第6話 見たことのないシーン
「あなたは――誰ですか?」
初めて出会った、しかも自分を助けてくれた人に投げかける言葉ではないことは理解している。
でも、質問せずにはいられなかった。この人は一体誰なんだろう。私を助けてくれるのはアレックスのはず。
もちろん、ゲームに今のようにキスをして倒れこむ、なんてシーンはない。今のは私がゲームとは違う行動を起こしたことによる事故だ。
本来なら、背中から落ちる主人公をアレックスが風の魔法で受け止めて、そのままお姫様抱っこで救出する。
そして言うのだ。この世界を救ってください、と――。
そのはずなのに、アレックスと同じ台詞を言ったこの女性は一体誰なんだろう。一体どういうことなの?
私は差し出された手を取れないまま、座り込んでぐるぐると思考を巡らせる。すると周囲にいた人の中から憤慨する声があがった。
「あなたは誰と来たか! 随分な物言いじゃねぇか!」
聞こえてきた声に、私は辺りを見回す。私と女性の周りには十数人ほどの人が私達を囲むようにして立っていた。
どの人も見たことのある軍服や豪華な服を着ていて、甲冑を付けている兵士もいる。
どこで見たのか。そんなのは決まっている。ファンラブのゲームで、である。そして私の座っている地面には、召喚サークルが描かれている。
私がファンラブの世界にこれたことは間違いなさそうだ。でもこの状況は一体……?
私がきょろきょろして一向に動かないことに痺れを切らしたのだろう。黒い軍服を着た男性が近づいてきた。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ!」
先ほどと同じ声に、この人が野次を入れてきたのだとわかった。怒鳴って、私に手を伸ばそうする。体がびくっと縮こまり、後ずさりした時だった。
「止めないか」
女性が私と軍服の男の間に割って入り、男の腕を掴んだ。男は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を変えた。苦虫を嚙みつぶしたような、開き直るような、そんな態度と表情だ。
「ですが、私は貴方の御為を思って――」
「マグワイヤー将軍」
男の言葉を、女性が名前を呼ぶことで遮った。女性はこちらに背を向けているためどんな表情で男のことを見ているのかはわからないが、男がひるむように押し黙る。
彼女は努めて冷静に、でも有無を言わさない声色で続けた。
「血気盛んなのは貴方の長所でもあるが、短所でもある。ましてや相手は女性だ。いつもの貴方ならこれぐらいのこと、笑い飛ばしているはずだが」
「……貴方がそうおっしゃるのなら」
軍服の男はそう言うと、女性の前から下がる。だけど最後に恨めしく私を一睨みしていった。めちゃくちゃに怖い。
私はどうすることもできず座り込んだままでいると、女性がその場にいる全員に向かって語り掛け始めた。
「
女性の凛とした声が場に届く。その場にいた人たちは口々に、確かにそうだ、この国は救われる、巫女様万歳、などと話し始め、場は先ほどの呆気にとられた静かさと違い、良い雰囲気のざわめきが広がっていた。
女性はその光景に一つ頷き、そしてくるりと私の方に体を向けた。綺麗な顔が突然こちらに向いたことにより、私の体は反射的にびくつく。すると女性は申し訳なさそうな顔をし、綺麗に腰を折った。
「巫女殿、先ほどからの非礼、お詫び申し上げます」
「いえ! そんな、私も開口一番に、誰ですか、なんて失礼でした。すいません」
慌てて否定するが、彼女は首を振る。
「そんなことありませんよ。先に自己紹介をしておくべきでした」
そう言って微笑むと、今一度私に手を差し出した。今度はしっかりとその手を握り、彼女に立ち上がらせてもらう。
同じ女性だというのに彼女の腕は私より力強くて、その綺麗な風貌と相まって少し意外な感じがした。
「怪我はありませんか? どこか痛いところは?」
「いえ、別に……」
私を立ち上がらせた彼女は心配そうに私に尋ねる。
どこも怪我はしてないはず……そう思いながら、落下して受け止められるまでがざっと頭の中に駆け巡る。
そして鮮明に思い起こされる事故チューシーンに、私の顔の熱は急上昇した。
「とくに、いたいところは、ないです」
あまりの恥ずかしさに思わず下を向く。きっと今私の顔は真っ赤だろう。
「……それは、良かった、です」
彼女はきっと不審がっているのだろう。なぜだか歯切れの悪い言葉にちらりと彼女の顔を伺い見て、少々呆気にとられた。
彼女の顔も赤く、気恥ずかしそうに目線を彷徨わせていたから。ま、まさか彼女も恥ずかしがって?
「え、」
思ってもいなかった反応につい声が漏れた。
すると彼女は私に見られているとことに気づき、極まりが悪そうに咳払いをした。そして気を取り直すように、にこりと微笑む。眩しい。
「改めて自己紹介をさせてください」
私は頷く。すると彼女は、なんと膝をつくと私の手を取ったのだ。そしてあろうことか、その唇を私の手の甲に触れさせる。
柔らかな感触に、否が応でも先ほどのキスを思い出し、やっと冷めた顔の熱も再び戻ってくる。
彼女は、顔を赤くさせ驚きと羞恥でわなわなと体を震わせる私を見上げると、綺麗な顔と声であり得ないことを言った。
「私はこの国、セレスト王国の第一王女、アリス・ラデルと申します。お見知りおきください」
《私はこの国、セレスト王国の第一王子、アレックス・ラデルと申します。お見知りおきください》
見上げる彼女と、ゲームのアレックスの姿が重なる。アレックスは、ゲームの中で彼女と全く同じことを言った。
でも目の前で同じ台詞を言うのは、似た名前の女性である。
「一体、何が……」
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