第8話 種明かしのとき

 背後から聞こえた声に振り向く。そこにいたのは金髪の美少女。


「神様!」


 一体今までどこにいたのか、尊大に微笑む神様に駆け寄る。


「会えて良かったです! この短い時間でどこ行ってたんですか?」

「暴れるなと言ったのに、お前が勝手なことして何やら巻き込まれていたからな。一人で着地して遠巻きに楽しませてもらっていた」

「見てたなら助けてくださいよ!」


 相変わらず人が悪いが、顔見知りというか、仲間に会えたのは単純にほっとする。

 神様にかけより再開を喜んでいると、後ろから不審そうな声が聞こえた。


「神様……?」


 振り返ればアリスや他の面々が訝し気な目線でこちらを見ていてハッとする。

 少女のことを神様など、怪しすぎる。仮に神様だとバレたら混乱やらなんやらで大変なことになるのでは?

 私は慌てて首を振った。


「あははーいや違うんですこれはえっとその」

「私はこいつの妹だ」


 ナイスアシスト神様! ここは神様の嘘に乗っからせていただくことにする。


「そう! 妹! それでその、えー……あっ! 名前がカミュっていうんです! ねー、カミュちゃん! だからかみさま? って言うのは聞き間違いですかねえーあはは!」

「へえ、そうでしたか」

「えへへそうなんです、すいません、それではちょっと失礼します!」


 私達の嘘を信じてくれたのか、にこりとほほ笑むアリスに頭を下げ、神様を小脇に抱えてアリス達から距離をとった。


「おい、私を持ち上げるなど不敬であるぞ」

「いーから! この状況はどういうことなの!」


 神様を下ろして私も同じ目線にしゃがみ、小声で問いただす。神様はぶすくれた表情を変え、はてと不思議そうに首を傾げた。こいつ本気でやってんのかこれ。


「どう、とは?」

「ここってホントにファンラブの世界なの⁉ だってアレックスもほかのみんなも誰もいないし……良く似た女の人達はいるけど」

「いるじゃないか」

「はあ? だから、」

「だから、あれがお前の大好きなアレックスだ」

「え、どこに――」


 神様が指を差す方向に目線をやるが、そこは私たちがついさっきまでいた場所だ。別段人の入れ替わりはなく、アリスが先ほどの女性たちとなにやら話している姿が見える。

 そもそもアレックスがこの場にいるのなら私がわからないはずがない。


 何を言っているのだと神様を見るが、神様は茶化した様子はなく、会えて良かったな、とほほ笑んだ。

 その表情に、ここに来る前の神様との会話を思い出す。神様は言ったのだ。男が苦手なら配慮してやる、と――。


「まさか」


 思い至った考えにサッと顔が青くなる。反対に神様は褒めろと言わんばかりに満足げに胸を張った。


「男が嫌いだと言っていたからな、気を使ってやった」

「……何、したの」

「ん? そうさな」


 神様の口角がニヤリと上がる。いつだって仕掛けた側はそのタネ明かしの時が一番楽し気なのだ。仕掛けられた側である私は、神様の口がどんな形になるのかを座して待つしかない。

 どうか私が思っていることと違いますように。そう願っても、現実はいつも最悪な方に転がるのだ。


「女にした」

「……はい?」


 オンナニシタ? ちょっと何言ってるのか思考が追い付かないんですが。


「ちょちょっと攻略キャラである奴らの性別をな、反転させて男から女にした」

「……はい⁉」

「だから、性別を女に変えたんだ」


 まだ理解が追い付いていない風の私に、神様は阿保な奴だというような顔をする。

 まさかとは思ったけど、そのまさかだったとは! そんなこと、簡単に理解できるはずもない。だってだって、そんなことできちゃうの⁉


「私は神だぞ。簡単だ」

「あーお得意の思考読みで聞く前に先回りしていただいてありがとうございますねえ!」

「良い。ただの癖みたいなものだ」

「ほんとにお礼言ったわけじゃないんですけどね!」


 私の怒りを神様はハッと鼻で笑う。くっそムカつく。ムカつくが、問題はそこじゃない。

 ほんとに攻略キャラのみんなを女に変えてしまったというのなら、さっき会った彼女たちはやはり……!


「じゃ、じゃあ、あのオレンジの髪の美女はレナード⁉」


 先ほど私をおっぱいで窒息死させようとした女性を指差す。神様は至極当然という風に頷いた。


「うむ」

「水色の髪の女の子はアステルで、」


 次にアイアンクローをされていた女の子を指差す。これも神様は頷いた。


「そうだな」

「赤髪の女子高の王子はロレンス……」


 最初に見た時は男性かと思った、イケメンな女性を指差す。神様はこっくりと頷いた。


「もちろん」

「銀髪の眩しい絶世の美女のお姫様は、アレックス⁉」


 もはや震える指先で最後にアリスを指差すと、神様は笑顔で頷いたのだった。


「その通り!」

「そ、そんな……」


 がっくり。まさにその言葉通りである。

 へなへなと下がる私の人差し指の先にいたアリスが、私に気づいて笑顔を見せた。まだ大して言葉も交わしていないのに、会って数分の私にも人当たり良く、笑顔で接してくれる、素敵な女性。

 アレックスの面影も感じるし、私のよく知るアレックスがただ女性になっただけなのだから、確実に良い人なのだろう。


 でも、だからと言って、私がこの世界に来たのはアレックスに会いたかったから、アレックスに恋したかったからなのに、女性では……そうだ!


「今すぐ元の場所に戻して!」

「元の場所?」

「神様と会った白い場所だよお! そんでそこからまた改めて別の世界、というかちゃんとアレックスのいる世界に行こ? ね?」

「無理だ」

「なんで!」

「既にゲームはスタートしているのだぞ。エンディングを迎えなければこの世界からは出られない決まりだ」

「なんですと……」


 呆然とする私。神様は私の顔を覗き込み、笑顔を見せた。


「気に入ってもらえたかな?」

「あ、」


 有難迷惑。


 その一言を口にする前に、私の意識は急速にブラックアウトした。体がくらりと後ろに倒れる。その最中、視界の隅で神様が楽し気にニヤリと笑ったのを、私は見逃さなかった。


 ああ、分かったうえでやったなこれ――……。

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