス・グレイだ。突然出てきた赤髪のイケメンに驚いた主人公が慌てて離れると、今度は人にぶつかってしまう。

 離れようとした主人公を抱きしめて甘い言葉を囁くのが、軟派だが国一の騎士、レナード・ロウ。

 そのレナードから無理やり主人公を引っ張り出すのが、巫女伝説オタクで聖職者のアステル・エイルズだ。


 ここで主人公と攻略キャラであるアレックス達は出会い、ゲームが本格的にスタートするのだが――。


「うわっ、アステラ、顔真っ赤よ?」

「なんで私だけ……」

「巫女サマに変なことしようとしたからじゃない?」

「貴方も大概でしたけどね、レオナ」

「ローレン、しっ!」


 わちゃわちゃと楽し気に話している女性たち。なぜか私の前にいるのは見知ったゲームのイケメンではなく、美女たちである。

 いや、一人赤髪の王子のごとき顔面を持つイケメンがいるが、よくよく見れば、あれは王子は王子でも女子高の王子だ。前髪の長めな、女性的なショートカット。すらっとした体躯だが、確かにある胸。まごうことなき女性である。


 ゲームと同じ出来事なのに、その相手が性別も名前も違う別人になっているのだ。


「巫女殿、どこも怪我はありませんか?」


 そしてこのアリス・ラデルである。この場面で主人公を抱き留めるのはアレックスなのだが、にこりと微笑んで私を見る顔はどえらい美女である。

 一体何がどうなって――。


「その疑問に答えてやろう」

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